第28話
上級森の入り口に立ったリラとアルベールは、息をのんだ。
目の前には鬱蒼と茂る木々が広がっている。
しかし、そのすべてが黒い瘴気に覆われ、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「アル…… 大丈夫?」
リラは、瘴気の重い空気に不安を感じていた。
アルベールは、そんなリラの手を強く握り、安心させるように微笑む。
「私は大丈夫です」
その時、リラの右ポケットがポワーッと暖かく光った。
「姫、ポケットが」
「こっちは火竜から貰った火をつけられる石を入れておいたんだけど……」
リラはポケットから火付け石を取り出すと、石は青く燃え始めた。
「姫、離して下さい!!!」
慌ててリラから石を取ろうとするアルベール。
姫の手が大火傷を負ってしまう!
「大丈夫、全然熱くないわ」
そう言うリラは両手で石を包む。
青い炎はさらに勢いを増した。
そばにいるアルベールも、確かに熱さは感じない。
ただ、息がしやすくなった。
瘴気の重い空気が浄化されていることに気づいた。
リラの周囲の空気が浄化されたようだ。
火竜の石の力か。
「トロールおじいちゃんが言ってた! 火竜の火には浄化の力があるって、火竜の所に行こう!」
「わかりました。火竜は砂漠地帯を抜けた先の火山地帯にいます。瘴気の濃さでどちらから先に行くか、判断しましょう」
リラはアルベールの言葉に頷く。
地図を頼りに森の奥へと足を踏み入れた。
瘴気は、森の奥へ進むほど濃度を増していく。
リラの周りだけが結界のように浄化されていた。
そして、青い輝きがリラを包んでいる。
中級森よりも鬱蒼としており、陰湿で昼間でも夜のように暗い森の中を歩くにはありがたい明かりだった。
静かすぎる森を慎重に進んでいると、モンスターが現れた。
凶暴な狼が三体。
中級森でリラと仲良くしてくれる狼とは違い、筋肉質で二本足で立ち、恐ろしい唸り声をあげていた。
狼というより、狼男だろう。
瘴気の影響で凶暴性を増し、二人を襲ってきた。
アルベールはリラを庇うように剣と盾を構える。
狼モンスターはリラの青い光の中に入ると、急に大人しくなり、お座りした。
「撫でてほしいの?」
「姫、罠かもしれません!」
「大丈夫。私の狼と出会った時と似てるもん。きっと瘴気で苦しんでるだけなんだよ。私たちを襲う気なんてないんだよね?」
リラは大人しく座る三匹の狼モンスターの頭を優しく撫でる。
アルベールはいつ狼モンスターが飛びかかってくるかとヒヤヒヤし、警戒を緩めなかった。
しかし、狼モンスターはリラに撫でられると、瘴気が消え、殺気も消え、メロメロ状態である。
腹を出してヘッヘッと舌を出して甘えている。
あの、凶暴な上級森の狼モンスターがだ。
「瘴気が消えて嬉しいね」
リラはよしよしとお腹を撫でた。
狼たちは、狼男の姿から黒く綺麗な毛並みの四足の狼の姿になる。
しかし、普通の狼ではない。
中級森の狼の倍はあろうかという大きさだ。
真ん中の狼がリーダーのようだ。
「助けて頂いてありがとうございます。姫様」
そう、頭を下げる狼。
リラのことを、アルベールが『姫』と呼んでいたので、狼はリラを姫として認識した。
「人間の言葉を話せるの?」
リラは驚く。
「はい、私だけですが……」
「そうなんだ。すごいね! 私たち、これから森の奥にある洞窟に行こうと思うんだ。瘴気がそこから出ているって聞いて。もしよかったら一緒に来てくれる?」
「もちろん、お供させて頂きます」
三匹の狼モンスターが仲間に加わった。
リラとアルベールは狼の背に乗せてもらい、狼のリーダーが先行する形でさらに奥へ進む。
リラは、目の前に倒れているはずのない、綺麗な女性の幻覚を見て、狼の足を止めさせた。
「もしかして、お母さん?」
リラが狼から降りて、手を伸ばしたその瞬間、アルベールがリラの腕を掴み、叫んだ。
「姫! あれはキノコが見せる幻覚です! 惑わされてはいけません!」
アルベールの声で我に返ったリラは、目の前の母親が幻覚であることに気づいた。
幻覚は、リラの純粋な力を狙って、彼女の心の隙をついてきたのだ。
「ごめん、私……」
またアルベールの足を引っ張っちゃった……
「姫、悪いのキノコです!」
アルベールはそう言いながら、リラを強く抱きしめる。
リラはアルベールの温もりを感じ、幻覚を振り払った。
母親は大きなキノコのモンスターになる。
アルベールは「この性悪キノコモンスターめ!」と、リラを惑わせたことを怒り、剣を向けた。
「待ってアルベール、キノコモンスターも瘴気にやられてるんだよ」
リラはアルベールを止め、キノコに近づく。
キノコも青い光のエリアに入ると、威嚇の姿勢を解いた。
リラが撫でると、ぷよーんぷよーんと可愛く飛び跳ねて喜んでいる様子だ。
キノコもリラとアルベールについていきたそうにしていたが、キノコは動きが遅いので、置いていくしかない。
キノコはショボーンと項垂れた様子に見えたが、大きなキノコをくれた。
「ありがとう、後でみんなで焼いて食べるね」
リラはそれを受け取り、布で包むとザックの中にしまうのだった。
そして、リラとアルベールは狼に跨りさらに奥を目指す。
「洞窟の入口はここだが、やはり瘴気がすごいな」
狼は瘴気の強さにたじろぐ。リラの青色の光も薄まる程の瘴気の濃さだ。
「姫、やはりここは危険かもしれません」
「でも……」
リラは引きたくなかった。
中に入りたい! 何が起こっているのか知りたい。
そう思った時だ。
今度はリラの左のポケットが白く光った。
左のポケットには暗黒石を入れておいたのだ。
暗黒石は、リラの浄化能力と共鳴し、瘴気の壁を壊した。
暗黒石と火竜の石は相乗効果を持っているらしく、リラの周りを照らす青色がまた明るく輝きだした。
「洞窟の入口だ」
そして、ついに地図に記されていた洞窟の入り口にたどり着いた。
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