第1話

 廃棄コロニーの探索は銀河アースガルド帝国士官学校の卒業課題である。廃棄コロニーとは文字通り使われなくなって廃棄処分になったものや、資金不足などの理由で建造が頓挫したものなどの総称だ。


 最も一般的なスペースコロニーは直径約6.5km、長さ約35kmのシリンダー型、つまり円筒形である。これが銀河アースガルド帝国の統一規格となっていた。


 帝国の建国以来数百年はコロニー建造ラッシュが続いたため、廃棄コロニーはそれこそ無数にある。特に狙い目は建造が途中で放棄されたコロニーで、これまでも希少な資材などが発掘されたりしていた。


 お宝を見つければ卒業後の進路に大きな影響を及ぼす。とは言えそう簡単に見つかるわけはなく、大抵は探索レポートの提出で終わるのが関の山だった。


 だったのだが。


「おい、あれ……」

「うそ、なんで?」

「驚いたな、まさか……」


 時間は数日前に遡る――



◆◇◆◇



「さてと、学長の長い説教も終わったし、そろそろ出発するか」

「ねえハルト、一応聞くけどこれは何なの?」


「よくぞ聞いてくれました、プリンセスレイア!」

「だからその呼び方やめてってば!」


 俺とレイア、ユリウスの三人は学校から支給された探査用宇宙船ストロウベイリー号に乗り込んでいた。ちなみにこの甘ったるい船名はレイアが勝手に付けたもので正式なものではない。


 探査用宇宙船は銀河アースガルド帝国軍にも正式採用されている戦闘型高速宇宙船で、ちゅうぞくが現れた時などはオートで迎撃してくれるスグレモノだ。未来の士官は手厚く護られているのである。俺は士官志望ではないけど。


 ところでレイアがいぶかしんでいるのはもちろん宇宙船に対してではない。中に積み込んだとある箱に対してである。


「ソイツは未発見の廃棄コロニーを見つけるための装置さ」

「そんなのあるの?」

「俺が作った」

「はい?」


「これはなんたらかんたら……」

「ハルト、説明が長くなりそうならひとまず出発しないか? 残っているのは我々三人だけだぞ」


 ユリウスが指さした船外モニターに目をやると、確かに俺たち以外の船はすでに上空にあった。上空とは言ってもコロニーの中心空間ではあるが。


「じゃ、行きますか!」


 探索範囲として定められているのは太陽系を中心とした半径100光年である。それ以上の距離になると万が一の時の救出に時間を要するからだ。そうしてコロニーを旅立ってから三日、何度かのワープを重ねて俺たちは奇妙な空間に辿り着いていた。


「ここは一体……」

「座標はどうなっている?」


「太陽系からおよそ一千光年……らしい……」

「はぁっ!? ユリウス、ウソだろ!?」

「PLPセンサーが狂ったか……」


 PLPセンサーとはあらかじめ決められた座標を軸として、自身の位置を示すセンサーである。銀河アースガルド帝国が所有するほとんどの宇宙船に搭載されているものだ。


 そこは何かの残骸が無数に漂う、墓場のような空間だった。それだけなら過去に戦闘でもあったのだろうと考えれば不思議でもなんでもないのだが、光源があるわけでもないのにうっすらと明るかったのである。しかもセンサーなどなくても肉眼で確認できるほどなのだ。恒星の光がまともに届かないような宇宙空間では考えられないことだった。


「こっちの照明がオンになってるってわけじゃないよな?」

「なってないわね」


「それにしても……」

「デカいな……」

「大きいわね……」


 俺たちのいた士官学校のある一般的なコロニーとは比較にならないほど、眼前に浮かぶ廃棄コロニーは巨大だった。


「直径も長さも規格の二十倍はあるみたいよ」

「二十倍!?」

「でもおかしいわね」

「どうした?」


「質量計算が合わないのよ」

「というと?」

「想定より少ないの」


「あれだけ大きいんだから誤差じゃないのか?」

「そうかな……」


 気のせいか、一瞬ユリウスがレイアに鋭い視線を送ったように見えた。すると彼女はそれ以上この話題を広げようとはしなくなったのである。好奇心旺盛な彼女にしては意外に感じたが、俺も追及はしないことにした。


 俺はレイアが好きだ。しかし彼女とユリウスがただならぬ関係であることも知っている。登校時も下校時も二人は一緒。もちろん途中までは俺もいるが、別れた後のことは想像に容易い。


 休日、レイアを誘っても応じられたことは一度もなかったし、偶然ユリウスと二人でいるところを見かけたこともある。後をつけるような野暮なことはしなかったが、肩を寄せ合って歩いている姿は親密そのものだった。


 だから卒業後に宇宙冒険者になると言った俺に、条件付きながらついてきてもいいと言われたあの言葉には驚かされたよ。しかしよくよく考えてみれば、あれは社交辞令以外の何物でもなかったのだろう。


 余計なことを考えた。廃棄コロニーは誘導灯などの照明も一切消えており、全体的に赤茶けて錆びついているように見えた。実はこれも考えられないことの一つで、スペースコロニーが錆びつくなどあり得ないことなのだ。宇宙空間には酸素がないためただの鉄でも酸化しないからである。


「識別子は読み取れるか?」

「MEDGUID……メドギド……!?」

「あったな……」


 ここで冒頭に戻る。


「うそ、なんで?」

「驚いた! まさか本当にあるとは……」


「で? ハルト博士の素敵な装置はちゃんと仕事をしたのかしら?」

「きょ、今日は調子が悪いみたいだな、あははは……とにかく探索してみないか?」


「待って、その前に救難信号を送らなきゃ!」

「一千光年だとうまくいっても届くのに最低三十日はかかるぞ」


 士官学校が定めた探索範囲の100光年は、救難信号が三日で届く距離なのである。しかも効果的に配置されたワープ中継機を通す前提でのことだ。つまりこの地点からだと、最初のワープ中継機に信号が届くまで何日かかるか分からないということである。


 そもそもどうして俺たちは三日でこんなところまで飛んでしまったのだろう。考えても分からないことは考えても無駄だ。やめよう。それより最悪自力で帰還するとして一番の心配は食糧だ。元々の予定が二週間だから、学校が余分に用意してくれていればいいのだけれど、節約して持たせるしかないか。


 ところでユリウスのヤツは妙に落ち着いてるな。


「ソーラーチャージが生きていれば、この明るさならコロニーの電源も確保できるんじゃないか?」

「メドギドが最古のコロニーだったとしたら、今のソーラーチャージほどの性能はないと思うわよ」


「フル稼働は無理でも非常用の照明くらいは使えるかも知れない」

「食糧は……さすがにないか」

「期待しても仕方がないだろう。とにかく行ってみないことにはな」


 解析の結果ソーラーチャージは辛うじて生きていたが、レイアの言った通り非常用の照明を灯すだけで精一杯だった。それでも真っ暗闇の中を宇宙船の照明だけで進むよりはずっといい。コロニー内には外の空間の光が届いていないからだ。


 とにかく入港用のハッチは学校から支給されたコードで開けることが出来たので、俺たちはコロニーのドックに船を進めた。


 命の息吹のない無機質の空間は寒々としている。非常用の照明はあくまで必要最低限しか照らさない。明るさと言うにはあまりに乏しく、死後の世界に迷い込んだのかという錯覚さえ覚えるほどだった。くすんだセピア色、そんな表現が一番しっくりくる。


 忘れ去られて色褪せた世界、目の前に広がっている光景は、あるいは俺たちの今を表しているのかも知れない。そう、呑気に探索を始めたが、太陽系から一千光年の彼方で絶賛遭難中なのである。


「おい、あれ!」

「ん!?」

「赤と黄色の明滅……救難信号!?」


「まさか、誰か残っているというのか!?」

「あり得ないわ! だってさっきまで電力が供給されてなかったのよ!」


「コロニー内の温度はマイナス190度近い。もし仮死睡眠状態で肉体が保存されていたとしても、目覚めて救難信号を発する方が無理があるだろう」

「どうする、ユリウス?」

「探索を続ける。救難信号かどうかも確かめよう」


 コロニー突入前に確認したところでは生命反応はなかった。だから未知の生命体に襲われるなんてことはないと思う。そもそもマイナス190度の世界で生き延びられる生命体などいるわけがないのだ。


 ドロイドと呼ばれる人工生命体なら動ける可能性はあるかも知れない。しかし現在は試験段階で実用化はまだまだ先だと聞いている。最古のコロニーと呼ばれるメドギドではお目にかかることすらないだろう。それにドロイドなら識別信号を発しているはずだが、そんなものはまったくなかった。


「救難信号装置の誤作動、ということであれを持ち帰れば課題完了じゃないか?」

「そうね。メドギドも見つけたことだし、案外ポイント高いかも」

「いや、念入りに調査すべきだ」

「ユリウス?」


 普段冷静なユリウスの意外な言葉に、俺は妙な違和感を感じずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る