第21話 ニュースの向こう側で


 翌朝。

リモコンを手に取った雨木がテレビをつけると、ニュースキャスターが涼しい声で読み上げた。


『……これで四十階層の大ボス攻略国は、アメリカ、中国、ロシアに続き、ついに欧州からも誕生しました』


 映し出されたのは祝賀ムードの会見映像。

国旗を掲げた冒険者チームが、記者に囲まれながらフラッシュを浴びている。

マイクが林立し、歓声と拍手が入り混じっていた。


「……あらら、また遅れたのか」


 画面を見つめながら、雨木は小さく呟いた。

日本は“ダンジョン後進国”だ。

最高到達階層の更新で遅れを取っているのは知っていたが、これで完全に四大勢力が四十階層を突破したことになる。

この差は、簡単には埋まらないだろう。


 会見が続く映像に興味を失い、リモコンのボタンを押してチャンネルを変えた。

いくつかチャンネルを飛ばし、国内ニュースに切り替える。

画面のテロップには日本冒険者の象徴――“深淵十二紋”の特集の文字が躍る。


『続いては六星勇団のリーダー、谷村善彦さんのインタビューです』


スーツ姿の男が笑顔を浮かべ、背後の壁にはスポンサーのロゴがびっしりと並んでいる。


「……勇者ヨシヒコ、ね。強いらしいけど、いっつも話題先行だよな」


 雨木の記憶では、六星勇団は国内冒険者の序列で三番手に位置する。

少し前まではトップ冒険者たちは“残照八座”と呼ばれていた。

二十階層踏破の七チームに、単独で十九まで到達したという男、橘維心を加えての八座。

沈みゆく夕日を照らす八つの座――実績が名を支えていた。


 それが今では、スポンサーや話題性込みで四つのグループを足し、十二に増えた。

見映えは良いが、重みは薄れたと雨木は思っている。

十二の紋章を掲げる十二のグループ――それが“深淵十二紋”と呼ばれる存在だ。

深淵という言葉が飾られた理由など、誰も知らない。

ただ響きが格好いいから付けられた――その程度のものだ。


(……一番手は“フロストフレア”。氷帝・御堂真白の率いるグループだな。

氷魔法を得意とすることで知られる女傑。クール系の美人だけど、噂ではそれ以上に冷血だとか)


(二番手は“風雷双刃”デュアルレイ。颯と亨って兄弟が率いるチーム。

どっちも派手な髪型とタトゥーで有名。あまりチームの評判は良くないが、強いってとこだけは確かだろう)


(で、三番手がこの六星勇団りくせいゆうだん。この谷村善彦――こと勇者ヨシヒコの率いる男女混成六人パーティ。

ここも強いとは聞くけど、前二つを差し置いてテレビ出まくりだからなぁ。どうにも軽い、軽く見える)


 ヨシヒコのインタビューが終わると、画面には他の“深淵十二紋”の名がいくつか流れる。

二年以上に渡ってブラックな社畜生活をしていた雨木は、顔出しをしている冒険者についてあまり明るくない。


(後は詳しくは知らん。けど、八番手だけは知ってる。橘維心。単独で十九階層まで到達した唯一の冒険者)


 雨木は短く息を吐いた。

海外では四十階層攻略を競っている。

なのに日本のニュースでは、深淵十二紋を英雄譚として飾り立てるばかりだ。

その温度差が、妙に胸に響いた。


 日本の最深攻略記録は二十八階層。

それを刻んだのは、雨木がこれから挑もうとしている世田谷の肉ダンジョンだった。


「ニュースはそういうのを報道しろよ。まあ報道規制してるんだろうけどさ。ダンジョン省め……」


 呟いて苦笑する。

世田谷の肉ダンジョンは、日本で初めて二十階層を突破された場所でもある。

今では“深淵十二紋”の各グループが、自分たちの方が上だと証明するために、同じダンジョンで記録を競い合っている。

その結果、十二紋入りを狙う者や、彼らを超えたい冒険者までもがここに集まり、人気が殺到して枠が埋まる。


「つまり俺は、国内最前線の予約争奪戦に挑んでるってわけだ。全くもって、笑えねぇ……」


 雨木はリモコンを置き、枕元の《イージス端末》を手に取った。

起動画面の盾が立ち上がり、ホームに並ぶアイコンの中から《イージスボード》を開く。


 冒険者専用の募集掲示板。

その中で、新人冒険者の自分でも入れそうなパーティがないかと、世田谷・肉ダンジョンで検索をかける。

だが、一覧に出てきた募集はどれも古いものばかりだった。

しかも、人気ダンジョンのわりに件数も驚くほど少ない。


「……手詰まりだな。動けねぇか」


更新が止まったままの掲示板を見つめながら、雨木は呟いた。


「くっそ、他に行くしかないか。稼げるって噂の肉ダンジョン、先に見ておきたかったんだが……おっ?」


 その時、手の中のイージス端末が短く瞬き、画面が更新された。


――世田谷・肉ダンジョン 四日後

――募集人数:5名(当方含む)

――当方、肉ダンジョン初予約。なので同じく新人冒険者でも、この肉ダンジョンを初めての人でも歓迎します。勿論経験者は大歓迎。※相互


「初心者歓迎、マジか。……でも相互、か」


 相互――冒険者同士の暗黙の契約。

呼んだからには次は呼べ、互いに順番で席を融通し合う。

人気ダンジョンでは、これが半ば常識になっていた。


「……まあ、主催者を一度、呼べばいいだけだしな。その“呼ぶ”ための予約が取れなくて困ってるんだけど」


 実務的な書き方で、感情の起伏は読み取れない。

だが新人歓迎の文字は異例だ。逃せば次はいつになるか分からない。


 親指を参加申請ボタンにかけた瞬間、画面に注意が浮かぶ。

――参加には《冒険者ネーム》の登録が必要です。登録は一度限りで変更できません。すべての記録・履歴はこの名前で残ります。


「……マジか」


 まず雨木の頭に浮かんだのは、本名では登録したくないという考えだった。

現在は無職、とはいえ一社会人としては当然の思考だろう。

だがそれは今後の、雨木の冒険者人生の“顔”になる。

しかも一度決めれば、変更は出来ないとある。

軽い名前は好みではなく、平凡すぎれば埋もれる。


しばらく悩み、端末のキーボードに指を走らせる。


『FU-MA』


浮かんだ文字を見て、雨木は苦笑した。楓真ふうま――名前を、そのままだ。


「これじゃあ……な。直接すぎる」


一度消し、打ち直す。

変換を幾度か繰り返し、指を止めた。


「ん、んん~。まぁ呼ばれ慣れない名前だと反応できねぇし、苗字をモジるくらいでいいか」


『アマギ』


入力を終え、画面に浮かんだ文字を見つめる。

本名の読みは“アマキ”だ。だが、あえて“ギ”に変えた。


「別に、冒険者の友達や、恋人が欲しい訳じゃないしな」


 今後は一切をカタカナの『アマギ』で通し、下の名は名乗らない。

どうせ一年か、金が溜まったなら辞める予定だ。


天城か、天木か、あるいは別の『アマギ』。

そんなふうに勘違いしてもらえれば、好都合。


「ふふ、冒険者としての“顔”は、この一語でいこうか」


 小さく呟き、エンターを押す。

参加申請完了の表示が出て、胸の奥で鼓動が一つ跳ねた。


 一歩は踏み出した。

だが、頭の奥にはテレビで見た海外勢の映像がまだ残っている。

このまま肉ダンジョンに挑むには、経験があまりにも足りていない。


「……もう一度、ゴブリンでも行っとくか。近いし、日銭にはなる。ゴブリンでも、経験には変わりない」


 端末を伏せ、雨木は短く息を吐いた。





※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助利用しています。

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