第9話

『宙賊艦隊の制御系統解析が完了しました。これよりします』


 宙賊戦宙機隊を全滅させたアリスイリスは、敵艦隊を拿捕するという。拿捕とは文字通り敵の艦船を捕らえるという意味だ。


 それと同時に宙賊の混乱した様子が音声で伝わってきた。ワープしようにも出来ないようである。これもアリスイリスの妨害工作によるものらしい。


艦長キャプテンシガラキ、アロイシウス大公領軍第三艦隊司令のヴァル・フェルトンが交信を求めてます』

「か、艦隊司令!?」


『よろしければこちらで対応いたしますが』

「た、頼む」


『お待たせしました。こちらは戦艦アリスイリスです』

「女性? 君が艦長なのか?」


 フェルトン司令の驚いた声が聞こえてきた。


『艦長はハルト・シガラキです。私は副官です』

「ハルト・シガラキ……? 聞いたことがないがどこかの領の軍属か?」


『帝国士官学校の卒業予定生です』

「士官学校の? 学生がなぜ艦長なのかね?」


『艦隊司令ヴァル・フェルトン殿。そのようなことよりまず我が艦長に言うことはないのですか?』

「言うこと?」


『宙賊戦宙機の殲滅と艦隊拿捕は艦長ハルト・シガラキの命によるものです。それがなければあなた方第三艦隊は輸送船を奪われ全滅させられていたことでしょう』

「敵艦隊を拿捕しただと!?」


『撃破した戦宙機は256、拿捕した宙賊艦は65。すでに武装解除しております』

「そ、そうか。それが本当なら感謝にえない」


「司令! 言われた通りです。宙賊艦隊全艦武器管制システムダウン。手動コントロールもロックされてます! 完全武装解除状態です!」


 小さな音声だったが背後の声が聞こえてきた。


「完全武装解除!?」


『宙賊の首謀者はトマス・ムルデン、元帝国貴族でお間違いありませんね?』

「と、トマス・ムルデンだと!? バカな! 彼の一族は処刑されたはずだぞ!」


『経緯までは分かりませんが事実です。現在は催眠音波により眠らせてありますので、捕縛後に取り調べなされば分かるでしょう。すぐに確認されるのでしたら艦内への侵入をサポートいたします』

「むう……ならば頼む。しかし全て事実なら私の一存では報酬は決められん。我が主に伺いを立てよう」


 アリスイリスによると宙賊艦隊の制御系統は全て掌握済みなので、捕縛隊を招き入れるのも容易とのことだった。しかも宙賊共は眠らされているおり攻撃を受ける心配もないという。フェルトン司令は半信半疑だったが、すぐに捕縛隊を編成して15分後には準備を整えていた。


 ただ、65隻の乗組員全てを捕縛するのは人数的に不可能であったため、乗り込むのは黒ひげことトマス・ムルデンが乗る旗艦のみである。それでも乗組員は100人以上に上るとのことだったので、捕縛対象はムルデン他数名の主要人物に絞るそうだ。


 間もなくして主謀者が確かにトマス・ムルデンだったと判明した。そうして俺たちの乗るストロウベイリー号を格納庫に積んだまま、戦艦アリスイリスは第三艦隊と共に海王星軌道上に浮かぶコロニー、ネプチューンツーへと向かったのである。



◆◇◆◇



 第三艦隊の先導でネプチューンⅡに到着したアリスイリスは、コロニーのドックには入らずにストロウベイリー号を外に出した。全長約2万5千メートルの超級戦艦を収容可能なドックがなかったからである。


 ただその際、アリスイリスは俺にだけ聞こえるようにある警告を伝えてきた。俺としてはなぜそんなことを言うのか納得出来なかったが、レイアとユリウスに感づかれてもバツが悪い。結局返事はせずに沈黙した次第である。


 それはともかくとして、俺たち三人は大公アロイシウス・コーウィン・ウエブスターに呼ばれたということで一等通信室に招かれた。さすがに大公自身がネプチューンⅡにやってくることはなかったので、映像による謁見である。


 高位貴族に対しては許しがあるまで顔を上げてはならないと士官学校で習っていたので、三人ともひざまずいていた。俺たちと横並びに第三艦隊司令のヴァル・フェルトンと副司令のロスウェル・ニコライもいる。


「帝国士官学校の卒業予定生、ユリウス・マキシス、レイア・オーカワ、ハルト・シガラキの三名、おもてを上げよ」


 39歳の若き大公はライトブラウンの長い髪をポニーテールのようにまとめ、太い眉と切れ長の鋭い眼で俺たちを見据えている。黒い軍服を身に纏い、黄色で縁取られたマントが身分の高さを物語っていた。


 映像では身長は測れないが、服の上からでも分かるほどガッシリとした体つきからおそらくは俺よりも高いだろう。


「アロイシウス・コーウィン・ウエブスターだ。帝国士官学校の生徒なら名前くらいは聞いたことがあるだろう?」

「もちろん銀河アースガルド帝国大公であり皇帝陛下の兄君、こうけい殿下と存じ上げております」


 答えたのはユリウスだ。


「うむ。だが私はそのように畏まられることをよしとしないのでな。特に学生にはアロ君やアロさんなどと気軽に呼んでほしい」

「で、殿下!」


 映像の向こう側で大公を窘める声が聞こえた。だが殿下が言ったことは嘘でもなんでもない。


 士官学校の入学式でのことだ。新入生と教師陣のみが集められた講堂で、なんと彼は身分を隠してライブを敢行したのである。


 しかも楽曲は1960年代から80年代のロックとかハードロックとかいうジャンルの曲だ。俺が愛してやまない宇宙ウォーズの時代とも重なる。演奏された曲までは知らなかったが、確かレッドツなんとかとかディープなんとかだったと思う。


 それは毎年の恒例行事で今でも続いている。新入生のみが集められるのは、上級生はすでにステージ上でシャウトするのが大公だと知っているからだ。


 ライブ終了後に身分を明かし、当然ノリノリだった生徒たちは青ざめる。それを大口を開けて腹を抱えながら、大貴族らしからぬ爆笑をして見せていたのも懐かしい思い出だ。だから思わず口に出してしまった。


「あのライブは楽しかった」


 その瞬間、大公の顔が上気し満面の笑みで叫んだのである。


「そうか! ならば君たちを特別ライブに招待しようではないか!」

「で、殿下!」


「やかましいぞ、ドリス! フェルトンよ」

「ははっ!」

「その者たちを連れてナルコベースに向かえ」

「ほ、本星にでございますか!?」


 ナルコベースとは2008年1月18日に名付けられた、火星の南半球にある直径約4.4kmの小さなクレーターの北に造られた基地である。この名は当時の日本の宮城県大崎市にあった鳴子温泉郷(旧鳴子町)に由来する。


「ナルコにはドームがあるからな。そこでライブを開催する。三日後だ」

「み、三日後!?」


 つまりワープしてこいということである。それはいいとして、火星本星にも全長約2万5千メートルのアリスイリスを収容できるドックがないそうだ。結果、艦は火星軌道上に待機することとなったのである。

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