しき

鯨池

夏、落陽、カウントダウン

 スタンドを挙げてサドルに跨った。後から来たはずのアイツが先に地を蹴って、風になびいた茶髪が舞い上がる。

「どこまで行くんだっけ」

「海まで」

「日が暮れるって」

「夕日を見に行くんだろ」

「着いた頃には沈みきってるって言ってんの」

 並んで道に出て、ただペダルを漕ぐ。部活帰りの中学生たちと擦れ違い、大きなヘルメットを被った小学生たちを追い越していく。

 これが、最後の夏だった。一年後、ここには誰もいなくなって、アイツとは二度と会えなくなる。でも、不思議と嫌じゃなかった。それが目前になれば考えも変わるだろうが、今はまだ、惜しむより楽しみたかった。

「明日は何したい?」

「え? ごめん、風で聞こえない!」

「後でもう一回聞くからいい」

「だから聞こえないっての!」

 いつの間にか前を行くアイツが振り返って睨みつけてくるのを、手で前を向けと注意する。

 どうやら、この地球の命は残り一年限りらしかった。

 いつか見た時よりも小さくなった太陽が沈んでいく海は、もう目と鼻の先にある。

 砂浜に降りる階段の傍に並べて停める。まだ、空は幼い頃に見た色と同じだった。

「着いた頃には沈んでるって?」

「夕日を見たがってたから、日没に間に合うように急いであげたの」

 階段に腰を下ろした彼女の隣に倣う。家から持ってきていた飴玉を一つ差し出すと、彼女はそれを太陽に翳してから唇に押し当てた。あの太陽が、本当は飴玉よりも大きいなんて、到底信じられなかった。

「ねえ、明日は何しようか」

「それさっきお前に聞いたんだけど」

「聞こえてなかったんだから、ノーカウントでしょ」

 口元にかかる髪を流してやると、少しだけ頬を赤らめて笑う。夕日よりも優しい赤だった。

 いつか見た夕日より、今見ている夕日より、きっと、地球最後の日に人間が見る夕日よりも、優しい色だった。

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