秋、夕紅葉、スタートダッシュ

 ザクザクと落ち葉を踏む音が近付いてくる。首を竦めて、すぐに訪れるであろう衝撃に身構えた。

 首元に冷たい手が添えられる。わかっていたけれど鳥肌がたって、咄嗟に肩を跳ね上げてしまった。多分足も不自然に跳ねていたと思う。

 遠慮のない笑いが背中にぶつかり、ついでに掌もぶつけられた。

「お待たせ」

 暖かい日差しより手前から、冷たい風が吹き抜けた。振り返って文句の一つでも言ってやろうと口を開くが、彼女の明るい髪が日の光を反射して、喉まで出かかっていた言葉が腹の底へ落ちて行ってしまった。

「……散々待たせてその仕打ちかよ」

「はいはい、ごめんね。でも待っててくれたんだもんね?」

 待てと言ったのはコイツだ。でも待つと決めたのは自分だ。

 二人で死のう、と彼女が決めた。まだ日はあるけど、これからのことをもう決めてしまおうと、やっぱり彼女が言った。

「今日は何を見に行くの?」

「ここにある紅葉で充分じゃね?」

「最後の秋にも、紅くなってよかったね」

 最後の秋は寒すぎる。それでもまるで、最期まで生き抜いてやるという意思の表れのように、葉は色を変えた。

 俺はどうだろう。最後くらい、何かを変えることができるだろうか。

「明日はどこに行こうか」

 高い空に彼女の声が吸い込まれていく。いつも、向かう先を決めるのは彼女だった。何かを変えるにはまず、自分が動かないといけないのかもしれない。

「明日じゃなくてもいい。……また、海に行きたい」

「いいよ。明日は滝に行こうよ。ちょっと寒いけど、歩きたいしさ」

 彼女が自転車へ跨った。もう、紅葉は充分目に焼き付けたらしい。人には待ってろという癖に自分は何かを待てない性分の彼女だ。俺が自転車のペダルに足をかける前に、きっと進みだしてしまう。待てよ、とは言わない。

「ないとは思うが、靴履いたまま水に入ったりすんなよ」

「しないよ!」

 ぐ、と彼女の足に力が籠った。前傾姿勢の彼女が調子付く前に、さっさと俺もストッパーを外した自転車に跨った。

 まだ日は高い。この後も、きっと彼女はどこかへ行きたがるだろう。

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