第14話

「許す。申してみよ」


 ローガリク皇帝陛下は不機嫌さを隠そうともしなかったが、ひとまず危機は去ったと見ていいんだよな。


「陛下もすでにご存じのように、あのアリスイリスは敵性艦艇を一瞬にして支配下に置く能力を有しております」

「それがどうした?」


「陛下のインペリアル級戦艦も敵と見なされれば例外ではないかと」

「無礼であるぞ! ユリウス・マキシス!」


「マッケイ、はユリウスと話しておる。口を挟むでない!」

「はっ! 申し訳ございません!」

「それで、なんだと言うのだ?」


「この件、私にお任せいただけませんでしょうか」

「うん?」


「お聞きになられた通り、アリスイリスは所有者の変更を認めません。ですが使用権であれば話が違ってまいります」

「ほう。余に使用者に成り下がれと?」


「滅相もございません。使用者には私を任命して下さい」

「ユリウス?」


 驚いた。ユリウスがそんなことを言うとは。どう考えてもべんにしか聞こえないのだが。


「私は陛下の忠実な下僕しもべにございます。使用者に任命して下されば、陛下の望む通りの運用をお約束いたしましょう。むろんブリッジには艦長席よりも陛下に相応しい席をご用意いたします」


「戯れ言を。学生ではそのように浅はかな考えしか浮かばぬか」

「果たしてそうでしょうか」

「なに?」


「落下した陛下の護衛ドローンをご覧下さい。下部のセンサー部から制御中枢に向けてレーザーにより穴が開けられているはずです」


 護衛騎士の何人かが落下して転がっているドローンをひっくり返して確認し、確かに穴が開いていると陛下に報告する。


「隠蔽されているので目視は叶いませんが、アリスイリスから送られてきた超小型ドローンの仕業です」

「バカな! この謁見の間は現在、完全なる閉鎖空間となっているのだぞ」


「ワープしてきたのです」


「閉鎖空間へのワープだと!? 不可能だ!」

「可能不可能の話ではございません。現実に起こっているのですから」


「陛下に謁見の折にはいかなる武器も持ち込んではならないと帝国法で定められている。これもまた明確な反逆罪ではないか!」


 飄々ひょうひょうとしたユリウスの言葉に、マッケイ侯爵がキレ気味に怒鳴った。それを煽るように続けたのはアリスである。


「持ち込んではおりません。入室前に入念なボディチェックも受けております。それでも持ち込んだと仰るならチェックに不備があったということになりますので、落ち度は帝国側にあったと言えるでしょう」

「なんだとっ! 無礼な!」


「マッケイ、学生相手に声を荒げるでない」

「ですが陛下……」


「アリスの申したことは一見的を射ているようだが屁理屈に過ぎん。先だろうが後からだろうが持ち込んだ事実は変わらん。それからユリウスよ」

「はっ!」


「目に見えぬドローンとやらが貴殿の指図でないと証明することは出来るのか?」

「たった今当人が発した言葉により犯人がアリスであることは明白。しかし現在私はあのふねに対する何の権限も持っておりませんので、私が不関与であるという証拠を提出させることは不可能です」


「何故不可能なのだ?」

「彼女が拒否するからです」


 ユリウスが目を向けたのはアリスだ。


「ならば余が命ずる。アリスよ、余の護衛ドローンを破壊したのはユリウスの指示、あるいはそうではないと明確にせよ」

「必要ありません」

「なに!?」


「我が艦は艦長キャプテンハルト・シガラキの指揮下にありますが、ドローンの破壊は私を捕らえようとしたことに対する警告だからです」

「ほう。すると反逆罪は其方そなたふねの所有者であるハルト・シガラキに適用ということになるが?」


 ちょっと待て。どうしてそこで俺まで巻き込まれなきゃならないんだよ。


「反逆の意図はございませんが、帝国法に照らし合わせてのことと仰せであれば否定はいたしません」

「あ、アリス!?」


「潔よいな。だが所有者を余にするというのなら処分に手心を加えんでもないぞ」

「それも必要ありません。先ほども申し上げた通り、我が艦の所有者の変更は認められません」


「其方が崇めるハルトを殺されてもいいのか?」

「陛下はお命を失うことになりますが?」


「陛下! もう我慢なりません! 騎士たちよ、あの小娘を撃て!」


 レーザーガンの銃口が一斉にアリスに向けられる。しかし次の瞬間、彼らは熱い物にでも触れたかのように銃を放り投げていた。


「アチッ!」

「あっつ!」

「な、なにをして……」


 そこへ謁見の間の大扉を開けて兵士が駆け込んでくる。


「アロイシウス殿下! 一大事にございます!」

「何事だ!?」


「停泊中の艦艇が全て離陸!」

「なんだと!?」

「へ、陛下のインペリアル級戦艦も例外なく……」


 続けて別の兵士も駆け込んできた。入り口でつんのめったが、なんとか体勢を立て直し叫ぶ。


「殿下!」

「今度はなんだ!?」


「離陸した全艦、シールド展開及び制御コントロール不能!」

「なにっ!?」


 外の様子が窺えない謁見の間に突然半透明のスクリーンが現れ、圧巻の光景が映し出された。ナルコベースにいた貴族たちの約2000の軍艦は元より、皇帝陛下と共にやってきたインペリアル級を含むおよそ150隻に及ぶ帝国軍艦艇も一斉に離陸していたのである。


「我が艦長キャプテンを亡き者にすると仰せなら、帝国は滅びの一途を辿ることとなるでしょう」


 アリスの言葉と同時に、スクリーンには帝国軍と貴族たちの艦艇が戦艦アリスイリスの前に一直線に並んでいく様が映っていた。先頭はインペリアル級。しかもアリスイリスの艦底部からはすでにあの主砲がせり出していたのである。


「我が艦の主砲は太陽程度の恒星を破壊することも可能です。2000の艦艇など一撃で貫けるのです」

「ふざけるな! このようなことがあって……」


「その目でご覧になられるのがよいでしょう。主砲、発射!」

「あ、アリス!!」


 俺が叫んだ時にはすでに遅く、わずかに青みがかったまばゆい閃光がスクリーンから発せられていた。そして数秒後、一列に並んだ艦艇は大爆発を起こしていたのである。


「あ、アリス……一体どれだけの人が……」

「軍艦に搭乗している以上、役割はどうあれ戦闘員とみなされます」

「な、なんということだ……」


 謁見の間には重苦しい空気が立ちこめていた。

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