第57話:街の審判
テオの感動的な告白により、すべての真実が明らかになった議場。
長い沈黙の後、市長ハインリッヒ・モーゼが立ち上がった。議員席では、各ギルドの代表者たちが深刻な表情で話し合いを続けている。
「暫時休憩といたします」
市長の声が響くと、議場にざわめきが起こった。これまでの証言があまりにも衝撃的で、市議会としても慎重な検討が必要だった。
「三十分後に再開し、市議会としての最終判断を発表いたします」
議場の人々は席を立ち、廊下や外の空気を求めて移動し始めた。しかし、誰もが興奮と感動で胸を高鳴らせていた。
一方、リリアナは関係者席で呆然としていた。
師匠の壮絶な過去、自分に託された深い想い、そして今日起こった数々の奇跡。すべてが現実とは思えないほどだった。
***
「リリアナちゃん、大丈夫?」
エルミナが心配そうに声をかけた。
「ええ…ただ、まだ信じられなくて」
リリアナは震え声で答えた。
「師匠があんな過去を背負ってらしたなんて…」
「でも、だからこそなのよ」
エルミナが優しく微笑んだ。
「あなたがどれだけ特別な存在か、よく分かったでしょう?」
「そうだな」
ヴォルフも頷いた。
「師匠があれほど厳しく、そして愛情深くお前を指導してきた理由が分かった」
三人の会話を、少し離れた場所からフェリクスが見つめていた。彼は先ほどまでの敵から、今や仲間になろうとしている。
「あの…」
フェリクスが恐る恐る近づいてきた。
「お邪魔でしたら、下がります」
「フェリクス」
リリアナが振り返った。
「大丈夫よ。もう、私たちは仲間でしょう?」
その温かい言葉に、フェリクスの瞳に涙が浮かんだ。
***
やがて、休憩時間が終わりを告げた。
議場に戻った人々の表情は、休憩前とは明らかに違っていた。困惑や疑念は消え、代わりに期待と希望が満ち溢れていた。
「リーフェンブルク市議会臨時公聴会を再開いたします」
市長が議長席に戻ると、議場が静まり返った。
「各ギルド代表による検討の結果、以下の通り判断いたします」
市長の手には、正式な決議書が握られていた。
「まず、リリアナ・エルンフェルト氏について」
すべての視線がリリアナに向けられた。
「市議会は、氏の錬金術活動に関し、一切の問題を認めません」
議場から大きな拍手が起こった。
「氏の技術は高度で安全であり、多くの市民の生活向上に貢献していることを正式に認定いたします」
拍手はさらに大きくなった。
***
「また」
市長は続けた。
「セレナ川浄化システムの構築は、我が街の歴史に残る偉業であり、市議会として最大限の賛辞を送るものであります」
議場が感動のどよめきに包まれた。
「ついては、同システムの正式採用を決定し、市の予算により維持管理を行うことといたします」
リリアナの目に涙が浮かんだ。自分の夢が、正式に街に認められたのだ。
「さらに、リリアナ・エルンフェルト氏を、リーフェンブルク市特別顧問錬金術師に任命いたします」
議場から歓声が上がった。
特別顧問錬金術師。それは街にとって極めて重要な技術的指導者の地位だった。
「氏には、今後も市民の生活向上と街の発展のため、その技術を活用していただきたく存じます」
リリアナは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず、皆様のご期待にお応えいたします」
その言葉に、議場は割れんばかりの拍手に包まれた。
***
「次に」
市長の表情が厳しくなった。
「金獅子商会支店長ゲルハルト氏について」
議場の後方で、ゲルハルトが震えていた。
「詐欺、模倣品販売、環境汚染隠蔽の罪により、即刻逮捕いたします」
衛兵たちがゲルハルトを取り囲んだ。
「また、同商会の営業許可を取り消し、リーフェンブルクからの永久追放を決定いたします」
ゲルハルトは観念したように頭を垂れた。もはや反論する気力もない。
「火災被害者への賠償、川の汚染除去費用、すべて同商会の負担といたします」
正義の鉄槌が、ついに下された。
「続いて、マグヌス・フォン・ヴァイス氏について」
市長はマグヌスを見据えた。
「錬金術師ギルドマスターの職を剥奪し、ギルドからの除名処分といたします」
マグヌスはもはや立ち上がる力もなく、ただ床を見つめているだけだった。
「また、共謀罪により法的処罰を検討いたします」
長年築き上げてきた権威と地位が、完全に失われた瞬間だった。
***
「最後に」
市長の声が温かくなった。
「今回の事件で活躍された方々への表彰を行います」
議場が期待に満ちた静寂に包まれた。
「商人エルミナ・ヴァルメル氏には、真実究明への貢献により『市民功労賞』を授与いたします」
エルミナが驚いた表情を見せた。
「鍛冶師ヴォルフ・アイゼン氏には、技術的証明への貢献により『職人栄誉賞』を授与いたします」
ヴォルフも照れたような表情を見せた。
「職人協同組合の皆様には、『団体協力賞』を授与いたします」
組合のメンバーたちが誇らしげに胸を張った。
「フェリクス・ヴァイスハウプト氏には、勇気ある告発により『正義貢献賞』を授与いたします」
フェリクスが感激で涙を流した。
「そして、テオ・グライフ氏には」
市長は特別な敬意を込めて語った。
「長年にわたる市民への貢献と、優秀な錬金術師の育成により『名誉市民』の称号を授与いたします」
議場から温かい拍手が起こった。
***
「以上をもちまして、公聴会を終了いたします」
市長が宣言すると、議場は大きな歓声に包まれた。
人々は席を立ち、リリアナたちの元に駆け寄ってきた。
「おめでとう、リリアナちゃん!」
「よくやったぞ!」
「君の錬金術は本物だ!」
口々に祝福の言葉をかけられ、リリアナは感激で言葉も出ない。
パン屋のハンス、宿屋のクララ、花売りのリリー、そして職人協同組合のメンバーたち。
彼女を支えてくれたすべての人が、心からの笑顔を浮かべていた。
「みなさん…」
リリアナがようやく口を開いた。
「私一人では、ここまで来ることはできませんでした」
彼女は涙を流しながら、人々を見回した。
「すべて、皆さんがいてくださったからです」
「これからも、どうか一緒に歩んでください」
その言葉に、議場は再び大きな拍手に包まれた。
***
やがて、人々は議事堂の外に出た。
夕日が美しく輝く中、セレナ川では浄化システムが稼働し続けている。
清らかな水が流れ、魚が泳ぎ、子供たちが水遊びを楽しんでいる。
それは、まさに希望に満ちた未来の象徴だった。
「師匠」
リリアナはテオの元に歩み寄った。
「ありがとうございました。すべて、師匠のおかげです」
「いや」
テオは穏やかに微笑んだ。
「すべて、君の力だ。君の心と技術が成し遂げた奇跡だ」
彼は夕日に染まるセレナ川を見つめた。
「ワシの長い贖罪の旅が、ようやく終わった」
「これからは、君たちの時代だ」
リリアナ、エルミナ、ヴォルフ、そしてフェリクス。
四人は夕日を背に、街の未来を見つめていた。
新しい時代の幕開けを告げる、美しい黄昏だった。
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