第10話

夕方、赤みを帯びた陽が校舎を長く照らしていた。


昇降口を抜けて数歩。自転車の鍵を開けた手を止めたまま、俺はぼんやりと空を見上げていた。


──あれが、すずなだったのか。


短いスカート、濃いメイク、口調の刺々しさ。

そしてあの男の隣で、俺には見せたこともない笑顔を浮かべていた彼女。


胸の奥が、じんわりと痛かった。


「……優翔くん?」


その声に振り向くと、遥がいた。制服のまま、手提げを下げて小走りにこちらへ来る。


「ごめん、待たせた?」


「……いや、今来たとこ」


そう言って無理に笑うと、遥は少しだけ眉をひそめた。けれど、何も言わず、俺の隣に立ってくれた。


「ね、寄り道してかない?」


「どこに?」


「んー……秘密」


彼女はわざと茶目っ気を込めて笑う。その笑顔に、少しだけ救われる。


10分後。


商店街を抜けた先、人気のない土手沿いのベンチに座っていた。


自販機で買ったココアを渡してくれた遥が、じっと俺の横顔を見ているのに気づいて、俺は視線を逸らす。


「……なんか、あった?」


静かに、だけど真っ直ぐに、遥が聞いた。


「……別に、なんでもない」


「ふうん」


それきり、彼女は何も言わなかった。代わりに、俺の腕に自分の肩をそっと預けてくる。


「……遥?」


「話したくなったらでいいよ。でも、黙ってるのって苦しいでしょ?」


優しい声だった。


俺は目を閉じて、ゆっくり息を吐いた。


しばらく沈黙が流れたあと、ぽつりと零れた言葉は、自分でも驚くほど弱々しかった。


「……すずなが、変わったんだ」


「……うん」


「スカート短くなって、化粧も濃くて、俺にだけそっけなくなって……。彼氏、できたみたいでさ」


「うん」


「……あいつ、昔はそういう子じゃなかったんだよ。恥ずかしがり屋で、俺の後ろばっかりついてきて……。それが今じゃ、俺のことなんて、もう……」


喉が詰まりそうになる。


遥は、何も言わない。ただ、そっと俺の手を握った。


柔らかな掌の温度が、ひどくあたたかかった。


「……優翔くんは、ちゃんと見てるんだね」


「……え?」


「すずなちゃんのこと。どんなに小さな変化も、気づいてる。だからきっと、届くよ。その想い」


「……俺、なんにもできてないよ」


「できてるよ」


遥は、にこっと笑った。


「少なくとも私は、優翔くんのそういうとこ、すごく好き」


その言葉は、今の俺にはもったいないくらいだった。


俺が黙ったままでいると、遥はココアの缶を傾け、空を見上げるようにして言った。


「……家族って、難しいよね。近いからこそ、傷つけることもある。でもね、優翔くんは……きっと大丈夫」


「なんでそう思うんだよ」


「だって、優翔くんの隣に私がいるもん」


そう言って、彼女は俺の腕にそっと顔を寄せた。


その体温に、少しだけ涙が出そうになった。


──俺には、遥がいる。


それだけで、少し前へ進める気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る