第17話:四人目【ティガ】
レベッカは弟の大切な人で、弟の大切な人は自分も大切にしなくては。そう思っていた。
始めて彼女とあった時には雷が落ちたのかと言う程の衝撃を受ける程、その美しさに驚いた。
ルーヴァンもそうだが、顔が整っている人間は大抵自信家だ。レベッカもその類であるとその時確信した。
貴族の子というのはやるべきことや立場がハッキリと決まっている事が多い。
例えばティガはあまり好ましくない立場であり、国王になるルーヴァンを支える為に勉学に励むべきである。
ルーヴァンなら国王になるべく人脈は広げておくべきだし、レベッカなら婚約先を見つけるか花嫁修業、もしくは領地運営を学ぶべきだ。
ティガはいつだって『すべき』と言う言葉に従順な人間だった。それが当たり前であったし、波風を立てないように生きるならそれが一番手っ取り早かったからだ。
ルーヴァンはその逆で、自分が正しいと思った事をする子だ。その視野は少し狭く、自身の不利になるような事も、それが正しいと思えば平気でやってのける。
今すぐそんな事やめて欲しいと言いたかったし、止めたかった。そんな事をして庇ってもらう程の価値が自分にはないと分かっているから。
しかし、『すべき』に囚われて自由に動けない自分では、何を言ってもダメだというのは分かっていた。
自由なルヴァの隣に行くには自分も自由に動けなくてはならない。
しかし『すべき』事から離れて自分のしたいようにするというのはとても怖くてできなかった。
弟はできて、何故自分はできないのか。その勇気のなさに嫌気が差す。
こうして自己肯定感の低い男が完成した。
そこに一筋の光が差した。
ルーヴァンがパーティーで出会った女の子。名前はレベッカ。
うっかりどこの家か聞くのを忘れていたと嘆くルーヴァンだったが、その時点でルーヴァンが変わっている事が分かった。
自分にはできなかった事をたった数時間で成し遂げてしまった。ティガは無意識にレベッカに憧れていた。
ルーヴァンの話を聞いていて分かった。レベッカは薬の調合ができる。
そんな事、貴族ができるのはおかしい事だ。薬の研究で成り上がった家柄ならまだしも、相手は公爵令嬢。
自由が圧倒的に少ないはずの家なのに、薬の調合ができるのだ。
それはつまり、自分のやりたいことを貫いている結果だろう。自分を貫くというのはどんなに難しく、怖いことか。
それを平気でやってしまうのだから凄い。
顔も知らない女の子に憧れを抱くというのは少し変だろうか、とも思ったが、憧れてしまったものはしょうがない。
自分も今できる範囲で憧れの人に近づきたい。そうして知識をつける事に時間を割いてみたら、なんと楽しいことか。
『すべき』事を何となくやるよりやりたい事を自分で選んでのめり込む方が、圧倒的に楽しい。
頭の中への入り方も全く違う。
勇気を出してやってみたいことをしてよかった。
こうしてティガのレベッカへ対する憧れは更に熱狂的なものへ進化する。
「わぁ、凄い数の本だ…!」
「…さっさと本題に入りますよ」
レベッカの弟であるシャーロスは突然遊びにやってきたウィルモット達をあまり歓迎していないようだ。
出されたお茶はかなり美味しいものだが、如何せん温度が高すぎて飲めたものではない。
完全に嫌がらせだろうとティガはティーカップをそっと置いた。
今日レベッカの家に来た目的は、ピアスが千切れたところの痒みを抑える薬を調合してもらうためだった。
しかし丁度素材を切らしていたらしく、買い出しに行かなくてはならないと困った顔で言うレベッカにルーヴァンが付き添うから一緒に行こうと提案したのだ。
勿論全員で反対した。だがその抵抗空しくルーヴァンは荷物持ちを勝ち取り、満面の笑みでレベッカと城下町に繰り出していったのだ。
先程まで可愛らしくレベッカと似た顔だったシャーロスは、姉がいなくなった途端に態度が一変した。
どうやらレベッカ以外に猫を被る気が無いらしく、随分と荒々しい性格へと変わってしまった。
ティガはその圧に思わずウィルモットの後ろに隠れる。
じとりとした目で睨まれるが、何とか目線を逸らし続けた。
「で、シャーロス君。本題って?」
ウィルモットが気まずそうに話題を切り出す。
シャーロスはため息を吐いた後、恨めしいという感情を隠しもせずに表に出した。
「なんですあの男…!!いきなり来たと思ったら姉さんとデートなんて!」
一応王子なんだけどな、と呟く。シャーロスは耳ざといのかそれをバッチリと聞き取っていた。
「王子ぃ?…もしかしてアラジラン王国の?」
聞こえない様に言ったつもりだった為驚いたティガは反射的に頷く。
何か話すたびに地雷を踏みそうだ。
学園に今年王子が入学することは知っていたシャーロスだが、そこまで仲良くなるとは思っていなかったようで、とてつもなく嫌そうな顔をしている。
「姉さんが自ら友人を作りに行くとは思えないんですけど」
「ル、ルヴァとレベッカちゃんは昔パーティーで知り合ったんだ」
「パーティーで??」
シャーロスが持つカップが悲鳴を上げる。ルーヴァンはシャーロスの事を可愛い奴と言っていたが、全くもって可愛くない。
騙された気分だ、とティガはげんなりした。
「…最終手段にでるしかなさそうですね」
「え…危ない事じゃないよね?」
悪い笑顔を浮かべるシャーロスに嫌な予感がした二人は後ずさりをする。
しかし拒否権がない事はその笑顔で察した。
三人は平民の格好をして街を歩いていた。目の前にはレベッカとルーヴァンの姿が。
ルーヴァンの護衛が辺りを固めている為近づけないが、後をつけるのは容易だ。
「まさか尾行をする羽目になるなんて」
「何か文句ありますか?」
「な、ないです…」
確かにシャーロスの言う通り、二人の動向が気にならないわけがない。
弟の恋路を応援している身からすれば二人の仲のいい姿を見て安心しておきたいのも事実だった。
しかし尾行と言うのは中々趣味が悪いものだ。
「うわ、距離が近いんだよ距離が!」
「学園にいる時より大胆だね」
ルーヴァンはレベッカの腰に手を回し、いつもよりも距離が近い状態で歩いている。
当の本人であるレベッカは素材や本にしか目が行っておらず、気づいていない。
その光景は微笑ましいものであり、ティガが見たいものそのものであった。
しかし何故か、心がチクチクする。二人の距離が原因だろうか。
ふと一緒に尾行している二人の顔を見る。
二人もティガと同じような顔をしており、特にシャーロスは嫌悪感を最大限に振りまいている。
ウィルモットはそこまで怒っている様子はないが、目の奥が笑っていない。
それどころか相当嫉妬しているようでギリギリと歯を食いしばている音が少し聞こえた。
なんだか二人の感情と今の自分の心の痛みは似ていると感じた。
どうしてだ。自分は確かにルーヴァンの幸せを願っているし、そこにレベッカもいたら嬉しいな、と思っていただけだ。
ふとレベッカの横顔が視界に入る。とても可愛らしくて、良い笑顔だ。
それを見て、ルーヴァンではなく自身にその顔を向けて欲しいと思ってしまった。
「…ど、どうしよう」
「ん?なんかあった?」
困惑した顔でウィルモットに話しかけるティガ。
普段ティガはこうやって真面目な顔で相談のような事をするような人ではないため、何事かと固唾をのむ。
「ボク、レベッカちゃんの事好きみたい」
「……へ?」
予想外の相談にウィルモットは開いた口が塞がらない。自覚していなかったのだろうか。
「ルヴァとレベッカちゃんが二人で幸せになってたら良いなって思ってただけなのに」
弟と同じ人を好きになってしまった。その申し訳なさと言ったら半端ではない。
二人は婚約しているわけでもないし、なんなら嫁ぐつもりもないとレベッカは言っていた。
しかしだ、ルーヴァンの方が先に好きになったわけだし、知り合ってまだ一ヶ月程度しか経っていない。
自分なんかが好きになっていいはずがないのだ、とティガの思考はどんどん落ちていく。
それを見兼ねたウィルモットが、ため息を吐きながら肩に手を置いた。
「あのねティガさん。貴方が誰を好きになろうと貴方の自由だ。それをルーヴァンが決める権利はないんだよ」
「ウィルモットくん…」
レベッカの事を真剣に見守っていたシャーロスも、ウィルモットの話に耳を傾けていたようで、ほんの少し頷いている。
「あのですね、俺なんて弟ですからね。土俵に立てるだけありがたいと思ってください」
シャーロスは悔しそうに眉をひそめる。
二人の言葉はとても重たいもので、ティガの心を大きく動かすものだった。
趣味も、やりたいことも、好きな人も。自分に決める権利があって、それを阻害することはできない。
先程まで真っ青だった顔色は、段々と赤みを持っていった。
レベッカの事が好きなんだと理解した途端に襲ってきた感情が消えた今、恥ずかしさが勝ったようだ。
「…ウィルモットさん、貴方物好きですね」
「まぁね~」
この後尾行がバレて怒られるのはまた別のお話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます