ウルトラ遺伝子 格闘少年ムロイシ
ゲンラーク
プロローグ 血の取引
21世紀後半 アメリカ・ニューヨーク セントラルタワー地下秘密取引所
煌びやかなシャンデリアが照らし出すドーム型の地下会場には、世界各国から集まった富豪たちが詰めかけていた。手作りのイタリア製スーツに身を包んだ紳士、ダイヤモンドを散りばめたドレスをまとった淑女たち。総勢数百名のVIPが、中央の巨大モニターを食い入るように見つめている。
セントラルタワーのVIP専用エレベーターから続く、この秘密の取引所。表の世界では絶対に語られることのない、人類の暗部がここにあった。
司会者の男は手元のタブレットを何度も確認していた。画面には人物の写真がずらりと並んでいる。水色、赤色、そして金色の英文字で格付けされた、生きた人間たちの"商品リスト"だった。
「ハロー、エブリワン!」
司会者がマイクを握ると、会場の喧騒が一瞬で静まり返った。
「ようこそお越しくださいました。外の世界は第三次大戦の余波で騒がしいですが、ここは完全に別世界!安全です!さあ、お楽しみの時間を始めましょう!」
司会者がリモコンを操作すると、中央の巨大スクリーンに8人の人物が映し出された。水色の枠で囲まれ、その横には「SR」の文字と天文学的な数字が踊っている。
「まずはSRランクから参りましょう!」
司会者の声が会場に響き渡る。
「2080年イグノーベル賞受賞者、ガーベラスタンド・ファンド博士!900万ドル!2082年女子100m銀メダリスト、11秒09の記録保持者、ガヌーン・オリビア!9800万ドル!」
富豪たちの目が輝く。彼らにとって、これは単なる買い物だった。
「折れない肉体を持つ無敵のプロレスラー、ドーシー・ガルーン!9500万ドル!2084年アマレス男子金メダリスト、野獣と呼ばれたダンバル・バーゴン!8500万ドル!」
司会者の興奮は最高潮に達していた。
「2081年100m男子金メダリスト、9秒92の世界記録保持者、ゴリーン・ガルーン!9800万ドル!IQ180の天才物理学者、テスラ大学教授グリモワ・ケインズ!2800万ドル!ノーベル賞候補の生物学教授、北京大学の班・明朝!2500万ドル!そして2075年アジア選手権100m優勝者、田中裕次郎!9秒99の記録保持者で1400万ドル!」
「さあさあ!まずはSRランクから入札を始めましょう!彼らの遺伝子を手に入れれば、お客様の未来の成功は保証されたも同然!我らが国際グローバル部隊が責任を持って確保いたします!今すぐボタンを押してください!」
その言葉を合図に、会場の富豪たちが一斉に入札ボタンを押し始めた。座席に設置されたボタンが次々と点灯し、モニターの金額が100万ドル単位で跳ね上がっていく。人気の高い人物は瞬く間に1億ドルを突破した。
10分間の激しい競り合いの末、落札が決定。巨大なカードを手にした成功者たちは、まるで自分の子供を授かったかのように歓喜に震えていた。一方、落札に失敗した者たちは悔しさに歯ぎしりしている。
だが、司会者の興奮はまだ冷めやらない。彼は顔を真っ赤にしながら、次の段階へと進んだ。
「落札された皆様、おめでとうございます!そして落札できなかった皆様にも、さらに最高のチャンスをご用意いたしました!」
4人の人物がスクリーンに映し出される。今度は赤色と金色の枠だ。
「そう、このイベントの真の目玉!URランクの方々です!今回はなんと3名ものターゲットを確保できました!通常なら1名確保するのがやっとなのに、3名ですよ!世界情勢の悪化により、我々にとっては絶好の機会となりました!」
司会者は一息つくと、さらに続ける。
「皆様に予告しておりましたムロイシ・ユウジロウ氏は、残念ながら日本政府の重要人物のため断念いたしました。しかし!その代わりにロシアの傑物を確保することに成功!戦争の混乱に乗じて、狙い撃ちできました!」
スクリーンに赤枠で囲まれた3名が三角形の配置で映し出される。SRランクとは明らかに格が違う。放たれるオーラが画面越しでも伝わってくるほどだ。
「空港での緊急確保に成功しました!2082年女子100m金メダリスト、10秒88の世界記録保持者、アンゴラ・ガンディナ!2億9000万ドル!純血のアマゾン部族出身で、黒人の血を引かずに世界記録を樹立した伝説の遺伝子です!」
会場がざわめく。
「そして歴史に名を刻む科学者、ナインシュタインの娘、エーリン・ナインシュタイン!次期物理学ノーベル賞の最有力候補です!2億1000万ドル!受賞前に落札する方が断然お得ですよ!」
「さらに、ムロイシ・ユウジロウ氏の代替として用意した今回最大の目玉が、ロシアの英雄、ロムシェンコ・カリレン!親子三代にわたる国際レスリングの王者!5連続金メダリストです!3億5000万ドル!ロシアの国力低下により、確保が可能となりました!」
会場が少しざわついた。参加者たちに若干の動揺が見える。
派手なドレスに身を包んだ中年女性がマイクを手に取った。
「ロシアの弱体化は承知していますが、まだ国家として機能しているのでは?部隊の確保は本当に可能なのですか?」
司会者は自信満々に答える。
「確かに表面的には国家の体裁を保っていますが、内情は壊滅的です。物価の異常な高騰、エネルギータンクの部品不足で石油輸出も停止状態。経済は完全に崩壊しています。我々の部隊は楽々と国境を越えました。警備はザルです。カリレン氏の収容施設も既に制圧済みとの報告を受けています。」
女性は安堵の表情を見せた。
続いて男性参加者がマイクを握る。
「3名の紹介は終わったが、入札はまだなのか?ボタンが反応しない。外は物騒だから、さっさと落札して警備と一緒に帰りたいのだが...」
司会者はにんまりと笑みを浮かべた。
「お待ちください。まだ最重要な紹介が残っています。今回、我らが国際グローバル部隊が発見した、史上最高の目玉商品があるのです。あと3分ほどお時間をいただけますでしょうか。」
司会者は手元のタブレットで金色の枠の人物を再確認する。そして、リモコンを操作してスクリーンに映し出した。
会場が静寂に包まれた。
モニターに映し出された女性は、この世のものとは思えない美しさを放っていた。神々しい白い髪、透き通るような肌、そして深い慈愛に満ちた瞳。筋骨隆々とか知的とか、そういった次元を超越した存在感があった。
司会者の声が震えている。
「こちらの金枠の人物は...伝説中の伝説です。この世に存在しないと思われていました。しかし、我々の血液検査により、間違いなく確認されました。21世紀前半にはただのアルビノと誤解されていましたが、この方の血筋は...」
司会者は一度大きく息を吸い込んだ。
「かの有名なイエス・キリストの直系の血を引いています!名前は不明ですが、我々は彼女を『キリスト』ガールと呼んでいます!この『キリスト』ガールへの入札開始価格は...19億8000万ドルです!」
会場が爆発した。参加者たちの興奮は最高潮に達している。
「それでは、赤枠3名プラス金枠1名、入札開始!」
司会者がリモコンを押すと、参加者たちが狂ったように入札ボタンを連打し始めた。金色の女性への入札額は一瞬で企業の年間売上を上回り、さらに跳ね上がっていく。赤枠の3名も中規模企業を買収できるほどの金額になったが、富豪たちにとってはただの買い物だった。
会場は予想外の金枠商品により、かつてない盛り上がりを見せていた。
しかし、セントラルタワーから続く重厚な扉の前で警備にあたっていた者たちは、既に絶望的な状況に直面していた。彼らの予想をはるかに超える速度で、"災厄"が迫っていたのだ。
秘密取引中は警備レベルでは絶対に開けてはならない扉が、突然爆発音と共に吹き飛ばされた。爆風により血しぶきが会場内に飛び散り、異常事態の到来を告げていた。
会場の一部の参加者と司会者が最初に異変に気づいた。
なだれ込んできた存在は、明らかに人間ではなかった。
猿のような毛むくじゃらの体に銃器や爆弾を装備した者、牛人間のミノタウロスのような姿で巨大な斧を軽々と振り回し扉の残骸を粉砕する者、カマキリのような巨大な刃の腕で警備員の首をあっさりと刈り取る緑色の虫人間、ゴリラのような体格で警備員の首を握りつぶしている者、蛇に手足が生えたような身体で人間を絞め殺している者...
様々な人獣の混合体が、VIPたちの秘密の取引会場に雪崩れ込んできたのだ!
重武装した警備員ですら歯が立たない相手に、武器を持たない富豪たちが抵抗できるはずもない。1日で国家予算級の資金が動く華やかで秘密に満ちたVIP会場は、一瞬にして地獄絵図と化した。
悲鳴、怒号、そして肉を引き裂く音が会場に響き渡る。21世紀の人類文明が誇る最高の富と権力が、原始的な暴力の前に無力さを露呈していた。
これが、世界各地で同時多発的に起こった人類文明崩壊の序章だった。
そして、この日を境に、地球は獣人たちの支配する世界へと変貌していくのである...
この悲劇の記憶すら薄れた頃、獣人に支配された闘技都市で一人の少年が生まれる。彼の名は、ムロイシ・フネサカ。やがて彼は、この崩壊した世界で希望の光となるのだが、それはまた数十年後の物語である。
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