第2話 繰り返される人生 《囚人視点》
真夜中のビルの屋上、私は靴を脱ぎフェンスによじ登る。冬の冷たい風が容赦なく吹き付け身体を凍えさせる。
この心のように……。
何て惨めな人生だっただろう。虐げられ、奪われ、傷付けられ、この世に私の味方は一人も居なかった。不幸ばかりが私を襲った。
最初の不幸はクズな両親から生まれた事。母親は父親の浮気で育児放棄。数年後、離婚届を置いて父親が愛人と蒸発したのをきっかけに母親からの身体的な虐待が始まった。
「お前が居なければ! お前さえ生まれなければ、あの人が出て行ったりしなかったのに!」
縋り付けば払われ、泣けば蹴られ、粗相をしては殴られていた。いつも母親の顔色を窺いながら部屋の隅で膝を抱え幼児期を過ごした。
「いつ奥さんと別れてくれるの?」
「もう少し待てって、今調停中だから」
「半年前もそう言ったじゃない!」
「俺だって早くお前と一緒に暮らしたいんだぞ。機嫌なおせって」
母親は仕事で知り合った妻子ある男と不倫していた。今にして思えばこの男は妻子を捨ててまで母と結婚する気などはなから無かったのだ。
そして事件が起きた。
二人で電車に飛び込み無理心中を図ったのだ。私が十歳の時だった。後に聞かされた話だと母親が酔った男を無理矢理ホーム下に突き落とし自分も飛び込んだらしい。
その後は母親の祖父母と伯父夫婦と従姉弟が住む家に引き取られた。祖父母は優しい人達だった。貯金を全て賠償金に当ててくれた。伯父たちはブツブツ文句を言っていた。
数年間は穏やかな生活が送れていた。私の人生で唯一の幸せな時間だった。そして、相次いで祖父母が他界すると伯父夫婦からの風当たりが厳しくなっていった。
給食費を払っているからと家では碌な物を食べさせては貰えず、身に着けるものは従姉のお古ばかり、自分の部屋など与えられず階段下の狭いスペースで毛布に包まり夜を明かしていた。
それでも世間体を気にする伯父夫婦は暴力だけは振るう事が無かった。近所の誰かに通報されるのを恐れていたのだろう。そのお陰で公立の高校に通う事が出来た。まあ、卒業したら働いて倍にして返せとは言われたが。
そして……あの日、高校二年生に進級して直ぐの事……私は従弟にレイプされた。
その日は伯父夫妻が伯母の親戚の法事で地方に泊まりで居ない夜だった。大学生の従姉はここぞとばかりに彼氏の家に泊まりに行き家には高校一年生の従弟の翔平と私の二人きりだった。
「眞知ねーちゃん、誰も居ないから晩御飯一緒に食べようよ」
「えっ?」
普段から一切会話の無い従弟からの誘いに戸惑った。伯父夫婦と同じで従姉弟たちも私を疎ましく思っているのは蔑んだ視線で分かっていた。
何か企んでいるんじゃないか? 普段から舐めるような視線で胸元を見られているのに気付いていた。油断したら駄目だ。
でも……。
「いつも父さん達がごめんな。眞知ねーちゃんは何にも悪くないのにさぁ」
「翔平……」
「本当はずっと仲良く暮らしたかったんだ。ねえ、仲直りしない?」
祖父母が亡くなってから初めてかけられた優しい言葉に警戒心を緩めてしまった。残りものじゃない暖かな晩ごはんに張り詰めていた心の糸がプツリと切れた。
「ケーキも買って来たから、後で食おう!」
「……うん!」
従弟の買って来たケーキを頬張り紅茶を飲んだ後、私の意識は闇に飲まれた。
カシャ。カシャ。
「おいおい、処女に無理させると壊れるんじゃねーの?」
「ああ? 良いんだよ! コイツの母親の所為で俺たちまで白い目で見られて肩身の狭い思いしたんだ! 壊したって罰は当たらねーよ!」
誰かが枕元で喋っている?
「くっ……」
「庸介、はえーな! あははは」
「次は俺の番ね! ゴムくれよ」
瞼に感じる閃光と数人の笑い声、そして下半身の鈍い痛み。
「う……ん……」
「やべ……目、覚ましたんじゃね?」
「おい! その下着で口塞げ。騒いだらマズい」
口に何かを入れられ急速に覚醒した。目を開けると翔平の友人達が下卑た笑いを浮かべ見下ろしていた。
状況が掴めず起き上がろうとして自分が何も身に着けていない事に気付く。急いで隠そうとした両手はベッドに拘束されていた。
「う~! う~!」
「おはよう、おねーさん」
「お邪魔してます。色んな意味で」
ギャハハハと笑い合う男たちもまた何も身に着けていない。生臭い匂いの中、鉄錆の匂いを微かに感じ頭が真っ白になった。
「安心しなよ、眞知ねーちゃんの処女は身内の俺が貰ってあげたから」
「う~! う~!」
「ちゃんとロストバージンの瞬間は動画に残してあるから」
「思い出は大事に残しておかないとね~」
「騒ぎ立てて、うっかり拡散しないようにね~」
「う~! うう~!」
「さ~てと、二回戦目始めようか」
翔平の掛け声とともに両足が左右に広げられた。鋭い痛みが下腹部に走る。
「眞知ねーちゃん、言わなくても分かるよな? この事、誰かに話したら殺すから……社会的に、ね」
私はこの日から、この四人の奴隷になった。
「ゴム面倒だな」
「止めろ! 大きい腹だと萎える」
「安全日まで我慢しろよ」
「そこは妊娠したらコイツが可哀そうって言うところじゃない?」
人間としての尊厳を踏みにじられ命じられるまま身体を開く日々。拒否すれば殴られ脅される。幼い日の母親から受けた暴力がフラッシュバックして抵抗する気力が削ぎ落された。
「それよりコイツの身体、ケッコー良いじゃん?」
「それがどうした?」
「金持ちのジジイにレンタルしない?」
「っ……!?」
「誠也ってば鬼畜……でも、いいねえ!」
「俺たちの懐も潤うし、ジジイもJK抱けて良い思いするし」
「世話になってるアニキに頼めばジジイも直ぐに見付かるだろう」
「パパ活ってやつか? 上手くいくかな?」
「ジジイの考える事なんて皆同じだよ」
耳を疑った。今でさえ四人の男に代わるがわる性欲処理の道具にされていると言うのに、どこの誰とも分からない男たちの慰みものになるなんて耐えられる筈がなかった。
「いっ……嫌よ!」
「はあ?」
「お前に拒否権は無いんだよ!」
目の前に突き付けられる処女喪失の動画。意識の無い私の顏が画面いっぱいに映っている。カメラが私の裸体を舐めるように移動して無修正の局部を映し出す。
「こういう動画を好んで欲しがるイカレたヤツも居るんだ。流出すれば誰も拡散を止められない」
「全世界の変態がお前のロストバージンをオカズにするんだぞ?」
「ソイツは……同じクラスの男子かもしれないし、隣のオッサンかもしれないな」
「ふう~」
名前も知らない中年の男が私の上で果てた。肥大した身体から溢れ出る汗が私の身体に落ちてきて虫唾が走る。
「やっぱり若い身体は違うね! オジサン、久し振りにハッスルしちゃったよ~」
パパ活と言う名の売春。
従弟の友人のひとりが反社と付き合いがあった。その伝手で客を見つけ取引を持ち掛ける。
『借金苦の女子高校生を助けて欲しい。身体は好きにして良いから』
『女子高校生!? それってマズいんじゃないの!?』
最初は渋っていても爛れた性欲には逆らえないらしい。中には説教しながら腰を振る男もいた。
「また声掛けてよ~」
手を振りながら去って行く妻子ある中年男。自分の夫や父親が少女を買っていると分かった時どう思うのだろう……?
その答えは憎悪する……だ。
答えは今日出た。
何時ものように安いホテルで中年の男に抱かれた。
「う……ん……」
「感じてるの? 可愛いね……」
感じる訳がない……早く出して欲しいだけ。特に今日の男は最初から鳥肌が立つほど生理的に受け付けない相手だった。
「名前……教えて」
「ま……眞知……んん」
「ヤバい……娘と同じ名前だ……凄い背徳感」
低い声で唸りながら果てた男は貪るように唇に吸い付いてきた。気持ち悪くて吐き気を催した。
「君さ~前に付き合っていた女に似ているんだよね。元カノって言うか元嫁?」
「離婚したの?」
「そう! 離婚届置いて今の嫁と逃げた」
父親みたいなゲスは何処にでも居るんだなと思っていた。
「最低だね。元嫁可哀そう」
「実はそうなんだよ。俺の元嫁、無理心中したんだよね~ニュースで見て驚いたよ。だから逃げた事にチョットだけ罪悪感があるんだよね~」
「…………えっ?」
キンッと耳鳴りがした。全ての音を遮断するかのように心臓の鼓動だけが聞こえる。
言いようの無い嫌悪感が全身を支配する。そんな筈は無い……どこにでもある話だ……でも、これ以上聞いては駄目だ!
「不倫した相手を線路に突き落として自分も電車にドーン!」
次の瞬間、胃の中のものを全て吐き戻した。
「うわっ! 吐いちゃったの~!? ちょっと女子高校生には刺激が強すぎたね~ごめん、ごめん。おじさんはちょっとシャワー浴びてくるよ……うっ、くっさ……」
吐くものが無くなっても込み上げてくる吐き気。私は涙を流しながら風呂場へと消えた男に視線を向けた。
私は……実の父親と……?
私が何をしたと言うのだろう!?
何故こんな目に遭わなければいけないのだろう!?
もう嫌だ! もう耐えられない! こんな人生もう要らない!
その時、風呂場から鼻歌が聞こえてきた。私がこんな思いをしていると言うのに!? 計り知れない憎悪が体中から滲み出る。
全部この男が悪いんだ! 私たちを捨てたこの男が!?
「ん? 君も一緒に入る? 服脱いでおいで」
「地獄に落ちろ!」
「へっ?」
私は鞄に入っていたカッターナイフで男の腹部を刺した。死にはしないだろうが社会的には殺せるだろう。
「……うっ……なっ、何を……」
私は騒ぐ男の声を背中で聞きながらホテルを出てこのビルへと歩いてきた。
「もう……全て終わりよ」
(駄目よ! 終わりじゃない!)
「えっ?」
フェンスから手を放そうとした瞬間、心に訴えかける声が聞こえた。
慌ててフェンスを握り直すも既に遅く、凍えた指はあっけなく網をすり抜ける。
そして私は何度目かもわからない人生を終えた。
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