夢は

 この世界で言う『お風呂』というのは、五右衛門風呂のような物だった。

 厚みのある大樽おおだる型の容器に水を入れて、下から火で加熱する方式だ。



「火加減はどうだ?」

「丁度良いよぉ…。」



 少し意外だったのは、火起こし以外に魔法を使わない事だ。トングで薪を焚べたり、竹筒から息を吹き込んだりして、火の強さを調節している。



「何でも魔法を使う訳じゃないんだね…。」


「あ? ––––あぁ、そうだな。こっちの方が環境に優しいんだ。


 そこら中で、こんな事の為にいちいち魔法使ってたら 大気中のマナが無くなっちまうよ。」


「マナ?」

「……魔法の燃料みたいなモンだ。魔術も魔法と同じで、マナを消耗する。覚えとけ。」



 やっぱりバルは、見かけよりも遥かに常識的な人間だ。

 もしかしたら常識的どころか、規範的ですらあるのかもしれない。



「いつまで入ってんだ。いい加減上気のぼせちまうぞ。」

「あ、うん。」



(『…魔術も魔法と同じで……。』–––––あれ?

魔法と魔術って違うのかな。)




*Now loading…….



 バルが上がった後、僕はバルに質問した。



「バルさん、魔法と魔術って何が違うの?」

「魔法と魔術の違いだと?」


「うん。」



 バルはキッチンに立つと、何かの料理を始めたようだ。


「魔法は単純な作業だ。火を起こすとか、傷口を塞ぐだけ、とかな。」



 バルは包丁を握って、手慣れた手つきでジャガイモを切っていく。これもやはり手作業だ。


「料理に例えるなら、野菜を切るとか、鍋に水を張る辺りだな。」



 手際よく野菜を切り終えると、今度は肉を切り始めた。


「魔術とは、簡潔かつ精密に練り、一つの形として組み上げられた魔法の集合体だ。

 …料理で言うなら、レシピと言った所になるな。」


 

 僕は両の手を持て余したまま、バルの話に耳を傾けている。



「厳密には魔法は術神経、魔術は呪録典という術式制御の媒体系統の違いがあるから、全くの別物とも言えるんだが––––難しい事だから、追って話そう。」



 一瞬、バルがすごく難解な言葉を並べていたけど、スルーして良さそうで助かった。



 バルは用意した物を全て鍋に放り込むと、暖炉に入れて温め始める。



「魔法は誰でも使えるが、魔術を使える奴は私以外に12人だけだ。」


「どうして?」


「呪録典っていう特別な本を持っていなきゃ、魔術が使えないんだ。

 …んで、それを持ってるのが私含めて13人って訳よ。キリが無いから、質問はあと一つにしろ。」



「えっと……じゃあ、最後に。バルさんって、何歳なの?」

「19だ。それ、今訊くのか…?」


(僕と同い年にしか見えないんだけど…。)

 バルから、全く同じ質問が返ってくる。



「ショウゴは何歳だ。」

「14歳だよ。」


「私と同い年にしか見えないけどな…。」


(……あれ? もしかして僕の感覚がおかしいのかな?)


「ん? もしかして私の感覚がおかしいのか…?」



(バルさん待って、混乱するから僕と同じ事言わないで…。)



「今更だがその服、サイズは問題ないか?」

「ううん、全然着れるよ。ありが……。」


「……好きなだけ言えばいい。変な事を強要して悪かったな。」


「あ、いや全然…。ありがとう。」



 僕が今着ている服は、バルのお下がりだ。パーカーが少し大きいのは、恐らく––––。


「…どこ見てんだよ。」

「ごめんなさい。」



 バルは頬を赤らめながら、腕組みをして隠そうとした。


 変な沈黙が部屋に漂い、2人揃って 透明な空気と睨めっこをする。



 鍋の蓋がカタカタと揺れ始めると、バルは暖炉から鍋を取った。



「よし、じゃあ食うぞ。」

「お、美味しそうだね。」

「カスレってヤツだ。」


「カスレ…。美味しい。」

「–––––。それは良かった。」



 豆と鴨肉の食感の組み合わせと、酸味の効いた味付けが新鮮だ。

 世間ではありきたりな物かも知れないが、僕にとってはその限りでは無かった。



 そして何より––––––舌を火傷しそうなくらい熱い。



 終わったはずの僕の人生が、新しい世界で未だに息をしている。


 お風呂の湯の熱が、部屋を暖める暖炉の炎が、鍋から立ち昇る湯気が、諦めたはずの、冷たくなった炎を取り返してくれる。


「………もう泣くな。これからはずっと、私が傍にいる。」


「…うん。」

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