第5話 パラレル5 彼の感情を支える私 - ノッペラボウの愛の形
# 彼の感情を支える私 - ノッペラボウの愛の形
私の名前はユイ。ノッペラボウの一族に生まれた女性だ。
私たちノッペラボウは、目も鼻も口もない。だが、それは欠損ではない。私たちは感情を読み取り、整える能力を持っている。表情がないからこそ、他者の感情の波動を純粋に感じ取ることができるのだ。
初めて彼——健太を見たのは、雨の降る夕暮れだった。
「くそっ!なんでいつも俺ばかり!」
路地裏で、彼は誰もいないと思って感情を爆発させていた。怒りと悲しみが渦巻き、制御できない感情の嵐が彼の周りを取り巻いていた。私は思わず足を止めた。あまりにも強い感情の波に引き寄せられるように。
健太の感情は、私が今まで出会った誰よりも激しく、純粋だった。まるで子供のように、すべてを全力で感じている。でも、それが彼を苦しめていた。
私は静かに彼に近づいた。
「わっ!」健太は私を見て驚いた表情を浮かべた。「き、君は...顔が...」
恐怖。驚き。そして好奇心。彼の感情が次々と変化していく。私はただそこに立っていた。言葉は必要なかった。私の存在そのものが、彼の感情の波を少しずつ静めていくのを感じていた。
「ごめん、びっくりした。でも...なんだか、君のそばにいると落ち着くな」
それが私たちの出会いだった。
***
それから私は健太のそばにいるようになった。彼は感情の波に翻弄される日々を送っていた。仕事では上司の一言で爆発し、友人との些細な行き違いで深く傷つき、喜びも悲しみも、すべてが彼の中で増幅されていた。
「ユイ、俺はおかしいのかな」ある日、彼はつぶやいた。「みんな普通に生きているのに、俺だけがこんなに感情の波に溺れて...」
私は彼の隣に座った。言葉はなくても、私の存在が彼を落ち着かせることを知っていた。彼の感情の波が、少しずつ穏やかになっていくのを感じる。
「君は...なぜ僕に優しくしてくれるの?」
その問いに、私は初めて自分の力を使うことにした。手を伸ばし、指先から光を放ち、彼の胸に触れた。私の感情制御の力の一部を、彼に分け与えたのだ。
健太の目が大きく見開かれた。「これは...なんだろう。心の中に、静かな湖ができたみたいだ」
それは私の贈り物。彼が自分自身の感情と向き合うための小さな助けだった。
***
日々が過ぎていく中で、健太は少しずつ変わっていった。いや、変わったのではない。本来の彼自身を取り戻していったのだ。
「ユイ、今日上司に叱られたんだ」ある日、彼は穏やかな表情で言った。「前なら怒りで頭がいっぱいになって、何も考えられなくなっていたけど、今日は『そうか、自分はここが足りなかったんだな』って冷静に考えられた」
私は嬉しさを感じた。表情はなくても、私の中で温かい光が広がるのを感じる。
健太は私の手を取った。「これは君のおかげだよ。君が僕にくれた、この心の静けさ」
私は彼の手を握り返した。言葉はなくても、私たちの間には確かな絆が生まれていた。
***
季節が移り変わり、私たちの関係も深まっていった。
「ユイ、君と一緒に生きていきたい」ある夜、健太は真剣な眼差しで言った。「言葉はいらない。君がいれば、僕は僕でいられるから」
私の中で、今まで感じたことのない感情が広がった。愛。そして、幸せ。
私は彼の左手を取り、薬指に触れた。指先から光が灯り、目に見えない絆の印を刻んだ。
健太の目に涙が浮かんだ。「ありがとう、ユイ」
***
私たちの結婚生活は静かで穏やかなものだった。
健太は仕事で成功するようになった。感情に振り回されることなく、その豊かな感受性を創造的な仕事に活かせるようになったのだ。友人関係も修復され、彼の周りには人が集まるようになった。
「不思議だよね、ユイ」ある日、健太は笑った。「昔の僕は感情の嵐の中で溺れていたのに、今は同じ感情を持ちながらも、それを力に変えられるようになった」
私は彼の隣に座り、手を重ねた。私の役目は彼の感情を奪うことではなく、彼自身が感情と向き合えるよう支えることだった。
***
ある晴れた日の朝、健太は窓辺に立ち、深呼吸をした。
「ユイ、来てくれる?」
私は彼の隣に立った。
「昔の自分なら、こんな幸せな日常に涙を流していたかもしれない」彼は穏やかに言った。「でも今は、ただ幸せだと思える。それが一番の変化かもしれないね」
私は彼の手を取った。目も鼻も口もない私の顔に、彼は「笑顔」を見ると言う。それは彼の心が私の存在を受け入れ、理解している証だった。
「ユイ、君に出会えて本当に良かった」健太は私を抱きしめた。「これからも一緒に歩いていこう」
私は彼の胸に頭をつけた。言葉はなくても、私の気持ちは彼に伝わっていた。
私はノッペラボウ。表情はなくても、感情は豊かに持っている。そして今、私は人生で最も美しい感情を知った。
それは愛。
健太との日々の中で、私は彼を支えながら、自分自身も成長していた。彼の感情の波に寄り添い、時に静め、時に共に感じることで、私自身の内側にも新たな感情の世界が広がっていったのだ。
これが私たちの愛の形。言葉や表情がなくても、心と心が確かに繋がる、静かで深い愛の形なのだ。
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