第8話
※宙賊視点です。
「今度の作戦、ロイも参加するんだって?」
「ジェイか。あたぼうよ! 俺ぁもうすぐガキが産まれるからな、稼がねえとならねえんだ」
「そうか、サラちゃんは元気か?」
「お陰さまでね」
「彼女、お前が宙賊だって知らねえんだろ?」
「ああ。だからこの仕事を最後に足を洗おうと思ってる」
「あ、足抜けするのか!?」
「いやいや、内勤に変えてもらうだけさ。命は惜しいからよ」
太陽系からおよそ300光年離れた惑星ムルデンを軸とした惑星系。そのムルデン軌道上に浮かぶコロニーは現在廃棄コロニーとされていたが、宙賊ブラックビアード団の基地となっていた。
団を率いるのは処刑されたはずのトマス・ムルデン元伯爵である。系内に極秘で建造された造船所では、開発に成功しても帝国に報告しなかった数々の新技術により今も戦艦や戦宙機などが建造されていた。
実はムルデン家取り潰しの後に団に加わった者もおり、ロイのように自身が宙賊であることを家族に伝えていない者も多い。故に足抜けは許されないものの、内勤と呼ばれる団の維持、運営に関わる業務への異動希望は比較的容易に通るのが現状だった。
ところでこの惑星系に通じるワープ中継機は故障している。とは言ってもそれも偽装で、ブラックビアード団はあちこちの宙域にワープ可能だ。そして今回の獲物はアロイシウス大公領の海王星と天王星で生成された天然のダイヤモンド大量輸送船団である。
護衛がいることは間違いないが、事前情報で輸送の規模を覚らせないために任に就くのは大公領軍第三艦隊の一部のみと分かっていた。つまりワープ中継機をクラッキングしてしまえば、援軍は来ないということである。輸送船の
「ダイヤモンドだけじゃなく輸送船そのものもいただいちまおうって話らしい」
「聞いた聞いた。かなり大型の輸送船なんだってな」
「なんでも三十隻、でもってダミーなしだそうだ」
ダイヤモンド輸送船団は宙賊の襲撃に備えて、通常5倍から10倍のダミー船を伴う。しかし今回はそれがゼロ、全ての輸送船がダイヤモンドを満載しているというのだ。
「俺たち戦宙機隊も200機以上が参加するし、新型サテライト級にアストロ級まで出張るんだとよ」
「それだけの大船団相手なら納得だな」
「なあロイ、小耳に挟んだだけだから本当か嘘かは分からないんだけどよ」
「うん?」
「どうやら黒ひげ閣下はイシュアラ帝国と手を組むらしい」
「マジか!?」
「新型艦の技術供与でイシュアラの戦力を増強してアースガルド帝国と渡り合うつもりのようだぜ」
イシュアラ帝国、太陽系がある銀河のオリオン腕より銀河系中心側に位置するいて腕の中にあり、イシュアラ星系を中心とした国家である。国の規模はアースガルド帝国の半分ほどではあるが、何かにつけちょっかいを出してくる厄介な相手だった。
「そういえばアースガルド帝国の学者が好待遇で引き抜かれているって聞いたことがある」
「統治種族はジダル星人だったか。触手生物みたいなヤツなんだよな。いくら好待遇でも忌避するモンじゃないか?」
ジダル星人。カマキリのような逆三角形の頭から何本もの触手を
イシュアラ帝国はかつてイシュアラ星系人からジダル星人が侵略して簒奪したと伝えられている。
「嫁さんのいるロイにはどうでもいいだろうが、プゴリ星人がエサらしいぞ」
「プゴリ星人!? あの皇帝陛下が侍らせてるって超美女種族かよ!」
「女だけじゃなく男も超美形だそうだ。見たことはないがな」
「しかしイシュアラに寝返るのが本当だとしたらこのコロニーは危ないんじゃないか?」
「だからこその輸送船強奪だよ。黒ひげ閣下は仲間の家族も見捨てねえ。その輸送船で家族も連れていくって算段なんだろうさ」
今回の戦宙機隊の報酬は固定で10万シル。現在の日本円換算ではおよそ1400万円ほどになる。ただしこの額は基本なので、働きによっては大きく上乗せされることもあるのだ。これまでも成果による上乗せは行われていたため、団員の士気はすこぶる高い。
さらに戦宙機パイロットには拿捕した艦船に乗り込んで制圧し占拠するという任務が課せられる。よって元々の報酬が高く、上乗せがあった場合の率も高い。危険な任務であるにも関わらず志願者が多い要因で、ロイもジェイも過去に何度か上乗せ報酬を受け取っていた。
数日後、襲撃の朝。
「ロイ、決して無茶はしないでね。お腹のこの子と一緒に無事を祈っているわ」
「任せろサラ。バッチリ稼いできてやるぜ」
身重の妻の頬にロイは軽く口づけする。しかし彼女の表情は不安に包まれていた。
「ねえ、なんだか嫌な予感がするの。やっぱり今からでもやめられない?」
「よせよせ。それに今回の宙賊退治は相手の何倍もの規模で挑むんだ。万に一つも負けはないよ」
「本当に宙賊退治なのよね?」
「あ、あたぼうよ!」
彼は自分が宙賊の一員であることを妻には明かしていない。帝国の輸送船団を襲撃する際にはいつも宙賊退治と偽っていたのである。
『女の勘ってヤツか。ビックリした!』
「なにか言った?」
「いや、なんでもない。とにかく必ず無事に帰ってくるから心配すんなって」
「きっと……きっとよ」
「おう!」
全長890mの新型アストロ級3、全長640mの新型サテライト級10、全長390mのアステロイド級52、戦宙機256機の大編隊は、ワープ中継機により海王星軌道付近に旅立つのだった。
◆◇◆◇
「ロイ、お前スペーススーツは?」
「ンなもんあってもなくても同じだろ。輸送船に乗り込んじまえば空気はあるし適温だからな」
ロイは完全に私服、もっと言えばTシャツにジーンズ姿で操縦桿を握っていた。戦宙機が無人ではないのは襲撃後の輸送船奪取任務があるのと、なにより団では256機もの数を適切に運用するだけのAIの開発が進んでいなかったからである。
ところがそんな彼らに正体不明の何者かが襲いかかった。一瞬光線のような光が見えたと思ったら、友軍機が次々と爆発し始めたのである。
「な、なにが起きてる!?」
「分からねえ! 急に仲間が爆発……ぎゃーっ!」
「ジェイ! ジェイ!」
友人の生命反応が消え、ロイは今朝言われた妻サラの一言を思い出した。嫌な予感がする、彼女は確かにそう言ったのだ。彼の額には冷や汗が滲み、下半身に嫌なむず痒さが走る。その間にも仲間たちから悲鳴のような叫び声が上がっていた。
「な、なんだっ!? コントロールが効かねえ!」
「どうなってるんだ!?」
「メーデー、メーデー、メーデー! 操縦不能! 操縦不能!」
「ぶ、ぶつかる! うぁぁぁっ!」
ロイの乗る機体も同様にコントロールを失い、まるで木の葉のようにある一点に向かって吸い寄せられていた。すぐ傍で友軍機同士が衝突し爆散する。衝突して爆発した機体が撒き散らす破片が飛んできて大破する機もあった。
大破した機体のキャノピーは一瞬で霜が降りたように凍り、鮮血が飛び散って赤いまだら模様になる。
「ちょ、超々高出力シールド!?」
「待て待て待て! と、溶けるっ! ぎゃーっ!」
運良く衝突しなかった友軍機も、最終的には正体不明のシールドに吸い込まれていく。超々高出力シールドに触れた瞬間に小さくフラッシュのような光を放ち、跡形もなく消えていくのだ。
冗談じゃない。こんなところで死んでたまるか。
ロイは正気を失った。自分がスペーススーツを着ていないことを忘れ、緊急脱出のため射出座席のレバーを引いてしまったのだ。マイナス200度を下回る海王星軌道付近の宇宙空間で、生身の人間が生きる術はない。
それでも単に真空というだけなら数分間は持つだろう。しかし一瞬で凍った肺はわずかな呼吸さえ許すことはないのだ。ロイの体は自身が吐いた血のGによってくるくると回転し、やがて宇宙空間を彷徨い始める。
同じ頃、妻のサラは産気づくのだった。
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