第13話

 ローガリク・シオドア・ウエブスター、銀河アースガルド帝国の皇帝その人である。突如としてナルコベース上空に現れたインペリアル級戦艦と、護衛のためのアストロ級戦艦、サテライト級巡洋艦の総数は合わせて150隻以上にも及んでいた。


 しかしそうなると集まった貴族たちも、ライブが終わったからとは言え皇帝を差し置いて立ち去るわけにはいかない。彼らが取った行動は皇帝陛下への謁見申し込みだった。そして当の陛下は目の前にいる。


 そこはナルコベースえっけんの間。玉座には皇帝陛下がふんぞり返り、傍らには側近のジュリアン・マッケイ侯爵閣下にアロイシウス大公殿下、陛下の護衛騎士数人が控えていた。


 アリスを含めた俺たち四人は、ヴァル・フェルトン大公領軍第三艦隊司令とロスウェル・ニコライ副司令と共に絨毯敷きの床に平伏した状態だ。


「陛下、諸侯からの謁見の申し込みはいかがいたしましょう?」

「捨て置け」

「御意に」


「まずはあの巨艦を操り、大公領軍第三艦隊の所属艦として戦い宙賊共を捕らえたこと褒めて遣わす。六人とも面を上げよ」


 ヴァル司令以下六人が揃って上体を上げる。ただ陛下は俺たちが第三艦隊にあったという部分を殊更に強調した口調で言った。嫌な予感しかしない。


「学生たちは各々まず陛下にご挨拶せよ。陛下、お許しを」

「うむ。直答を許す」


 マッケイ侯爵の言葉に薄ら笑いを浮かべた皇帝陛下が俺たちを見下ろしながら言った。


「銀河アースガルド帝国士官学校生、ユリウス・マキシスと申します。この度は皇帝陛下にはいえつが叶うばかりかお褒めのお言葉まで賜り、恐悦至極に存じます」


 さすがユリウス、この辺りはそつがないというかなんというか。


「同じく士官学校生のレイア・オーカワです。陛下のご尊顔を拝する栄誉を賜り、末代までの語り草とさせていただきます」


 レイアもなかなかだ。さて、俺はというと。


「ハルト・シガラキと申します。よ、よろしくお願いいたします」


 ま、こんなもんだよ。なんたってザ・小市民なんだから。


「もう一人の女は何者か?」

「アリスと申します。私は戦艦アリスイリスの副官ですが、すでにご存じなのではありませんか?」


「無礼な! 陛下にもの申すとは何事か!」

「よいよい。本日は特別に気分がよいからな」


 マッケイ侯爵が怒鳴ったのを陛下が制した。


「いかにも存じておった。しかしに名乗るはしきたりと知るがよいぞ。今は我々だけだが、普段の謁見では周囲に幾人もの同席人がおる。その者たちに名を知らしめる意味もあると心得るがよい」

「得心いたしました。陛下御自らご教示を賜ったことに心より感謝申し上げます」


 アリスは相変わらず無表情のままだ。うん、全然感謝してないよね。


『はい。毛ほども』

『アリス!』


 思わず声を上げそうになったじゃないか。勘弁してくれよ。


「兄上、先にも申した通り余は学生三人に伯爵位を叙するつもりだ」

「どこの惑星系を与えるおつもりか?」


 伯爵位とは太陽系を除く惑星系を一つ以上治める貴族位である。平民の俺からすれば大出世もいいところだ。しかも陛下から賜るのだから上級貴族となる。士官学校の長い歴史の中でも、卒業と同時に伯爵位に就くなど親から受け継ぐ以外の前例はないだろう。


「帝国が捕り逃がしたトマス・ムルデンを捕らえたとはいえ、宙賊捕獲でいきなり伯爵位とはいかがなものでしょう?」

「殿下! いくらアロイシウス殿下といえども帝国が捕り逃がしたなどと言葉が過ぎますぞ」


「よい、マッケイ。事実は事実。兄上、彼らは宙賊の捕獲に加えて帝国軍より進んだ技術を積んだ多数のアストロ級、サテライト級を無傷でのかくも成し遂げているのだ」

「それだけではありますまい。そもそも何故陛下はアリスイリスの存在をご存じなのか。また何故突然このナルコベースにやってこられたのか」


 そう、そこが疑問だ。海王星軌道付近でのあの戦闘時、ワープ中継器をクラッキングされたことで通信が途絶され、状況を伝えることも援軍を求めることも出来なかったはずである。


 そして火星軌道に到達した時にはアリスイリスは姿も質量も隠蔽状態にあった。皇帝陛下に存在を知られる道理がないのである。


 だがそんな疑問を嘲笑うかのように、ローガリク陛下はフフンと鼻を鳴らした。


「余の情報網を舐めてもらっては困るな。むろんカラクリは明かさぬが」


「なるほど。では陛下は我が大公領軍第三艦隊が窮地に陥っていた時も、手を差し伸べようとはなされなかったということでよろしいか?」

「殿下!」


「マッケイ、よいと申しておる。生憎と状況は分かっていてもワープ中継器が使えんことには援軍も送れなかったのだ。これは事実であるぞ、兄上」


 宇宙艦艇は基本的に単体でワープも可能だ。しかし援軍のように艦隊を組んでワープする場合は中継機を介した方が早いし事故も起きにくいのである。


「むざむざ宙賊に中継器をクラックされたことをお責めになられるのか」


「そうは言っておらんよ。しかし喜んでくれ、兄上。今後もし同様のことが起こっても、必ず援軍を差し向けると約束しよう。余の最高戦力をもってしてだ」

「最高戦力?」


「アリスイリスだよ。あのふねはワープ中継器が使えん中にあって正確に現場宙域にワープアウトして見せたではないか」

「なっ! あれは我が領軍に所属の……」


「現在の所有者はハルト・シガラキだったな」


 大公殿下の言葉を遮って陛下は俺に視線を向けた。


「お、仰せの通りにございます」

「うむ。では余に献上せよ」

「あ、えっと……」


 どう答えようかと考えていたら、アリスが突然声を上げた。


「恐れながらローガリク皇帝陛下に申し上げます」

「副官アリスか。許す。申せ」


「我が艦アリスイリスは所有者の変更を認めておりません」

「献上は拒否すると?」

「仰せの通りに……」


「無礼者! たかが戦艦一隻の副官ごときが余の命に逆らうか!」

「陛下はそのたかが戦艦一隻の戦力をすでにご存じのはずでは?」

「あ、アリス!」


「余の命に反するは反逆罪であるぞ」

「なにをしておる! あの小娘を捕らえよ!」


 マッケイ侯爵の言葉で即座に護衛騎士がレーザーガンを抜いて一歩踏み出した。だが次の瞬間、陛下の頭上にあった6機のドローンがまるで糸が切れたかのように落下して凄い音が響いたのである。


 幸い陛下には当たらなかったようだが、当たっていたら軽い怪我では済まなかったかも知れない。当然アリスを捕らえようとした騎士たちの足も止まる。


「皇帝陛下に申し上げます!」

「ゆ、ユリウス?」


「ユリウス・マキシスと申したな。この状況であってもということか?」

「御意!」

「許す。申してみよ」


 そこで発せられたユリウスの言葉は、予想もしていなかった内容だった。

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