第4話 それでも、声を上げる

「なあ……お前、あれ本当に自分で書いたの?」


 昼休み。教室の後ろの方から、声が飛んできた。

 白石誠志は、弁当の箸を止めることなく、そっと視線を落とした。

 周囲からの視線が、自分に集中しているのがわかった。

 スマホの画面を見せ合いながら、数人の男子がこそこそと話している。

 その画面には、おそらく――あの投稿。


 @NAKED_verse

 「書けない。だから、書きたい」

 そう綴って、彼は初めての音声付きリリックを投稿した。

 たった数十秒の、自分の声と、言葉と、感情。

 見られることを想定していなかったわけじゃない。

 けれど、それが**“知ってる誰か”**に届いた瞬間、胃がぎゅっと縮まる。


「声、震えてたよな?」「マジで自分で?」「なんか…変わってね?」


 誠志は黙って箸を進めた。

 否定も肯定もしない。

 もともと、目立たないように生きてきた。

 けど今、自分の中で確かに何かが動いている。


 ポケットの中のスマホが振動する。

 SNSの通知が、いくつか来ていた。



@NAKED_verse 投稿:#1


🔁 5件 ♡ 21件 💬 7件


「ラップでこんな静かな気持ちになったの初めて」

「もっと聴きたい」

「ガチ初心者やんw」

「ラップ舐めんな」


 コメントの一つ一つが、誠志の胸に直接突き刺さる。

 自分の言葉が、見知らぬ誰かに届いている。

 震えるような怖さと、信じられないほどの喜び。

 でも――同時に「痛み」も、伴っていた。



 放課後の帰り道、空はくすんだ鉛色。

 自販機で買った微糖コーヒーを片手に、彼は歩く。

 イヤホンの中で流れているのは、あの夜に観たライブ音源。

 言葉一つで観客の空気を変える、あのラッパーの声。


『痛みを出せ。恥じるな。それがリアルってもんだ』


 誰も見ていない道端で、誠志は小さく呟いた。


「……痛みを、出す……」


 胸の奥に残る、いくつもの言葉。

 「地味」「暗い」「空気みたい」

 笑われた声。見下された態度。

 そして――自分で自分に言い聞かせた、「どうせ無理」。


 でも、それを書いたとき、自分は確かに“救われた”のだ。



 帰宅して机に向かう。

 ペンを持つ手が、自然と動いた。


 紙の上に、リリックがまたひとつ生まれる。



《NAKED – 2nd Lyric / 未投稿》


何もない俺の中

空っぽの箱に 言葉詰めた

くだらねえ って笑われても

この声は嘘じゃねぇから


放課後の教室 視線が痛い

でも耳すませば 鼓動がラップする

「やめとけ」って声 踏み越えて

ひとりでもいい 叫び出すだけ



 まだ形になっていない。

 音もビートも、未完成。

 でも、ここに“今の自分”がいる。


 前みたいに逃げたくない。

 どんなにダサくても、怖くても、心を殺すくらいなら――叫びたい。



 その夜、誠志はSNSに投稿する代わりに、別のことを始めた。

 ――DTMソフトのダウンロード。

 自分の声に、ビートを乗せるため。

 次はもっと“ちゃんと”音楽として作る。

 ラップは、歌じゃない。けど、魂だ。

 書いて、録って、響かせる。


 キーボードに不慣れな手を伸ばしながら、ふとDMの通知が届く。


「ん……?」


 アイコンは、どこかで見たようなロゴ。

 開くと、こう書かれていた。


Yo、NAKED

ちょっと話してみたい。

良かったら、連絡くれ。

by 匿名のMC


「……誰?」


 まさか、自分の投稿を見て――?


 誠志の心臓が、ドクン、と高鳴った。


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