第27話


 アルベールは優しくリラの頭を撫で、安心させる。王の間の扉を閉め、静かに階段を降りた。

 そこには、意識を失って倒れている兵士たちと、彼らを見張るように座る狼の姿があった。


「ワオン」


 狼はアルベールとリラを見ると、心配そうな顔で近づいてくる。

 リラは狼の顔に触れ、感謝を伝えた。


「ありがとう、守ってくれて…」


 アルベールは狼に頷き、馬に乗る。

 リラを自分の前に乗せると、城の門へと向かって馬を走らせた。


 城門には、アルベールとリラを捕縛しようと集まった騎士たちがいた。

 しかし、彼らは皆、アルベールを捕まえる事はなかった。


「国王がアルとリラに酷いことをした。国王はアルを鞭打ち、首を締めた。リラの髪を引っ張って、始末すると言った。髪をひっこぬいて、目を潰すと脅した。かつての姫と同じようにすると、辱めてやると言った」


 そう、小鳥が大きな声で話して飛び回っていたからだ。

 かつて、アルベールと共に剣を振るった同僚や、彼を尊敬していた若手の騎士たちもアルベールが、国王に逆らってまで守ろうとする姿を見て戸惑っていた。

 どちらが正義なのか、分からなくなっていたのだ。

 それでも反逆は反逆だと、アルベールを止めようとする者と、アルベールがそんな事をするはずがないとそれを止めようとする者とで、口論となり、結局アルベール反逆派とアルベール擁護派が拮抗してしまっていた。

 アルベールはリラとその横をシレッと通り過ぎたのだった。




 城下町から平原、そして町を抜け、森へと戻ってきた二人。

 薬屋の静けさが、荒んだ心に安らぎを与えてくれた。

 アルベールは、リラが手にしていた暗黒石をテーブルに置き、彼女の隣に座った。


「姫……」


 アルベールはリラになんと言葉をかけて良いか解らない。

 気安く「大丈夫ですか?」などと声をかけられる状況ではなかった。

 大丈夫なわけがない。

 まさかあの野郎、親子ほども離れた娘に手を出そうとしている変態野郎だったとは。


 アルベールはユリウスのことが理解できない。

 理解したくもなかった。


 愛する姫を粗暴な兄に良いように弄ばれ、憤慨するまではわかる。

 産まされ、姫の死の原因となった娘を恨む気持ちもアルベールにはわからないが、そういう感情を持つ者もいるかもしれないとは思う。

 しかしなぜそこで、その娘を復讐心で愛する姫と同じ目に合わせようと思うのか。

 自分自身で奪って孕ませようなどと考えるのか。

 きっとアルベールでなくても、誰も理解できない心情である。

 ただの性癖が歪んだ変態野郎だとしか思えない。


「アル、助けてくれてありがと。私はもう大丈夫だよ」


 リラは気丈にも笑って見せた。

 そして暗黒石を手に取り、じっと見つめる。


「この石の使い道を、知りたい。そして、上級森に行って、瘴気の根源を突き止めたい」 


 リラの瞳には、もう迷いはなかった。

 彼女は本当に先程のことは一旦置いて、先を見ているようだ。

 本当に強い女性である。

 アルベールは、リラの決意に満ちた眼差しに、思わず見惚れた。


「アルも一緒にいてくれるよね?」


 返事をしなかったアルベールに、リラは少し不安そうな表情になる。


「はい。そのために、私がいます。私は姫の側を離れたりしません。常にお側におります」


 アルベールは、リラの手を強く握り、誓った。


「もう二度と、あなたを一人にはさせません。怖い思いもさせません」


 リラは、アルベールの温かい手と、力強い瞳を見て、静かに微笑んだ。






 王城での一件から数日後、薬屋の周りには穏やかな時間が流れていた。

 リラとアルベールは、上級森へ向かう準備を進めていた。


 アルベールは、食料や水、そして身を守るための武器や防具を整えた。

 リラを危険な目に遭わせないよう、細心の注意を払う。

 リラは、モンスターたちに挨拶をしていた。

 これまでお世話になったお礼と、留守の間、薬屋を守ってくれるようお願いするためだ。


「ワオーン!」


 狼は、リラの足元に擦り寄り、共に旅に出ることを伝える。


「ありがとう。でも、薬屋をお願いできるのは、あなたしかいないから。帰ってきたら、たくさんお肉をあげるからね」


 リラは、狼の頭を撫で、優しく語りかけた。

 狼は、リラの言葉を理解し、力強く頷いた。




 旅立ちの朝。

 リラとアルベールは、薬屋の扉を閉めた。

 彼らの背後には、留守を任されたモンスターたちが、心配そうに見送っている。


「準備は大丈夫。アルは?」


 リラは、決意に満ちた表情でアルベールを見つめた。

 アルベールは、その手を強く握り、微笑んだ。


「はい、万端ですよ。行きましょう、姫」


 二人は、上級森へと続く道を歩き始めた。

 地図を頼りに、瘴気の壁を越え、危険な洞窟を目指す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る