第15話

 アルベールはベッドに座り、リラの話を聞く。


「私が此処に来たのはね、地下牢から逃げ来てすぐ側だったからなんだけどね。外がすごく眩しくて、森の暗さがちょうど良かったの。無我夢中で歩いてたらね、この子が襲って来てびっくりしちゃった。でも、黒いモヤが見えてね、撫でてあげたら大人しくなって、友達になってくれたんだよ。家に案内してくれて、そこで暫く住まわせてもらってたんだ。最初は何も分からなかったんだけど、森の動物とか、モンスター達が色々教えてくれて、食べ物もくれて、助かったの」


 リラは思い出すように今まであった事を話してくれる。

 こうやって、リラの話をゆっくり聞くのは初めてな気がする。

 アルベールは、うんうん、と頷きながら聞いた。

 それにしてもリラは声も妖精のように優しく可愛らしく、明るくて、とっても耳触りが良い。

 ずっと聞いていたくなる声をしていた。


「私、物心ついた頃から地下牢にいてね。地下牢では拘束されてなかったんだけど、一人ぼっちで寂しかったの。たまに人が来て、ご飯をくれたり、ちょっと話相手になってくれたりしたけどね。本もなかったし、トイレとシャワー、それからゴザしか無かったよ。だからここは天国みたい。外はこんなに素敵な世界だったんだね。地下牢に居た頃は何も知らなかったから、そこまで辛いとも思わなかったんだけどね。今思うと、本当に辛かった気がするよ」


 ハハッと苦笑してみせるリラに、アルベールは胸が痛くなる。

 16年間も牢屋に閉じ込められ、外界から遮断されていた事を思うと、やはり先の国王には怒りを覚えた。

 かなりの暴君で、戦好きであった。

 浪費癖もかなり酷く、国庫は空寸前であったと聞く。

 税金も倍になり、払えない国民は容赦なく奴隷にしていた。

 美しい女性は金で買い、男はただ働きで使い潰す。

 使えなくなれば、臓器を取り出し売買していた悪漢である。

 今の国王になり、すぐに奴隷は解放され、税金も16年前の水準まで下げた。

 国民からしたら、今の国王は神様のようなお方だ。

 アルベールもそう思っていた。

 ただ、リラにだけ様子がおかしいのである。

 聖人であると思っていた国王に鞭打ちにされるなど、アルベールもまだ困惑していた。


「ごめん。話がつまらなかったよね。今度はアルの話を聞かせてよ。アルはどんな幼少期を過ごしていたの?」


 表情が暗くなってしまったアルベールに、リラは慌てて話題を変えた。

 ぎゅっと拳を握っていたアルベールの手に気づき、優しく手を置く。

 気を使わせてしまった。

 アルベールは申し訳ない気持ちになる。


「姫の話はつまらなくなど有りません。ただ、姫を牢屋に閉じ込めた先の国王が腹立たしいです。討伐部隊には私も参戦しましたが、この手で首をはねてやりたかった」


「そんな怖い事を言うのはやめて」


 顔をしかめたアルベールの顔があまりにも怖く、リラはヒエッと小さく悲鳴を上げてしまう。


「申し訳ありません。しかし本当に腹立たしい男でした。散々、国を疲弊させ、国民を脅かした男です。最後も散々暴れまわって……すみません。私の幼少期でしたね」


 ふつふつとこみ上げた怒りが収まらず、愚痴のようになってしまい、リラが怖がってしまっていた。

 ハッとして、慌てて話題を変えるアルベールだ。


「大した幼少期ではありません。公爵家の三男として生まれました。家督は順当に兄が継ぎますので、私は他の職業を探さなければなりませんでした。そこで今の国王に剣の腕前を見初められ、騎士になる道を選びました。そして今に至っています」


「あの人はアルの恩師なのか?」


「そうなります。私も兄のように慕っていたのですが……」


「そんなアルを鞭打ちにするなんて、酷い奴だ。やっぱり私はアイツ嫌いだ!」


 少し困ったような、悲しいような表情をするアルベールに、リラは国王に腹を立てた。

 アルを傷つけて悲しませる奴は絶対に許せない!


 クーン……


 狼が起き上がり、リラに鼻を寄せた。


「あ、散歩の時間か……」


 狼は毎日の散歩が日課である。

 背中に乗ってほしそうに、狼はリラを見つめていた。

 それを無下にできるリラではない。

 アルが居るからといって、今日は勝手に散歩して来いとは、さすがに言えないリラである。


「アル、私、狼と散歩してくるね。小鳥とお話でもしててよ」


 本でも、と言おうと思ったが、全てアルベールが持ってきた本である。

 アルベールも飽きるほど読んだ本かもしれない。

 リラは小鳥を呼ぶ。


「私は大丈夫ですから、ゆっくり散歩して来てください」


「うん、何かあったら小鳥が私に伝えに来ると思う。じゃあ昼には帰ってくるからね! 動いたら駄目だよ!」


 リラはアルベールに念を押してから、狼と散歩に出かけるのだった。



 リラを見送ったアルベールは、窓に鳩が帰って来ているのが見えた。


 国王からの返事がついている。


『お前、今日は婚約者と顔合わせの日だろが、逃げやがったな。帰ってきたら覚えてろよ!』


 とっても怒っている。

 アルベールは頭を押さえた。

 国王は何を急いでいるのか知らないが、勝手にアルベールの予定を詰め込んでくる。

 アルベールは面倒になり、スルーする事にした。

 帰ったら傷が増えるかも知れないなと、苦笑する。


「わぁ、可愛い鳩さん。お名前は?」

 

 小鳥が鳩に話しかけている。


「伝書鳩だ」


 名前をつけてはいない。


「伝書鳩さん、僕は小鳥。よかったらお花でも」


 小鳥はアルベールの伝書鳩が気に入った様子で、ちいさな花をプレゼントしている。

 その花を伝書鳩の首輪にそっと差し込んで飾っている。


「2羽で庭でも散歩して来たらどうだ」


「良いのか!」


「良いよ。天気も良いしな。俺の伝書鳩が良いと言えばだけどな」


「伝書鳩さん、僕と散歩しよう! 良いよって言ってるよ」


 ポッポーと鳴いたアルベールの伝書鳩はどうやら、了承しているようだ。

 

「行ってらっしゃい」


 アルベールは2羽を見送った。

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