第1話 小さな戦士

第一節 リトル・ジュニア決勝戦


ノースタウン闘技場 午後2時


獣人たちの統治下にある闘技都市ノースタウン。砂埃舞う円形闘技場に、人間と獣人の視線が集中していた。大人女性部門の優勝者であり、伝説の戦士として名を馳せるムロイシ・ガンディナ。今度はその息子が、リトル・ジュニア部門初出場にして初優勝を狙っていた。

ガンディナは男性と見紛うほどの筋肉質な体格を誇る女性だった。野生動物の毛皮を編んで作られた原始的な衣装が、彼女のアマゾン戦士のような風貌を際立たせている。特に脚は野生の動物の脚のように逞しく美しかった。


その傍らに立つ息子、ムロイシ・フネサカは、たった7歳にして同年代の子供たちを圧倒する体格を持っていた。

身長133cm、体重35kg、体脂肪率わずか7%。幼い顔立ちに似合わない隆々とした筋肉が、まるで彫刻のように美しく浮き出ている。黒髪は父親のアジア系の血を、浅黒い肌は母親の混血を物語っていた。


一方、挑戦者として立つのは7歳の白人少年、カルロス・ダン。身長145cm、体重45kg、体脂肪率20%。。同年代の子供たちの中では2〜3回りも大きく、体重は他の子供たちの倍以上だった。

「俺はただのデブじゃねぇ!この拳を見やがれ!」

カルロスが右腕の計量計を確認しながら、積み上げられた石の壁に向かって全力のパンチを叩き込む。

ドォン!

鈍い衝撃音が闘技場に響き渡った。周囲の子供たちから歓声が上がる。


「すげぇ!大人みたいだぜ!」

「さすがSSR遺伝子だ!」


カルロスの取り巻きが騒ぐ中、彼は得意げに計量計の数値を確認した。

「162.78kg!どうだ、勝ったも同然だろ!SR遺伝子が負けるわけがねぇんだよ!」

カルロスの声が闘技場に響き渡る。対面する反対側で、フネサカはその様子をニヤリと見つめていた。目が合った瞬間、フネサカは冷静にそっぽを向き、黙々と右手と右足に計量計を装着していく。

「SR遺伝子を持つプロレスラーの両親から受け継いだ俺が、あんなチビに負けるはずがない!優勝したら、お前らにも久しぶりの肉を食わせてやるからな!」

その言葉に、カルロス側の観客席から大きな歓声が上がった。


だが、フネサカはそんな騒ぎをよそに、黙々と準備運動を続けている。母親のガンディナが近づいてきた。


「あんたも的を叩いとく?」

「いや、いい。あんなデブは一撃だよ。」


フネサカは無表情でそう言うと、空中回転の準備運動を開始した。助走をつけて1メートルほどの高さまで跳躍し、空中で美しいサマーソルトキックを決める。そのまま前方の壁を蹴ってバック宙を披露し、約2メートルの高さから頭を下にして落下。最後は完璧な着地を決めてみせた。


「うわぁぁ!」

「すっげぇ!」


その場にいた子供たちから驚愕の声が上がる。しかし、カルロス達は石の壁への攻撃に夢中で、フネサカのパフォーマンスを見逃していた。


「一体何が起こったんだ?」


カルロスが振り返った時には、フネサカは既に冷静に立っているだけだった。



第二節 戦いの火蓋


ゴォォォォン!

高台から鐘が鳴り響き、審判である獣人がリング中央の入り口から姿を現した。ライオンのような顔を持つ獣人審判の威圧感が、会場全体を包み込む。

スポットライトがリングを照らし出し、獣人審判のシルエットが浮かび上がった。彼はゆっくりとリングへ進み、その姿はまさに狩りを開始する百獣の王のようだった。


「東の角!身長145cm、体重45kg!SR遺伝子を持つ白い稲妻!カルロス・ダァァァン!」

審判の咆哮と共に、カルロスがリングに上がる。彼の大きな胸板がリズミカルに上下し、腕の筋肉が力強く収縮している。観客たちは息を呑んでその巨体を見上げた。


「西の角!身長133cm、体重35kg!小さな破壊神!ムロイシ・フネサカァァァ!」

対照的に、フネサカの小さな体がリングに現れる。だが、その筋肉質な肉体は体脂肪率7%の驚異的な絞り込みを示し、まるで金属の彫刻のように輝いて見えた。孤高の闘志が、その小さな体から溢れ出ている。


カァァァン!


試合開始のゴングが鳴り響いた瞬間、カルロスが豪快なパンチを放つ。

「うおおおお!」


しかし、フネサカにとってそのパンチは予想通りの軌道だった。軽快なステップで難なく回避し、カウンターでカルロスの胴体に拳を叩き込む。


ドスッ!

205kg!


「がはっ!」

フネサカの拳がカルロスの分厚い腹筋に沈み込み、彼の口から唾液が飛び散った。


体格差など関係ない。その攻撃は速く、重く、確実にダメージを与えていた。


「大きいだけのデブ!」

フネサカの挑発にカルロスの顔が真っ赤になる。


「このチビめ!」

怒りに燃えるカルロスが無我夢中でパンチを連打するが、フネサカは川の流れを飛び越える小鳥のような軽やかさで全ての攻撃を回避していく。そして確実にカウンターを決めていった。


ドス!ドス!ドスッ!

170kg!180kg!175kg!


「ぐっ!ぐあっ!うぐぅ!」


フネサカの正確無比な攻撃が、カルロスの体に次々と突き刺さる。膝蹴りが腹に入るたび、カルロスの顔が苦痛に歪んだ。

「このガキめ…!」

カルロスが吐き捨てると、フネサカはにっこりと笑った。


「大人げないな、おっさん!」

その言葉でカルロスの理性が完全に飛んだ。

顔を真っ赤にして無防備に突撃してくる。


フネサカの目が一瞬、鋭く光った。

下がった顔面という絶好の隙を見逃すはずがない。

「甘い!」

右足が弧を描いて跳ね上がる。美しい軌道を描くハイキック!


バキィィィン!


フネサカのかかとがカルロスの顎下に完璧にヒット!その瞬間、足首の計量計が数値を弾き出した。


280kg!


7歳の子供が放つ攻撃とは思えない、プロボクサーの

本気のパンチに匹敵する衝撃力!


「あ゛!」

カルロスの45kgの巨体が反対側の宙に跳ね返されるように浮いた。一瞬の静寂の後、観客席は水を打ったように静まり返る。


ドサァァァッ!


重い肉の塊が地面に叩きつけられる音だけが、闘技場に響き渡った。カルロスは白目を剥き、口から泡を吹いて完全に失神している。

ノースタウンのリトル・ジュニア部門史上初の失神KOだった。


一瞬の静寂の後、会場は爆発的な拍手と歓声に包まれた。獣人審判がフネサカを指差し、その勝利を高らかに宣告する。

しかし、その直後のフネサカの言葉に、観客たちは再び驚かされることになる。


「あんた、子供相手にやりすぎだよ」

母親のガンディナが注意するも、フネサカは冷たく言い放った。

「弱い奴が悪いんだよ。」

その言葉は、対戦相手の取り巻きの子供たちの背筋を凍らせた。彼らはフネサカという存在に、7歳の子供を超えた何かを感じ取っていた。

これはただの子供の試合ではなかった。小さな戦士の誕生を、全ての人々が目撃したのである。



第三節 勝利の祝宴と決意


夜 ノースタウン居住区


獣人審判がリング上に立ち、ムロイシ親子の勝利を宣言した。声帯を持たない彼は、代わりに胸板を叩いてその振動を会場全体に響かせる。

ドンドンドン!

その音は親子二人の勝利を讃える強力な咆哮となり、圧倒的なパワーを感じさせた。会場は爆音のような歓声に包まれ、獣人たちも立ち上がって拳を振り上げる。その光景は、ノースタウンの熱き生命力を体現していた。

夜が更けると、フネサカ一家は子供たちと共に豪勢な食事会を開いた。久しぶりに手に入った肉が豊富にテーブルに並び、勝利を祝う歓声で居住区が満たされている。

フネサカは子供たちに囲まれて、得意げに胸を張っていた。


「どうだ!俺が一番強いだろ!俺のおかげでお前らは食べれているだ!」

周りの子供たちは歓声を上げながら、

フネサカを英雄のように称えた。しかし、ガンディナの表情は複雑だった。

「フネサカ、ちょっと来なさい。」


母の呼び声に、フネサカは渋々ながら従った。二人は少し離れた場所で向き合う。

「どうしたんだよ、母ちゃん。みんなが俺を称えてるのに。」

ガンディナは深いため息をついた。


「フネ、強い者が一番偉いって、本当にそう思ってるの?」

「当たり前だろ!俺が子供で一番強いから、弱いみんなが俺のおかげで生きれているんだ。闘技都市ってそうだろ?」


フネサカの即答に、ガンディナの表情がさらに曇った。

「違うよ、フネ。本当の強さってのは、弱い者を守ることにあるんだ。強い者だけが偉いわけじゃない。」


「何言ってんだよ!弱い奴なんて守る価値ないだろ!強くなれない奴が悪いんだ!」

フネサカの言葉に、ガンディナは言葉を失った。息子の価値観が、自分の思っていた以上に闘技都市だけの生活で歪んでいることに気づいたのだ。


「フネ...」

「俺は強いから偉いんだ!それで何が悪い!」


フネサカは踵を返して、再び子供たちの輪の中に戻っていった。ガンディナは、息子の背中を悲しげに見つめるしかなかった。




第四節 脱出行


翌朝 ノースタウン市門前


朝が来ると、獣人の兵隊がムロイシ親子を取り囲んで、都市の門から優勝行進が始まった。ノースタウンの重苦しい雰囲気を背負いながら、親子は兵隊に囲まれて歩き出す。

しかし、ガンディナだけは何度も後ろを振り返っていた。

歩き始めてから約1000メートル。ガンディナは20.0という驚異的な視力で、ノースタウンの門に微かな変化を察知した。昨夜の子供たちが、遠征を見送りに来ていたのだ。

獣人兵隊には子供たちの姿は見えないが、ガンディナの目には彼らが手を振っている様子がはっきりと映っていた。息子のフネサカも、母親ほどではないがそれなりの視力で子供たちの様子を理解した。


「今年も...中止だ。遠征してから戻るよ。」

子供たちを見て諦めの色を見せたガンディナに対し、

フネサカの反応は一線を画していた。


「やっぱり、あいつらはダメだな。母ちゃん、俺は行くよ。ノースタウンを出て自由になるんだ!」

ムロイシ・フネサカは、その言葉通りに行動を開始した。突然走り出したのだ!


獣人兵隊たちはすぐに異変に気づいて追いかけ始める。ガンディナは最も近くにいた獣人の顔面に拳を叩き込んだ。


ガキィィン!


「ぐぼぁっ!」


獣人がその場に崩れ落ちる。ガンディナは息子の後を追った。

「はぁ、しょうがないか。子供たち、ごめんよ...」

まるで風のように駆け出すガンディナとフネサカ。それに追いつこうとする獣人たちの姿が、徐々にノースタウンとその子供たちから遠ざかっていく。




第四節 残された者たちの想い


ノースタウン市門前


都市の門の前に集まっていた子供たちは、突然の出来事に驚きを隠せない様子だった。彼らは静まり返り、ムロイシ親子が視界から消えるのをただ見つめていた。

「彼ら、本当にやったんだ...」

小柄な少女がつぶやくと、周りの子供たちも黙って頷いた。彼らの目は不安と混乱、そして新たな何かへの期待でいっぱいだった。

「ガンディナとフネサカ、勇敢だよね。」

少年が声を震わせながら言った。その声は、他の子供たちの心にも響き、一瞬の静寂が訪れた。


その後、子供たちは一人ひとりが静かに場所を去っていった。それぞれの顔には、悲しみや不安、そして未知への期待が浮かんでいた。

ノースタウンでは、ガンディナとフネサカの脱出の話が風のように広まった。その話を聞いた子供たちは、驚きと共に新たな感情を抱いた。


「彼らは本当に自由を手に入れたのだろうか?」

「私たちもあんな風になれるのだろうか?」

「彼女たちはすぐに獣人に捕まるに違いないよ。」


希望と恐怖と心配が、彼らの心を揺さぶった。

しかし、心の中で様々な感情が渦巻く中、彼らは一つの決意を固めた。それは、いつか自分たちも自由を手に入れるという希望だ。

だから彼らは、日々を生き抜く決意を新たにし、ノースタウンでの生活を続けていくことを選んだ。

いずれムロイシ親子が安全な自由を手に入れて帰ってきてくれる時を、心から待ち望みながら。



第五節 追跡の影


ノースタウン郊外 午後


母子が森の中を進んでいく中、ガンディナは時折後ろを振り返った。追手の気配はまだ感じられないが、油断は禁物だった。

「フネ、少し休もう。」

「大丈夫だよ、母ちゃん。俺はまだまだ走れる!」


フネサカの言葉に力強さはあったが、ガンディナには息子の疲労が見て取れた。

二人が小川のほとりで水を飲んでいると、遠くから獣人の咆哮が聞こえてきた。追手が近づいている。

「行くよ、フネ。」

「うん!」

再び走り始めた二人。しかし、その後ろから追いかけてくる影があった。



第六節 獣人幹部の登場


ノースタウン 獣人司令部


一方その頃、ノースタウンの中心部にある獣人司令部では、一体の巨大な獣人が報告を受けていた。

身長2メートルを超える巨体、黄金色のたてがみを持つライオンの頭部、筋骨隆々とした人間の体。それは獣人幹部、レオニダス・ガルーダだった。

「ほう...ムロイシ親子が脱走したか。」

低く響く声は、まるで地鳴りのようだった。レオニダスの琥珀色の瞳が、危険な光を放つ。


「はっ!申し訳ございません!すぐに追手を...」

報告に来た部下の獣人が謝罪するが、レオニダスは片手を上げて制した。

「いや、面白い。久しぶりに狩りを楽しめそうだ。」

レオニダスが立ち上がると、その巨体が影を作った。鋭い爪が光り、牙が露わになる。

「弱肉強食こそが自然の摂理。強い者が弱い者を支配する。それが世界の真理だ。」

彼の言葉は、闘技都市の常識に染まっていたフネサカと似ていた。

「あの親子、特に息子の方は興味深い。7歳にしてあの強さ...きっと良い獲物になるだろう。」


レオニダスは不敵な笑みを浮かべた。戦闘を楽しむ快楽主義者の本性が露わになる。

「私が直々に狩りに出よう。逃げられるものなら、逃げてみるがいい。」

そう言うと、レオニダスは部屋を出て行った。その後ろ姿からは、圧倒的な殺気が漂っていた。


部下の獣人たちは、恐怖に震えながらその場に立ち尽くしていた。レオニダス・ガルーダが動き出したということは、ムロイシ親子の運命が決まったも同然だった。

なぜなら、彼は帝王の直属の部下であり、人間など虫けらのように扱う残虐な獣人だったからだ。


こうして、小さな戦士ムロイシ・フネサカの旅が始まった。7歳にして既に大人並みの力を持つ彼が、母と共に辿る運命とは。そして、彼らを追う恐るべき敵の存在。

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