第8話

新学期が始まって、少しずつ家の空気が変わり始めていた。


朝、リビングに降りても──すずなの姿はない。

以前なら、トーストをかじりながら「起きたー?」なんて他愛のない言葉を投げかけてくるのが日課だったのに。


「すずな、朝だぞー」


ドア越しに声をかけても、返事はない。

寝てるのか、聞こえてるけど無視してるのか。わからない。


そういう朝が、ここ数日続いていた。


「……彼氏、できたもんな。そりゃ変わるか」


心の中でつぶやいたその言葉は、慰めにも言い訳にもならなかった。


変わるって、こんなに急なものだろうか。

いや、きっと俺が鈍いだけなんだろう。すずなは、少しずつ変わっていたのかもしれない。俺が、それに気づこうとしなかっただけで。


「おかえり」


「……ん」


その夜、リビングのソファで本を読んでいた俺に、すずながぶっきらぼうに返事をして通り過ぎた。


「今日、遅かったな。なんかあったのか?」


「別に」


制服のまま、だるそうに上着を脱いで、リビングに鞄を放り投げる。

その仕草の一つひとつが、以前のすずなとは違って見えた。


「晩飯、あるぞ。チンすれば──」


「いらない。食べてきたし」


目を合わせず、感情のない声。

言葉が、まるで壁みたいに感じる。


ほんの数ヶ月前まで、あんなに笑ってたのに。

文化祭で俺の制服を借りて「変じゃない?」って照れ笑いしていた妹と、今、目の前にいるすずなは、どこか別人のようだった。


けど俺は、問い詰めることができなかった。

咎める資格があるのか分からなかった。


だって、彼氏がいるんだ。

今のすずなには“俺なんかより”一緒にいるべき人がいる。そう思っていた。

その違和感が、はっきりと確信に変わったのは──金曜日の夜だった。


23時を過ぎても、帰ってこない。

連絡もない。LINEも既読がつかない。


さすがに心配になって、2階の窓から外を眺めた。夜道に人影はない。


──彼氏の家にでも行ってるのか?

──でも、連絡くらいあっても……


スマホの画面を何度も点けては消し、落ち着かない時間が過ぎていく。

俺は立ち上がって、キッチンでぬるくなった麦茶を一口飲んだ。


──そして、玄関のドアが、ゆっくりと開いた。


「……すずな?」


現れたのは、制服のままの彼女だった。

ポニーテールは解かれ、髪は乱れて濡れていた。目元は赤く、リップはほんのりと滲んでいる。


「……おかえり。何してたんだよ」


問いかける俺の声が、少し震えていたのが自分でも分かった。

怖かった。何かが、壊れ始めているような気がした。


だけど──すずなは、まっすぐに俺を見ないまま言った。


「関係ないでしょ。……別に」


その一言に、返す言葉が見つからなかった。


“関係ない”。


妹にそんな言葉を投げつけられる日が来るなんて、思ってもみなかった。


だって俺たちは──

たとえ血が繋がってなくても、家族だったのに。


その晩、すずなは部屋にこもったままだった。

俺は眠れず、暗い天井を見上げたまま、何度も彼女の言葉を反芻した。


──関係ない。


──関係ない。


そうだよな。彼氏もできて、新しい生活が始まって。

俺は、もう“必要ない”んだ。

そうやって、何度も納得しようとした。


でも。


どれだけ言い聞かせても、胸の奥に残った小さな“ざらつき”だけは、どうしても消えてくれなかった。



あとがき


今日はここまでにします。明日、早かったら昼12-13時ぐらいかそれか19時くらいに更新かな。


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