第30話 相互の席
肉ダンジョンの臨時野良パーティから二日後の夜。
予約していた都内某駅前の居酒屋の個室には、雨木楓真がすでに入っていた。
木目調の壁が落ち着いた雰囲気を作る中、冷えたおしぼりで手を拭き、相手の到着を待つ。
──コメットからの連絡は「相互の相談がしたい」というものだった。
雨木にしてみれば、まず浮かんだのは「なぜ自分に」だった。
世田谷肉ダンジョンでの臨時野良パーティ。
あの最悪な一日を最後に壊したのは他でもない自分だと雨木はわかっている。
なのにコメットが連絡を寄越してきた理由が分からなかった。
──三階層の光景が、脳裏をかすめる。
一、二階層はヒヨコ型の《ピヨン》やウサギ型の《ラビリス》など、逃げるだけの魔物ばかり。
だが三階層に入ると、それは変わる。
牧草地の緑はそのままに、柵や丘が増え、罠のように絡む草が足を取る。
そこで現れるのが、蛇型の《スネークリング》と鶏型の《クロックル》。
――襲ってくる魔物が現れる。
だが魔物と向き合ったのは結局、三階層でも雨木とカナタの二人だけだった。
大学生のタカオとレオニスは、
「今はまだ様子見」「まだ本気を出す時じゃない」だのと口だけは達者で、
一歩も前に踏み出すことなく勝手に後ろへ下がっていった。
コメットは包丁を握ったまま固まり、前に出ようとしない。
その光景を雨木が思い出していると、仕切りの向こうから顔がのぞいた。
木製ドアがわずかに開き、コメットが会釈して入ってくる。
雨木は軽く手で席を促し、ドリンクを注文した。
あの日から二日。
三階層での混乱がまるで夢だったかのように、二人は静かな個室で向かい合う。
酒の席に誘ったのも、この店を決めたのは雨木だ。
だが別に下心ではない。
遠回しなアプリでのやり取りを続けるのが面倒だったこと。
そして、カナタからも似たようなメッセージが届いていたためだ。
個室を指定したのは、冒険者の話を他人に聞かせないために。
軽く口外するには、あまりに現実味のない話題が多すぎる。
ほどなくしてグラスが運ばれる。
雨木は軽くそれを持ち上げ、視線でコメットに合図した。
「改めて──先日はお疲れさまでした」
「お疲れさまでした。今日は時間とってもろて、ごめんね。
それと、ウチが主催やのに、うまくまとめられへんで、ほんまに、すいませんでした」
言いながら、コメットは深々と頭を下げた。
その素直な反応に、雨木は少し意外を覚える。
関西出身らしい語り口からして、もっと皮肉混じりの言葉を覚悟していた。
だが先に頭を下げられたことで、胸の奥のしこりがすっとほどけた。
「いえ、こちらこそ。少し短気だったかもしれません。
忘れろとは言いませんが……一旦横に置いて話してもらえると助かります」
思ってもいないが、一応の謝罪を口にする。
それを聞いたコメットが、ふっと口角を上げた。
「ほんまやで? ウチ、めっちゃ怖かったんやから」
その笑顔は、あのダンジョンで見た怯えの顔とは違っていた。
張り詰めた糸が緩むように、表情がほどけている。
それからしばらく、取りとめのない会話が続いた。
食事の話、次に潜る予定、冒険者登録の愚痴。
どれも当たり障りがなく、むしろ心地よい間だった。
(さて……どこから切り込むか)
料理の追加を店員に伝えながら、雨木はコメットの顔を観察する。
その横顔の奥で、何かを言いかけては飲み込む気配がある。
──相互。
冒険者専用アプリでの“突入メンバー募集”における、暗黙のルール。
今回の主催はコメット、参加者は雨木・カナタ・大学生二人。
その四人が次に肉ダンジョンの予約を取る際は、コメットを誘う。
それが「相互」。
互いに入場権を融通し合う、持ちつ持たれつの約束だ。
だが裏切りはすぐに噂になる。
破る者は、冒険者としての信用を失う。
女好きで、多少女性に甘い自覚のある雨木に対し、カナタはあの日、コメットに対して強く苛立っていた。
それは三階層での出来事だ。
大学生二人とコメットが足を引っ張る中、雨木とカナタの奮闘で、なんとか狩りが成立していた。
それが逆にいけなかった。
他三人は「このままでいい」と錯覚したのだ。
肩を並べて歩く二人の間に、静かな怒気が流れていた。
そんな時、後方のタカオが鶏型の
「えっ!? ちょ、おい来んなよ!」
慌てて下がるが、武器を抜かない。完全に逃げ腰だった。
コメットが青ざめて振り返り、声を上げた。
「ちょ、はよ助けたって! あの子やばいえ!」
雨木とカナタは目を合わせ、同時に肩をすくめる。
「偉そうなこと言ってたし、自分でどうにかするでしょ」
「冒険者は自己責任だしな。別にあんなの単体なら大したことねぇよ」
「いやいや! ほんまに死ぬで!? あんたら、なんで動かへんの!?」
カナタが吐き捨てるように言った。
「だったら自分で助けりゃいいだろ! 人にやらせんなよ!」
その一言に、コメットの瞳が揺れる。
そして震える声で言った。
「う、うちがやるわ! やらな、しゃあないやんか!」
半泣きで包丁を構え、走り出す。
その背中を見て、雨木は息を吐いた。
(……やれやれ、余計なことを)
バールを握り直し、肩越しに言って走る。
「あー、カナタ。悪い! コメットさん女性だしな、さすがにほっとけない」
「……ああ、分かったよ」
カナタが鼻で笑い、剣を抜いて横へ回り込む。
コメットは包丁を突き出して威嚇するが、クロックルは怯まない。
嘴がかすめ、腰の引けたコメットは、もう一歩で押し潰される。
そこへ雨木が踏み込み、バールの横撃を叩き込んだ。
カナタが即座に追撃を入れ、クロックルは光の粒となって消えた。
「はぁ、助かったぁ……!」
コメットが肩で息をしながら下がる。
その直後、タカオが叫んだ。
「もっと安全に進めよ! 死ぬとこだっただろ!」
雨木の周囲の空気が、一瞬だけ重たく沈んだ。
「は? 自分で戦えばいいだけだろ? みっともなく逃げてんじゃねぇよ」
静かな怒気に押され、タカオが思わず一歩、後ずさる。
「なっ……やろうと思えばやれるし! でも今突っ込んだら、お前らのほうが足引っ張るだろ!」
その言葉に、空気が凍る。
カナタが一歩前へ出て、低く唸った。
「おい、ふざけんなよ、ガキがっ! 全部俺たちにやらせといて舐めた事言ってんなっ!」
「まぁまぁ! 落ち着きぃな! ほら、皆で協力せんと進まれへんやろ?」
コメットが必死に笑って場をつなごうとする。
雨木は息を吐いた。
横目で見るカナタのこめかみには青筋が浮かび、噛みしめた歯の軋みが聞こえそうだった。
拳が震えていた。
誰も次の言葉を口に出来ず、場の空気だけが張り詰めていた。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。
2025/11/20
カクヨムの運営さんからAIを使用した作品のタグ付け推奨のお知らせが来ていたので、念のため文末の文言の変更も行いました。
現在私は自分が書いた文をAIに読ませ、修正箇所などを相談しながら調整していくやり方をしています。
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