第02話 通学中の幻影
午後三時を少し回った頃、JR総武線の電車は、ひんやりとした秋の風を車内に運んでいた。窓際に座る私の頬をかすめる風は、冷たさの中にどこか湿った土の匂いを含んでいて、不意に背筋がぞくりとする。
(車内にいる彼ら彼女らは、普段通りの日常を送っているのだろう)
車内は授業を終えた学生や、早めに退社した会社員たちで雑然としているようだが誰も互いに目を合わせず、話す気配もない。皆、スマホの画面の白い光に視線を奪われている。
(いつもの光景だ。それはそれで、幸せなのかもしれない)
私は奇跡的に空いた窓際の席に腰を下ろしていた。膝の上でスマホを握りしめ、画面に釘付けになる。来週から始まるオカルト研究部の活動を思うと、胸の奥が期待と不安でざわついた。
「ねえメイ、あんたは『素人』で終わりたいの?」
ふと、昨日ナナミに言われた言葉が頭の中で響く。
ナナミは、私とオカ研に一緒に入ろうと誘ってくれた。彼女は、都市伝説を語り合うだけのサークルなら興味がないと言い切った。
「私たちが追いかけるのは、世界の構造そのものの『狂気』よ」
私はオカルトやホラーは好きだけど、それはあくまで「日常の枠内」での話。実際に心霊スポットに足を踏み入れた経験はない。
でも、この『狂気』という言葉を聞くたびに、私の中にいるもう一人の自分が熱を持つ。それは、あの柊アヤ先輩が「普通」の皮を剥がした瞬間に、私の中に植え付けられた種だ。
みんなが体験談を語り合う中で、私だけが『素人』だと思うと、胸の奥に小さな棘が刺さったようにチクチクと痛む。『素人』でいることは、あの先輩の隣に立つ資格を失うことにも等しい。怖いのに、知りたくて仕方がない――その相反する気持ちが、私の胸をぎゅうと締め付ける。
匿名の狂気、死を呼ぶ屋敷!
私はスマホで、オカルト系掲示板を開いた。画面にはいかにも胡散臭いスレッドが並び、文字と絵文字が入り乱れた情報の渦の狂気が伝わってくる。
スレ名:【東京都心】ヤバすぎる心霊スポット、
みんなで語ろうぜ!
157 :名無しのオカルト探求者:2025/09/08(月) 15:10:23
都内郊外に、入ったら絶対ヤバい屋敷があるらしい……😱
その名も**「死を呼ぶ屋敷」**💀
159 :名無しのオカルト探求者:2025/09/08(月) 15:14:37
夜に屋敷の前を通るだけでも、中に吸い込まれそうになるらしい…
近くに住んでる婆さんは、窓の奥から**「誰か……誰か……」**って囁く声が聞こえるって言ってた😨
162 :名無しのオカルト探求者:2025/09/08(月) 15:20:33
近所の人曰く、夜になると屋敷の中から**「湿った足音」**と、子供の声で「お父さん」がずっと聞こえることもあるらしい…
声が遠くから近づいたり、後ろから背中を押すように聞こえたりするらしい…鳥肌が止まらん😨
「うわ……」
思わず息を呑んだ。文字だけで背筋がぞくりと冷たくなり、心臓の鼓動が早鐘のように打ち始める。スクロールするたび、屋敷の存在が生きているように迫り、画面越しでも『そこに何かいる』感覚が皮膚にまとわりつく。
(恐怖心とは裏腹に、好奇心も湧いてくる)
掲示板の書き込みは、増殖する恐怖の連鎖のように見えた。単なる廃墟の噂話ではなく、これは何か得体の知れないものが、確実に存在している証なのかもしれない。
はっと我に返り、窓の外の景色に目を向ける。流れる日常の風景と、掲示板の中の陰惨な屋敷のイメージが、頭の中で重なり合う。冷たい風が頬に触れるたび、胸の奥で恐怖が波打った。
それでも、スマホを握りしめた私の指には力がこもる。
「せっかくオカルト研究部に入るんだ。これを話題にすれば、誰かの好奇心を刺激できるかもしれない……」
ナナミなら、きっとこの「死を呼ぶ屋敷」を『件の奴ら』の影に触れる最初の鍵だと断言するだろう。
胸の高鳴りと恐怖がせめぎ合う中で、私は次のオカ研の活動でこの話題を出すことを決めた。
この匿名の狂気が、私たちの日常を完全に侵食する第一歩になるとは、このときの私はまだ知らなかった。
次回 第03話「東響大学-カフェ」
――アヤ先輩登場メイとのディスカッションが始まる。
※ 『件の奴ら』…クトゥルフ神話関係、神話生物のことを指す隠語。
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