死後刑務所

瑳帆

第1話 死後刑務所 《看守視点》

 「……ここは?」


 今しがたここに収監された女が呆けた顔でキョロキョロと辺りを窺っている。

 灰色の四角い部屋に白と黒の扉が二つ。床に座り込んでいる女以外何も無い殺風景な部屋。


「私……生きて……?」


 五体満足である己の身体を両手で抱き締めながら、絶望を顔に貼り付けガタガタと身体を震わせ始めた。


 黒田眞知、享年十八歳。


 彼女は数分前に二十階建てのビルから飛び降り命を絶った。当然即死だ。それと同時に囚人としてここに収監されたのだ。




 人は死後、魂を浄化され新しい生命体へと転生させられる。しかし、自殺した者は問答無用でこの【死後刑務所】に収監される事になっている。


 神が与えた天寿を全うしなかった罪に対しての罰だ。


 天寿と言っても何歳で死ぬといった決定事項は無い。要は死ぬまで生きろと言う事だ。その試練に打ち勝ち、尚且つ善い行いをした者には褒美が出る。担当の神によって違うが来世で貰えるらしい。ちなみにこの世界の神は適当にホイホイ与える神だ。特に身代わりに死んだ魂には多大な能力を持たせて転生させることも偶にある。


 おっと、話が逸れたな。


 この死後刑務所は神が囚人たちを甚振る……もとい反省を促す為に神の能力を最大限に活用して創った広大な【仮想空間】だ。扉の先には生前囚人たちが暮らしていた世界が再現されている。能力の無駄遣いと言って過言では無い。


 その仮想空間で何が行われるか……?


 同じ人生を何回も歩ませるだけ。


 まあ、簡単に「同じ人生を何回も歩ませるだけ」と言うが自殺するくらいの辛い人生だ、何回も繰り返されるのはたまったものではない。ここに戻って来るたび繰り返されると言う事実を突きつけられ、救いようの無い絶望へと落とされる。罪の重さが魂に刻み込まれるまでそのループが続くのだ。


 神を冒涜した罪は重く簡単には許して貰えないと言う事だ。


 そして私はこの刑務所の刑務官のひとりで囚人への刑の執行と魂の救済を担っている。


 魂の救済……すなわち輪廻転生。心から反省したならば輪廻の輪に戻される。それを見極めるのも私の役目なのだが……まあ、この囚人は時間がかかるだろう。




「誰か……お願い……誰か……私を殺して……」


 さて、仮想空間の準備が終わったようだ。




『黒田眞知、あなたは死にました』


「ひっ! だ、誰!?」


 狭い部屋に響き渡る私の声に肩を震わせた囚人が怯えた声を出した。


『本来なら死んだ者は皆、新しい生命体に転生できる権利があるのですが、あなたは自ら命を絶つと言う愚かな罪を犯しました……よって、この死後刑務所に収監されたのです』


「死後……刑務所? 私……死んだの? ちゃんと……死ねた?」


『死にましたよ、ほら』


 壁の一面に今現在の彼女の姿を映し出す。手足はあらぬ方向に折れ曲がり、頭は割れ、血と肉片が飛び散っている。


「うっ!」


 己の見るも無残な姿に吐き気をもたらしたらしい。魂だけなのだから吐く事は無いのだが、しきりに口を押え、えずく姿が滑稽で苦笑する。


『これで死んだ事は理解しましたね?』


 コクコクと頷き脱力したように床にペタンと座り込む彼女の顏は安堵の表情を浮かべていた。数分後には再び絶望に塗り替えられるとも知らないで……。


『さて……たった今、黒田眞知の人生を終えて何を思ったか訊かせてください』


「何を思ったかですって!? 惨めで最悪な人生だった! やっと終わって清々したわよ!」


『そうですか』


 残念……答えによっては新しい生命体に転生が出来たのに……。


『刑を執行します』

「えっ? 刑……?」

『当然でしょう? 罪を犯したのだから』

「刑って……どんな……? 地獄に落とされるの?」


 人間が考えた地獄を思い浮かべているらしい。まあ、ある意味地獄と言って良いかもしれない……囚人にとっての生き地獄。


『生き返るのです……黒田眞知として』

「は……?」

『同じ人生を何度も何度も繰り返していただきます』


 私の言葉に目を見開き、悪鬼の如く目を吊り上げた。


「ふざけないで! 嫌よ! あの人生が嫌で飛び降りたのに!」


『神を冒涜したらどうなるか身をもって思い知るが良い! と、神が言っていました』


 神を怒らせると碌な事にはならないと言う事だ。


「神を冒涜って……いったい私が何をしたって言うのよ! 親に虐待されたのも私! 犯され甚振られたのも私! 神に祈っても助けてくれなかったじゃない!」


 私は神ではないので関係ない!


「私は悪くない!」


『それを決めるのは、神です』


 黒い扉が音も無く開く。仮想空間に続いている扉だ。


『この扉はあなたの母親の産道に繋がっています。記憶は消去され身体は赤子になります』

「いや……嫌よ! 止めてーー!!!」


『刑の執行です』


 囚人の身体は真っ暗な空間に吸い込まれ扉は音も無く閉まる。今頃、仮想空間で産声をあげている事だろう。仮想空間と言ってもほぼほぼ現実世界と変わりはない。囚人以外の人間に魂が入っていないだけで行動も考え方も基となった人物そのものなのだから。


 何回でも言うが、神の能力の無駄遣いだ!


 今の囚人は何回目で己の過ちに気付くだろうか? それとも気付く事なく壊れてしまうだろうか? 壊れたところで刑が執行されない事は無いのだが……。


 二度と愚かな行いをしないよう、せいぜい魂に刻み込む事だ。


 正解を導き出すまで……。


 おや? また違う牢屋に囚人が入って来たようだ。


 忙しいにも程がある!


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