第3話 NAKED、声を晒す夜

深夜2時。部屋はいつもと同じように静かだった。

 でも、胸の内には確かにざわつきがあった。


 白石誠志――いや、“NAKED”は、スマホの画面を見つめていた。

 投稿ボタンの手前で、指が止まる。


 何度も何度も、録音した自分の声を聴き返した。

 カッコ悪い。滑舌も甘い。声は細く、リズムも不安定。


 それでも――この声が、“初めての自分”だった。


 音声ファイルのタイトルは「naked_voice1」。

 録ったのは、ライブから帰ってきた翌日の夜。

 何度も噛んで、何度も録り直して、ようやくかすかに言葉として形になったもの。


 恥ずかしさと不安で胃が締めつけられる。

 でも、投稿をやめようとは思わなかった。



《NAKED – 1st Lyric》


何者でもない俺がまたひとり

眠れぬ夜にだけ生きてるふり

鏡の前 目そらす癖

気づいてたんだ 逃げてただけ


誰も期待なんてしてない

それに甘えてただけの毎日

でも今、言葉が疼いてる

この痛みが俺を作ってく


飾らず吐いたこの一行

震える声でもいい、届けよう

名前はNAKED 何も纏わず

今からここが、俺の始まり


音声ファイルと一緒に、リリック全文も添えた。

 SNSアカウント“@naked_verse”の投稿欄に、それらが並ぶ。


 投稿ボタンを押す前、深呼吸をした。


「……いけ」


 クリック。


 数秒のラグのあと、スマホが軽く震えた。

 投稿は、完了した。


 まるで心臓をむき出しで晒したような気分だった。

 なにかが始まった感覚と、なにも始まらないかもしれないという空虚のあいだで揺れていた。


 そのとき、通知がひとつ。


🔥感じた。これからに期待してます。


 知らないユーザーからのコメントだった。

 でも、それが妙に胸に染みた。


 カッコいい言葉なんて返せない。

 でも、自分は今、初めて“誰か”と繋がった気がした。


「ありがとう……」


 そのつぶやきも、また深夜の部屋に溶けていった。

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