第6話「恋はカレーで掴め(中編)」

翌日の放課後、スーパーで、ルルがカートに次々と具材を放り込む。


「豪華な牛肉はもちろん、見た目と香りで攻めるなら、クミンとシナモンも欲しいよね〜あとスターアニスも……」


「何それ、宇宙の香辛料?てか、予算いくら想定してんの?」


「え、無限でしょ。愛ってそういうものじゃない?」


「レジで止められんのは俺だからな!?ちょっとは現実見てくれよ、お化け!」


「お化けじゃないし!お金ぐらい持ってきてるわよ!カナメくんのバカ!」


「えっ?マジか?」


ルルが財布代わりにポーチをゴソゴソ探り、何かを取り出す。


「さあ、これでレッツ・ショッピング!」


ルルが取り出したのは、黄ばんだ古銭みたいな何か。


「それ何……?」


「寛永通宝☆」


「使えねーよ!!江戸時代じゃねーし」


「えっ、今ってこれ、使えないの!?……令和こわ〜〜」


そこに、どこからともなく現れた渋い着物姿の老人がひとり。


「お嬢さん。その古銭、見せていただけますかな?」


「えっ、どうぞ……」


俺は、何よりそのじいさんにルルが見えることに驚いていた。彼はポケットからルーペを取り出し、まじまじと寛永通宝を見つめる、


「これは……!日光御用銭ではないですか!間違いない!ぜひ、五万円で譲っていただきたい」


「わーい!寛永通宝バンザイ!」

ルルが大はしゃぎ。おじいちゃんの手をとる。


「ま、マジかよ!?……てか、この人誰!?どっから湧いて出た!?」


「ボンボヤージュ……」


そう呟いて、ルルに5万円を渡すと老人は古銭を持って風のように去っていった。


「……今の人、自分が生きてるかどうか分かってなさそうだったな」


背筋がゾッとする俺。


「てか、ボンボヤージュってなんだろうね?フロマージュの親戚か何か?」


「え、お前昨夜、寝言で言ってたぞ?」


「まさか……私、昨日からおじいちゃんに取り憑かれてたのかな?これぞ、“寛永通宝の呪い“……」


その最後の一言だけ、じいさんの声に似ていた気がした……。


……なんだこの流れ。ツッコむ暇もないまま、とにかく俺たちは、なぜか5万円をゲットしていた。


ならばもう、やるしかない。

“ヒナが恋に落ちるカレー”のため、最高の材料を揃えるターンだ!


俺たちは、降って湧いたような5万円の資金で、“恋に落ちそうな夢のカレー”の材料を揃えた。


まずは、何と言ってもアメリカ牛サーロインステーキ塊肉2キロ。16000円オーバーの大物だ。

「牛肉が主役なんて、もはやカレーじゃなくてカレー様だね!」とルルがはしゃいでいた。


その肉を柔らかく煮込むための圧力鍋も購入。3キロ用、12000円。

うちの台所に新品が置かれるのは何年ぶりだろうか……。


さらに、淡路島産ブランド玉ねぎ大玉4個、サフランパウダー1瓶、

高級カレールーに各種香辛料、にこだわりの調味料。そしてブランド卵、そして母さんのリンゴジャム──


残高はみるみる減っていったけど、不思議と後悔はなかった。

むしろ、どんどん本気になっていく自分がいた。


その夜。


台所には、新品の圧力鍋と、でかすぎる牛肉の塊。

それを見た母さんが、眉をひそめる。


「何その、圧力鍋?」


「え、スーパーの福引きで当たったんだ……丁度、家にはなかったから良かったでしょ?」


一瞬の沈黙。


「まさか福引きでステーキ肉まで当たったって言うつもりじゃないでしょうね」


「……それは、商店街の方の特賞……。今日は一生分のくじ運使い果たしたかもな」


「えぇっ!?そんなことってあるの!?凄いわ!私が明日焼いてあげるから、冷蔵庫に入れときなさい」


「いや、これは俺が当てたから俺が料理したいんだ。圧力鍋で最高のカレーを作ろうと思って」


「ええっ!?あんたが料理なんてできるの?カップラーメンのお湯すら沸かさないのに……」


「できるさ!今の時代、男も料理ぐらいできないとだからね」


自分でも何を言ってるのか分からないが、口が勝手に動いた。

目の前の母さんの表情は、いかにも「ほんとに?」と言いたげだ。


「……何だって練習だよ。母さん好みに作るから、できるまで、口出さないでね?」


母は目を細めて一瞬だけ俺を見て、ふっと微笑んだ。


「そうなの。楽しみだわ」


そう言って、リビングに戻って行く。


静かになったキッチンで、俺とルルは無言でガッツポーズを交わした。


「じゃあ……仕込み、いくよ!」


「ルル、お前作れるの?」


「ふふふっ、任しといて!ついにこの究極の一冊の出番だね」


「あ、それ例の…」


「そう!これはね、全異世界が惚れた『恋が加速する!勝負カレー読本【カレー・オブ・ラブ】』って本なんだ!」


「いや、タイトルがもう怪しいにも程があるだろ」


「でもね? 魔王の娘が、敵国の料理人に恋しちゃったって話もあるんだよ〜?」


「何だよその魔王の娘って……どうせ下に小さく『※個人の感想であり〜』って書いてるだろ」


ルルは聞こえないかのようにキラキラと目を輝かせている。

「真の恋カレーは、次元も、種族も、敵味方も……越えるってことなの……♡」


「もう、分かったから早く始めるぞ!何すればいいか言ってくれ」


アメリカ牛サーロインの塊は、2キロ超え。

まな板にのせるだけで、台所が一気に戦場感を帯びた。


「まずはこのお肉!脂と赤身のバランス、完璧っ!さすが“ラブグレードA +++”!」


「そのグレード絶対今思いついたやつだな」


「カットは3センチ角ね!“口に入れた瞬間、恋に落ちる確率94%”のサイズって書いてある!」


「3センチ角にするだけで恋に落ちるの?」


「そう!ただしカレーにね」


「それ、ただ美味しいだけじゃん」


ルルの指示通りに、包丁を握って慎重にカットしていく。

ステーキ用のサーロイン、筋を取り、ゴロっとした角切りに。

脂がじわりと浮いて、すでにうまそう。


「次はね、塩コショウで下味!でも、ただの塩じゃダメ」


「……また何かあるのか」


「“初恋の風味を呼び起こす、ピンク岩塩”!映える〜!!」


「ピンクの初恋風味、カレールーで全部黄色くなるけどな……」


とはいえ、意外と悪くない香りだ。

仕上がりが読めない不安を感じつつも、まんざらじゃない。


「で、焼くよ!超強火で、表面だけ一気に。激情の炎で燃え上がらせる。それが“恋のフランベ”!」


「何でもいいけどこええよ……」


ジュワアアアアアッ……!


俺がフライパンに肉を落とすと、キッチン中に漂うのは問答無用の“飯テロ”級の香り。


「うっわ……これ……」


「うふふっ、いい香りでしょ?この煙、恋のフレグランス♡」


「恋の香りって、窓閉めたままだとたぶん死ぬ強烈なやつなのな」

俺は換気扇を強めた。


「でね、焼けたら肉は取り出して圧力鍋に入れて、油だけはフライパンに残すの。そこに――玉ねぎッ!」


「よっしゃ、肉移したぞ!」


玉ねぎは皮を剥いてみじん切り。ステーキの油で、飴色になるまでじっくり炒める。

水分が飛び、透明からきつね色へ。甘みと香ばしさが、ゆっくり深まっていく。


「いい香り!この甘い飴色玉ねぎ、ヒナちゃんの口内環境にも最適ね♡」


「……お前さ、それヒナの息が玉ねぎよりパンチあるって言ってない……?」


その後も、俺たちの“愛のカレー”作りは続いていった。

圧力鍋で、肉と玉ねぎを30分煮込み、スパイスや隠し味、そして高級ルーを投入。丁寧に、丁寧に煮込んでいく。


一方で、ルルは高級卵を5個ゆでて、飾り切りまで施した。


ご飯にはサフランパウダーを混ぜて、鮮やかな黄色に。飾り切りの卵と一緒に盛りつけたそれは、皿の上で宝石みたいに輝いて見えた。


大変だったけど、その全てが“愛”なんだと、横で語るルルの横顔を見ていたら、

なぜか俺も、初めてとは思えないほど充実した気持ちで料理ができていた。


「それじゃ、試食ターイム!!」


ルルがスプーンを手に、キラキラした笑顔でカレーに向き合う。

そして、肉の塊を一口――ぱくっ。


「……んんん〜〜〜っ……」


頬が赤く染まり、目を閉じて、ゆっくり味わうルル。うっとりとした声で一言。


「……マリアージュ……♡」


「マリアージュ?」


「そう……この肉と、玉ねぎと、ルーと、カナメくんとわたしの恋心が……いま、完璧にマリアージュして、もう最高……♡」


「いや最後、急にお前の成分まで入れたよな!? なんでだよ!?」


「いいの、だってこれは“恋の勝負カレー”なんだから!」


「だからその本の信憑性が怪しいって言ってるだろ……」


「でも! 味は完璧なのよ? ね?ねっ!?」


そう言って、ルルは俺の皿にもカレーを盛り付けてくれる。

味見用に抜擢されたちょっと形の崩れた飾り切りゆで卵が、笑ってるみたいだった。


「……いただきます」


スプーンで肉とルーをすくい、一口。


柔らかくて、ほんのり甘みがあって、スパイスも複雑に絡み合い、香ばしく食欲を刺激する――

本当に、驚くほどうまかった。


「これは……うまい!」


気づいたら、俺は素直にそう言ってた。


「でしょ!? これはもう、“恋のマリアージュカレー”って呼んでもいいよね!」


「……やっぱ言いにくいわ。でも、言われてみれば確かに何かそういうことなのかもな……まあ、ありがとな」


「えへへ。どういたしまして、わたしの初めての、共同作業さん♡」


その言葉が気まずくて、俺は一瞬、目を逸らした。なんか、今日はずっと、肩の力が抜けたままだ。


これならいける……ヒナが恋してくれるかはともかく、このカレーの味にだけは自信が持てた。


ヒナの分の一番綺麗に出来た、飾り切り卵を入れた、“恋のマリアージュカレー“を弁当箱に綺麗に盛り付けた。


決戦は明日だ。ボンボヤージュ…俺。

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