第2話 神木と世界樹

~ザルバ帝国・ミークシティのとある小屋にて~

「ふむふむ、これで転移魔法の完成か」

アンナはほくそ笑んだ。

「そこでぐーたら惰眠をむさぼっているがよい、ミナナ。わたしがその平穏、奪い去ってやろうではないか!はっはっは!」

空を天に高く掲げ、世界征服を成し遂げた魔王のような笑い声を出したアンナは、転移魔法陣に最後の紋様を書こうと魔道具を手に取る。

ガコッ。

「あ」

魔道具のインク入れがこぼれ、長い時間書いた魔法陣の一部にこぼれてしまう。

「あちゃ、まあいっか。ここだけなら大した影響は...」

瞬間、紫に妖しく光る魔法陣。

「やばっ!うそ────」

バシュン!一層光輝いたその魔法陣は、家じゅうにあるありとあらゆるものを吸い込み始めた。そう、アンナ自身も。

「あーー!お助けーーーー!」

叫びながら吸い込まれていくアンナの声は次第に遠くなり、

先ほどまで新人の魔導士がいたその小屋は、紫の光に包まれたその一瞬ののち、もぬけの殻となった。


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「フローティア」

ミナナがそう唱えると、テレビのリモコンが浮き上がってミナナの元へとやってくる。それをぱしっとつかんだミナナは、おもむろにスイッチをオンにしてテレビを鑑賞し始めた。

その様子を横目に、啓樹は玄関へと向かう。

「ケイジュ、どこ行くの?」

「散歩。ついてくる?」

「んや、この後あお君と遊んでくるから」

テレビの前でぼーっとぷかぷか浮いてるミナナはアイスをほおばりながらそう言った。(最近ミナナは、ついに自分の魔法でぷかぷか浮くことで歩くことをやめてしまった。人間、というか精霊の怠惰の進化をそこに見たような気がする啓樹であった)

「わかった。夕飯前には帰るから」

「はーい」

簡単な言葉の応酬。それが不思議と心地よいと感じた啓樹は、その理由に不思議がりながらも靴を履いて玄関を出た。


学校から五分ほど歩いた場所にある、小さな山。

人の手があまり入っていないその山道をしばらく歩くと見えてくる、汚れ、擦り切れの目立つ滑り台、ペンキの禿げたささくれだらけのベンチ、そして握ると錆が手につくブランコ。そこには小さな公園があった。

啓樹の、数少ない憩いの場所だ。

幼いころ、山に迷い込んで半べそをかいているときに目の前に現れたのがこの公園だった。その時はまだしっかりとペンキが塗装されていたベンチに座って暗くなる空を見つめながら途方に暮れていたことをよく覚えている。

そして、次第に星の輝きと涙の量が増えてきたころ、公園にいたこの人に出会った。

「あら、啓樹くんじゃないの」

「どうも、瑤治さん」

啓樹がお辞儀をしたのは、竹製のほうきで構内の掃除をしている50代ほどの人物。

初めて会ったあの日はまだ30代後半で、髪も生えそろっていた。

『どうしたの』

頭上からふりそそぐその優しい言葉に、心から安堵したあの瞬間のことを啓樹はよく覚えている。迷子になって途方に暮れていたあの夜、泣きはらしていた啓樹を保護して家に帰してくれたのは、初村搖治さんだった。この周辺は搖治さん所有の土地らしく、休日は土地内にあるこの公園の管理人をしているらしい。

「おうち、大丈夫?あんな大きい樹生えてきちゃって...」

「まあ、なんとか。1/4くらいは倒壊しちゃいましたけどね」

そういってあははと笑う啓樹に、「あんま笑えないよ」と返す搖治さん。そりゃそうだ。俺だって内心泣いている。ミナナには怒っている。

「修理はしないの?」

「えーと、世界樹によって壊されたことで家の建築材料に魔力が宿ってしまったとかで、異世界の大工さんが直さないといけないみたいなんです。その人の予定が立て込んでて、なかなか手を付けられなくて...」

「なるほど、そりゃ大変だ。まあ何かあったら言いな。世界樹のことがなくても、俺は啓樹くんが何かと心配だからさ」

初対面が泣きじゃくっているときだったから、そう印象付けられるのも無理はない。

「まあ家の修理についてもきっと大丈夫さ。なぜなら君には"神木”の加護があるから」

「ほんと、心強いです。...神木、元気にやってますか?」

「ああ、もちろん。見ていくかい?」

「はい、ぜひ!」

搖治さんの後をついてゆき、少し奥の道に入る。

草木によって狭まる視界の中、2人は障害物をかき分けながら進んでゆく。そうして草木が少なくなり、とある場所へと案内される。

先ほどまでの雑草や木々はどこへやら、そこには背の低い草が均等に生えているだけの、ぽっかりと空いた空間があった。そして、その空間を強調するかのように生えている中くらいの背の木。

「ほら、変わらずに元気だよ」

そこだけ不思議とぽっかり空いた空間の中心にひっそりとたたずむその木は、搖治さんと啓樹が”神木”と呼ぶそれだった。

「...やっぱ、落ち着きますね。とくに世界樹なんて言う規格外の木を見た後だと、なおさら」

「そうだよなぁ。昔からこの木には、なにか特別な神聖さを感じるもんだ」

しばらく二人はぼーっとその木を眺めた。

ここに来た目的を果たすことが出来た啓樹は、搖治さんに感謝を告げて帰ろうとする。

「今日はありがとうございました。俺はそろそろ母親が夕飯を用意してくれているので、帰らせていただきます」

「分かった。またいつでもきなよ~」

瞬間、空が妖しく紫に光る。

その時啓樹には、世界樹が家の庭に召喚された時のことが脳裏に浮かんでいた。

紫色に光り輝く空。そこからファンタジー作品でよく見る魔法陣が家の庭に出現し、そこから一瞬にして世界樹が出現したあの日のことが。

バッととっさに振り返った啓樹が妖しく光る空に見たものは、あの日家の庭に出現したあの魔法陣、そしてそこから神木に向かって真っすぐ落下してくる、真っ黒なローブを羽織った少女だった。

「うぎゃーー!」

口をあんぐり開ける搖治さん。しかし、このままいくと神木が折れてしまう!

とっさに神木の元へと駆け寄った啓樹。しかしその少女と彼女の周りにあるこまごまとした道具類は、どうやっても神木に追突してしまう。

神木が折れる。そうでなくても、少女は大けがを負ってしまう。

一瞬にして、啓樹は自分の無力を悟った。


と、その時。

啓樹の背後をまばゆい緑色の光が照らした。


「フローティア!!!」


それは、我が家に住み着いた世界樹の精霊が、物を浮き上がられるときに使用する詠唱呪文であった。


その瞬間落下を続けていた真っ黒ローブの少女と周囲の道具はピタッと落下をやめ、緑色の光に包まれながらぷかぷかとその場にとどまった。


「あ、あぶなかった...」

あんぐりと口を開けたままの搖治さん、そして啓樹。

その両人を見ながら、その魔法の発動者───ミナナは言った。

「夕飯の時間なのに帰らないからどうしたかと思って啓樹についてる世界樹の痕跡たどったら、こんなことになってるなんて...って」

ミナナはそこで初めて、落下してきたローブの少女の顔を見る。

その瞬間啓樹が今まで見たこともないような驚きの表情を浮かべたミナナ。

「アンナ.....なんでアンナが、ここにいるの?!」

それに気づいた、アンナと呼ばれたその少女は、ぷかぷかと浮いたまま目を輝かせた。

「あ、ミナナ!」


驚きから面倒くさそうな顔へと変遷していった精霊、反面目を輝かせるローブを着た少女魔導士。そして、訳が分からずに立ち尽くす一般男性二名。


啓樹は再認識した。やっぱりこの街は、カオスになっている。

そしてそれはきっと、これからもっともっと増えていくのだ、と。











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