第二章 自由ノ鳥

第5話 冥刻の狩人

 赤月が沈み、そしてまた日が昇る。年に一度の冥刻の夜の閉幕である。


 ラグ=アーカノメトリア北東に位置する中都市"グラウ=ベルク"。湖の中心部に築かれた石造都市で城壁は灰色の石で構成されている。内部は密集した高層建築物が特徴的で、まるで巨大な岩の塊のような外観。建物同士の間には、複雑に入り組んだ通路や階段が張り巡らされており、ネオンや魔導灯が点在する繁華街はラグ=アーカノメトリアにおいてもかなり異質な光を放っていた。文明レベルで言えば中央よりも高いとも言えるだろう。だがその実態はあまりにもひどいものだった。


 僻地故に王国の王都からの影響はほとんど受けておらず、半ば独立国家のような立場。法律や規制は名ばかりで、自治を掲げるギルドや組織が実権を握っている。違法取引・密輸・賭博・風俗などの地下経済が発展。犯罪組織の拠点も多数存在し、表通りすら無法地帯となることがある。表向きは貧民街ではないが、格差は極端で、富裕層と貧困層が隣接する。住民には商人から娼婦、浮浪者、ギャングなどが混在し、階層も混沌。


 カルドは迷路のような路地を慣れた足乗りで進む。黒ずんだ排気ガスの漂う路地を抜けるとそこには小さな酒場があった。どこの地の方言かもわからないようなスラング文字で”愛の巣窟”と描かれたその店の扉を引く。中心部に4人の男、そして店端の小さな椅子で眠る酔っぱらいの老人が1人いた。4人の男たちは中心部の小汚いテーブルを囲い何かを話しているようだ。


 「随分と遅かったなあ。カルド。」


 手前の席に座っていた1人の男が口を開く。無表情で仮面を付けた背の低い男だ。


 「・・・遅かっただと? それは俺が最も忌み嫌う言葉だ。本当にお前は一々癪に障る奴だな。ノイルよ。」


 カルドはそう言うと店の端に置かれた古びた椅子を男たちの囲うテーブルまで乱雑に引きづり座り込んだ。わざとらしく大きく足を組み、泥で汚れた靴をノイルの腿に押し当てる。


 「悪かった、悪かった。本当にお前は冗談が通じなくて参るぜ。」


 ノイルはそう言うと同時に立ち上がり、カルドの胸ぐらに掴みかかる。それに呼応するがごとく、カルドも椅子を跳ね除け立ち上がりノイルの胸ぐらを掴む。


 「やめなさい2人共。他のお客さんに迷惑でしょう。」


 奥側に座った男が言う。小柄で中性的な美貌。整った顔立ちに金縁の丸眼鏡。白い手袋、薄い紫の貴族風ジャケット、長めの黒ズボンといった一見品の高い見た目をしているが、小さな体に対してかなり緩い。色合いもおかしく不格好なものだ。ノイルとカルドは彼の発言など気にも留めず、今にも殴り合いの喧嘩を始めそうであった。


 「やめろ。」


 ノイルの隣に座っていた男が口を開くと同時にノイルとカルドは互いの胸ぐらを離した。長身で銀髪ポニーテールに鋭い灰眼。軍服風の黒装束、銀の飾緒と細剣を携える。無表情で背筋が常に伸びているその男は他の男らとは一線を画し威厳すら感じられた。


 「ヴィネスの言う通りだ。他の客に迷惑をかけるんじゃない。」


 「すまない。ザイル。ついかっとなっちまってな。」


 ノイルはそう言うと席に着いた。カルドも黙って席に着く。


 「よろしい。それでカルドよ。リュスはどうしたのだ?」


 ヴィネスはそう言うとグラス一杯に注がれた安酒を喉に注ぎ込む。


 「案の定あいつはやられた。まあヘマして結界の探知に引っかかった以上そう長くはないと思ってたがな。問題は今回派遣された魔術師だ。魔女オーレル。あの天才魔術師がお出ましするとはな。」


 「オーレルだと!? ひゃあ!? こりゃ参った。我ら冥刻の狩人デュラハンは所詮下級魔族ニダリングの集まり。勝ち目ないっすよ! ひゃひゃっひゃっ!」


 薄汚い笑い声で筋骨隆々の大男が笑う。傷だらけの上半身には革のサスペンダーのみ付けている。頭部を包帯で覆い、片目だけ覗く。


 「馬鹿か? グロア。その名をこんな場で口にするな。口封じが面倒くさくなるだろう。」


 ザイルはそう言うと立ち上がった。そしてカウンターに立てかけてあった大刀に手をかける。そして自身の身長程の大刀を乱雑に引きづり、店端で寝てる老人の元へと向かう。


 「おいおいマジかよ。」


 ノイルは引きつった顔でザイルを見つめる。


 「仕方ないだろう。馬鹿が口を滑らせたんだしなっ!」


 ザイルは大刀で老人の頭部を真っ二つに裂いた。


 「ザイル・・・お前って野郎は本当に、もっと苦しめてから殺せよ。」


 「黙れノイル。お前みたいな異常者と一緒にするな。」


 ザイルはそう言うと大刀をカウンターに立てかけ席に戻った。


 「食わないの? じゃあ俺喰っていい?」


 グロアは目を輝かせて言う。


 「好きにしろ。」


 ザイルがそう言うとグロアは椅子を跳ね除け飛び上がった。そして古びた店の床にひびを入れながら駆け出し老人の死体にかじりついた。


 「あんたたち。あんま暴れんじゃないわよ。誰の店だと思ってんだい?」


 店の奥から現れた女が妖艶な声で言う。他の男らとは違い落ち着いた話し方だ。背の高い美女。黒いドレス、紫の口紅、左顔に刺青。ゆったりとした動きで、長い指で煙管を持ち歩いている。


 「悪いねーメルナ。こいつら本当問題児で。それより今夜は僕とデートでもしない?」


 「結構よヴィネス。そんな時間あったらこいつらの躾でもしてな。」


 メルナはそう言うと店の奥へと戻っていった。


 「話を戻すぞ。何しろ時間がない。オーレルの奴はすぐにでもここグラウ=ベルクに来るだろう。」


 カルドの言葉に他のメンバーたちが動揺を見せる。ただ唯一、ザイルだけは慌てふためくことなく、落ち着いた手振りで煙管を手にする。


 「なぜそう言い切れる?」


 「俺が誘ったからだ。なんせこっちには人質がいる。」


 「人質だと?」


 「ああ。オーレルの野郎。理由は知らんが森の中にいた餓鬼を殺さず放置してやがった。そいつは魔術師でもなんでもねえ。血まみれで薄汚え奴隷の餓鬼だ。俺はそいつを抱えてオーレルの前に飛び出した。するとあのアマちゃんはこちらに杖だけ向けて一切の攻撃をしてこなかった。おかしいよなあ? 俺は餓鬼を人質に奴をぶっ殺してやろうと思ったぜ。だが相手は魔女オーレルだ。万が一カウンターでも喰らえばひとたまりもない。だから言ってやったんだ。ここから東のグラウ=ベルクって街で待ってる。餓鬼を助けたきゃ来いってな。」


 武勇伝でも語るかのようにやけに誇らしげに話し終えたカルドはテーブルの上にある誰のかもわからないグラスを手に持ち、安酒で乾いた喉を潤した。


 「馬鹿は話の要約ができんのか。要するに人質の餓鬼を捕まえたから俺たちのいるここまで誘き出したってことだろ?」


 ノイルが煽るように言う。だが酒で喉を潤し最高な気分のカルドがその煽りに反応することはなかった。


 「ああ。それにお前らだけじゃねえ。ここには博士とその例の実験体もいる。いくら魔女様とて流石に奴にかかればイチコロだろうよ。」


 ザイルは顎に手を当てしばらく考え込む。そして酒を一杯喉に流し込むとようやく口を開いた。


 「なるほど。それで博士には話したのか?」


 「もちろん博士には全部話しといたぜ。それで遅くなっちまったんだ。人質の餓鬼は今博士の元だ。なんせあそこは凶悪犯罪者の巣窟。いくら魔術師様と言えそう簡単には入り込めんだろうなあ。」

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