ヒトヲコロスチカラ仮

ている

第1話

この世は悪人だらけだ


殺人、強盗、放火、強姦


世間を騒がせる凶悪犯罪者ばかりではなくとも


平気で人を痛めつけ、平気で人を騙し、平気で人をおとしめる


そして、犯した罪にも気づかない


きっと僕もそんな悪人達のうちの一人で


無自覚のうちに誰かを傷つけているのだとしたら?


そんな考えが僕の頭の中を支配し


深い闇の中に身体を沈めたような感覚に陥った


僕は、果たしてどれだけの人を傷つけてきたのだろう


僕は、生きていてもいい人間なのだろうか


誰も僕の罪を裁かない


だとしたら


僕を裁けるのは僕だけなのだろう


『間もなく電車が参ります。黄色い線の内側まで―――』


電車の到着を告げるアナウンスが聞こえる

少しずつ近づいてくる電車が見える


大勢の待ち人が電車に乗る為に列を揃える

どこかで誰かが喧嘩しているのだろうか、怒声が聞こえる


そんな中僕はまっすぐに線路に向かって歩き―――身を投げた



この世の誰もが善人であったなら


僕も善人で居られただろうか


僕が善人で居られなかったのは


誰かのせいなのか…それとも僕自身のせいなのか


悪人だらけのこの世界で、僕は善人でありたかった


そんな願いなどどうでも良いとでも言うように


まるで虫でも潰すように


          グ シ  ャ リ


電車はたいした抵抗もなく、僕を轢き潰した






























ヒトヲコロスチカラ仮





























    ◇


死後の世界とはどのようなものだろうか。

誰もが一度は考えたことがあるだろう。


雲の上の世界か。洞窟の中のような世界か。

はたまた何もない真っ白な世界だろうか。


そんな僕の想像とは異なり、見渡す限り広がる草原と澄み渡る青空が視界を覆っていた。


(さぁっ…)


優しい風が僕の頬を撫でる。

さっきまで汚れた空気の都会に居たとは思えない。


いつの間にこんな所へ来たんだろう。


ここがどこかはわからないが、僕は確かに死んだはずだ。


思考の整理がしたい。


(ドサリ)


おもむろに草原に大の字になって寝そべって考えることにした。


電車がその大質量で僕を引き潰した感触はぼんやりとだが覚えている。

ハッキリと思い出すと大声を上げて発狂してしまいそうだ。

あまり思い出したい記憶ではない。


間違いなく僕は死んだ。


ということは、ここは天国だろうか。


それとも地獄だろうか。



アイツらが


アイツらは地獄に落ちるとしても、


僕は、どうだろうか。


あまり良い人生ではなかったが、だからといって誰かに積極的に害を成すような事もしなかった。


それでも地獄に落ちるとしたら、あまりにも神様は厳しすぎるんじゃないだろうか。


「天国だったらいいなぁ…」


死んだ後でいったい何を願っているんだろうか、と苦笑していると


少女が、倒れている僕の顔を心配そうに覗き込んでいる事に気づいた。


「あの…大丈夫ですか?」


綺麗…というよりは可愛いという容姿だろうか。

目を引くのは大きな三つ編みと見たこともない民族衣装と…なんだアレ。


犬か猫かの耳のようなアクセサリーを付けていた。


ともあれ彼女が鬼や悪魔には到底見えない。


安堵した僕は大きく息を吸い、ため息をつくように言った。


「やっぱり天国じゃないか…」


    ◇


「テンゴク?」


「あ、いやなんでも…」


初対面の相手に僕はいったい何を言っているのだろう。

まだ今の状況を整理しきれずに頭が混乱しているらしい。


「えっと…それでさっき唐突に倒れたみたいですが…元気そうですね」


心配そうな表情は晴れ、ホッと胸を撫でおろす少女。

優しい子のようだ。


「大丈夫。心配してくれてありがとう」


立ち上がりズボンに付いた草をパッパッと払い落す。


「よかった。もしかしたら病気か何かじゃないかって心配になりました」

「天国にも病気ってあるのかい?」


死んだ後でも病気になるのかな。

素直に疑問に思った。


「そりゃなりますよ…というかその、さっきも言ってましたがテンゴクって何ですか?」


少女の頭の上に大きなはてなマークが浮かぶ。

天国の言葉の意味すら理解していないようだ。


ここは天国じゃ、ない?

いや、あくまで僕たち人間が『天国』って呼んでるだけで、天使にとっては別の名前なのかもしれない。


「えっと天国っていうのは『人が死んだ後に行くところ』…かな。そこには天使っていう…住民みたいなのが居て、死んだ人を天国に導いてくれるんだ」


詳しく説明すると長くなりそうなので、簡単に言うとこんな感じだろうか。


ボクの話を聞いて、少女は微笑む。


「じゃあ違いますね、ここはテンゴクじゃないです」

「え、どうして?」


困惑する僕の手をギュッと握って少女は、頬を緩めてはにかむ。


「だって私たちはまだ生きてます!ほら、あったかいでしょう?」


少女の笑顔が眩しくて、心の奥が温まるような、空いた穴が埋まるような、そんな感覚に包まれた。


そうか、彼女こそが―――天使。


「テンシじゃありません!」(ぷんすか!)


    ◇


「自己紹介がまだでしたね。私はガーベラといいます。この近くに住んでます」


と言って、微笑む少女。

派手では無いのに不思議と魅力がある。

包み込むような温かさ…とでも言えばいいのだろうか。


やはり天使。言うと怒られるから言えないけど。


「僕の名前は間田内まだない。住所は…」


住所を言うところで僕は言葉に詰まった。


ガーベラという名前。見たこともない土地。

言葉が通じるのでなんとなく違和感を感じなかったが、何かがおかしい。

僕の住所を伝えて不審に思われないだろうか?


「もしかして…記憶喪失ってやつですか?」


言葉に詰まっている僕の様子を見て何かを察したのか、ガーベラが心配そうに僕に尋ねてきた。


「そうかも…」


そこで、不審者に思われるのを恐れた僕は、とっさに彼女の記憶喪失設定に乗っかる事にした。


「さっき倒れた時に頭を打ったんでしょうか!?大変!!」

「それは違…そうかも…」


心配そうに僕の顔を凝視する彼女に向かって『ごめん嘘です』とすぐに訂正する勇気は出なかった。


「あわわ…」


苦笑する僕に彼女はさっきからアワアワと慌てている。


「もしかしてさっきからおかしなこと言ってるのも頭を打ったから!?」

「それは違う」


即否定。変な人だと思われてはたまらない。


「では素ですか!?」


しまった。返答を間違えた。

素で変な人だと思われてしまった。


「でも…もしかして住む場所が無いのでしょうか?」

「……」


元々住んでいたところに帰るとしても、ここがどこだかわからないし…

どうやら僕は服以外の持ち物を持っていない。


財布が無く、どこかのホテルに泊まることも出来ないようだ。

今日は野宿だ!ハハッ!!


「テントを貸してください」


僕はプライドをかなぐり捨てて彼女に土下座した。


「この辺りは狼が出るので野宿は危ないですよ?」


詰んだ。


死んだと思ったらなぜか生きてて、なのにまた死ぬ。


もしかしたら狼に喰われた後にまた生き返って、そして死んでまた生き返ってを繰り返す運命なのだろうか。


なんてことだ。


「くぅ…!」


悲惨な運命に涙が頬を伝う。


「あの…もしよければうちに来ますか?」


そんな悲惨な運命から救う提案を彼女は僕にしてくれた。

あぁ、彼女は間違いなく―――天使。


「テンシじゃありません!」

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