第17話
トイレでの一悶着の後、リラは慌てて昼食の準備に取り掛かった。
アルベールはソファに座り直し、先ほどの羞恥心に顔を赤らめながらも、何とか平静を装う。
しばらくすると、キッチンから香ばしい匂いが漂ってきた。
「アル、お昼はピザだよ!」
リラが運んできたのは、見たこともないような大きな丸いパン生地の上に、色とりどりの野菜やキノコ、そして薄切りにされた肉がたっぷり乗せられた料理だった。その中央には、とろりと溶けたチーズらしきものが乗っている。
「ピザ、ですか?」
アルベールは目を丸くした。王室の料理でも見たことのない、しかし食欲をそそる香りに、思わず唾を飲み込む。
「うん! 小麦のモンスターがくれた小麦と、白プヨンがくれたミルクで作った生地に、木のモンスターがくれたトマトと、キノコモンスターがくれたキノコ、あとアルが持ってきてくれたお肉を乗せたの!」
リラは得意げに説明する。
どれも先程の散歩で貰ったばかりの素材だ。
アルベールは、またもや貴重な食材が惜しげもなく使われていることに驚きつつも、その新鮮な組み合わせに好奇心を抑えきれない。
一切れ手に取ると、熱々のチーズが伸び、香ばしい生地と具材のハーモニーが口いっぱいに広がった。
「これは……美味しい!」
アルベールは感動の声を上げた。
素朴ながらも素材の味が最大限に引き出された、まさに絶品の味だった。
「でしょー! アルが美味しいって言ってくれて嬉しいな!」
リラは目を輝かせ、自分も嬉しそうにピザを頬張る。
姫は薬局だけではなく、レストランも開けそうだと思う、アルベールだ。
「あのね、アル。さっきのお話の続きなんだけど……アルは、どうして騎士になったの?」
リラはピザを咀嚼しながら、無邪気に尋ねた。
その問いに、アルベールの手が一瞬止まる。
「それは……国の平和を守るため、そして国王陛下にお仕えするためです」
「ふーん。でも、アル、寂しそうな顔してたよ。本当にそれでよかったの?」
リラのまっすぐな瞳が、アルベールの心の奥底を見透かすように感じられた。
言葉に詰まる。
国王への忠誠は疑いようのないものだが、リラには、それだけでは言い表せない感情が芽生えつつあった。
「姫……」
言い淀むアルベールに、リラは、様子をじっと見つめていた。
その純粋な眼差しに、アルベールは自身の心の迷いを隠すことができず、ただ黙ってピザを食べるしかなかった。
リラの純粋な問いかけに、アルベールの心は揺れる。
彼女の言葉は、彼自身がこれまで目を背けてきた感情を抉り出すようだった。
アルベールはピザを食べる手を止め、遠い目をして過去を語り始めた。
「私は公爵家の三男坊でした。家督は兄が継ぐ。それは生まれたときから決まっていたことです。私に与えられた道は、自ら見つけるか、誰かに与えられるか……。剣の腕には自信がありましたが、それだけで生きていけるほど世の中は甘くありませんでした」
アルベールの声は、どこか寂しげだった。
リラは黙って耳を傾ける。
「そんな時、今の国王陛下が私を見出してくださった。武術大会での私の剣さばきをご覧になり、『お前のような若者が、今の国の行く末を左右するのだ』と仰ってくださったのです。私は、その言葉に、自分には国を守るという使命があるのだと、強く感じました」
当時の国王はまだ若かく、騎士であったが、今と変わらずカリスマ性と行動力に溢れていた。
アルベールは彼の理想に深く共感し、その信念を貫くためなら命も惜しくないとさえ思っていた。
「陛下は、私にとって兄であり、師であり、そして……父のような存在でした。だからこそ、陛下が先代の暴君を討伐されたとき、私は迷わず剣を取り、その忠義を尽くしたのです」
アルベールの表情には、当時の激しい感情がよみがえるようだった。
しかし、その後に続く言葉には、深い困惑と苦悩が滲み出ていた。
「ですが……姫と出会ってから、陛下は変わってしまわれた。いや、元々そういうお方だったのかもしれません。ただ、私には、理解できないのです。なぜ、姫を追い詰めるような事をされるのか。なぜ、私に姫の居場所を吐かせようと、あのような真似を……」
アルベールは、鞭打たれた箇所の痛みが甦るかのように、思わず体を震わせた。
リラの柔らかな手が、そっと彼の手に重ねられる。
その温かさに、アルベールはハッと我に返った。
「アル、辛かったのね」
リラの瞳には、深い哀れみと優しさが宿っていた。
彼女の純粋な共感に、アルベールの胸は締め付けられる。
騎士として、感情を表に出すべきではないと常に自分を律してきた。
しかし、リラのそばでは、その鎧が剥がれていくのを感じる。
「私は……陛下を信じたいのです。きっと、何か理由があるはずだと。しかし、私の騎士としての務めと、姫を守るという誓いが、今、私の中で食い違っている。どうすればいいのか、私には……」
アルベールは、自身の内なる葛藤を、まるで独り言のように呟いた。
リラは何も言わず、ただ彼の言葉を受け止めるように、優しく手を握り続けていた。
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