第3話


 やがて山の食材をふんだんに使って、具材がたくさんの鍋が出来上がった。


「冷めないうちに食べよう」


 椀によそって、三人は食べ始めた。

 黄巌こうがんは食べながらも、徐庶じょしょと話しつつ、常に膝の上で何かを切って作っていた。


 何をしてるのかなと陸議りくぎは気になって見ていたが、やがて「米が炊けたよ」と徐庶がぐつぐつしていたもう一つの鍋を見て声を掛けると「よそって食べて。これを掛けて食べると美味しいんだよ」と、ご飯に乗せて食べる薬味を作っていたらしい。

 焼いて刻んだ茸とネギと、蓮根を潰すほど細かく切り、粘りが出て来たところで鍋から取った出汁を使って、和えたものだ。


「食べてみてくれ」


 促されて、徐庶が食べてみると「美味しい」と彼はすぐに言った。

 陸議も食べてみる。初めて食べる味だったが、徐庶の言う通りとても美味しい。


「美味しいです」


 陸議もそう言うと、嬉しそうに黄巌こうがんは笑った。

「都で普段暮らしてる君たちがそう言うならなかなかだろ」

「本当に美味しいよ。風雅ふうが。きみは確かに前から料理上手かったけど、また腕をあげたね。

 これなら都でお店も出せる」

 黄巌こうがんは本当に料理が好きらしく、そのあとも庵にあったお手製の網を出してくると、その上で鹿肉と色んな種類の茸を焼いてくれた。


「俺の家の方は魚も美味いから、串焼きにして二人にご馳走してあげたいなあ。

 この辺も川魚は捕れないことはないけど、もっと北の方がずっと美味しい。険しい山岳地帯が強い水流を生むから、棲んでる魚も脂身が乗ってて弾力があり、美味しいんだよ」


「前に君の家で食べた魚料理、確かにすごく美味しかったよ。あれは魚が違うのか」


「そう。このあたりの魚はプリプリしてなくて脂がそんなにないんだ。干乾しは美味しいけど、焼いて食べるとパサパサするよ」


「へぇ~」


 徐庶は黄巌こうがんが話す料理の話は好きなようで、いちいち目を輝かせて聞いていた。

 陸議は、許都きょとでどこか心許なそうにしている姿や、戦場で心を秘めたような顔を見せる姿しか見たことが無かったので、こんなに楽しそうな徐庶じょしょを見るのは初めてだった。


 絶対に食べに来いよご馳走するからと話し、約束し合ってる二人を見て、徐庶はこの土地の方が水に合ってるのでは無いだろうかとそんなことを考えた。

 軍事に関わりたくなくて、彼は長安ちょうあんで役人をし、政治に関わっている。

 学ぶことも嫌いではないようだから、全てにおいて無理をしているというわけではないだろうが、政治は純粋な学問とも違う。


「こんなにたくさん鍋に作って、余ったらどうするの」

「村の人にあげに行く。このまま温めればそのまま食べれるし。喜んで貰えるよ」

「そうかそれなら安心だね」


 友人二人は七年ぶりの再会だったらしい。

 黄巌こうがんの家は臨洮りんとうの更に北、臨羌りんきょうあたりにあるという。

 徐庶が郭嘉かくかに『臨羌まで行ったことがある』と言っていたのは、彼の家を訪ねた時のことなのだろう。


「冬の間はこっちで過ごすの?」


 徐庶が黄巌こうがんに聞いた。

「まだ分かんないけど、そのつもり」

 自分で作った鍋を満足そうに突きながら、黄巌は頷く。

「俺は成都せいとに行ってたんだよ。村の商隊が鉄や織物を売りに行くから案内と護衛の仕事で。その帰り、一人で戻って来た」


「そうか。成都に……」


 徐庶は一瞬思いを馳せたようだった。

 成都には劉備りゅうびがいる。


「成都は賑わってた?」

「街には行かなかったんだ。直前で戻って来た。ちょっとこのあたりに会いたい人がいて」

「そうなのか。君はもうとっくに妻帯してるかと……」

 黄巌こうがんがへへ、と照れたように笑う。

「まだだよ」

「この村の人かい?」

「いや、違うんだ。ここは本当に通りかかっただけ。ただここから近い場所にいるよ。

 偶然じいちゃんの庵があったから、使わせて貰おうかなと。

 君に会えたのは本当に驚いた」


 偶然だったねと友人二人は嬉しそうに笑い合っている。


 食事があらかた進むと、まだ鍋やご飯もたくさんあったが「酒があるよ」と黄巌こうがんが酒を取り出して持って来た。

 小さな杯に注いで、徐庶が飲んでみる。

「これは……美味しいけど、結構強いね」

 唸るように彼が言ったので、黄巌がケラケラ笑っている。

「俺はこのくらいじゃないと水みたいに感じるよ」

陸議りくぎ殿は……お酒は飲めますか?」

 徐庶が尋ねて来た。

「はい、あの……そんなには飲みませんが、飲めなくはないです」

「飲んでみる? ちょっと強いと思うけど」

「えっと……はい。では少しだけいただきます」

 余程強いのか、徐庶が慎重に少し注いでくれた。

 そっと慎重に一口飲んで数秒後、陸議が眼を強く瞑ると、二人の男が声を出して笑った。


「無理して飲まなくていいからね」


 徐庶が優しい声で言ってくれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る