第33話 憩が好きだよ
梅雨のような雨が朝から降っていた。
少なくとも、もうファイヴスが教室で僕に声をかけてくることもなくなるだろう。
自分の決断に後悔はない。これでようやく元通りの日常に戻る。
星は眺めるものであって並ぶものではない。
だが、そう思っていた僕が甘かった。
「納得いかないし、心当たりがないんだけど。誤解って一体なによ?」
登校すると
「正直、ビックリなんだが」
僕はてっきり嫌われて、ガン無視されると思っていたから完全に油断していた。
「そっちが意味不明なこと言い出すからでしょう! いいから教えて」
「僕から語ることは何もない」
「
「こればかりは君が思い出さなきゃ意味がないことだから」
僕は容赦なく突っぱねた。
「私が思い出さないと意味がないって……」
玻璃は言葉の意味をしっかり咀嚼するように繰り返す。
「とにかく僕から言うことはない」
「せめてヒント!」
「もうあげすぎたくらいだ」
「どこが?」
「──答えはいつも目の前にある」
僕の言葉に玻璃は一切ピンと来ていない。
それからは休み時間のたびに質問攻めにされ、僕は必死で逃げ回る。途中からは授業が終わったら身を隠すようにトイレへ行ったりした。それさえも見破られ、トイレから出てくると廊下で待ち構えられてた。
「出待ちは禁止だぞ。しかもトイレって」
「そんなルール聞いてない」
「恥ずかしくないのかよ?」
「恥ずかしいに決まっているでしょう!」
玻璃が扉の前で苛立った様子で仁王立ちしているので、ここの男子トイレには他の男子が誰も入ってこれなくなっていた。
「君のしつこさを忘れていたよ」
「基月の前でそんな発揮したことあったっけ」
マズイ。話していると、そのうちボロが出てしまう。
それではまるで僕が思い出してほしいみたいじゃないか。
しつこく追いかけ回される状況が続いて、困り果てた僕は側で様子を見ていた他の三人に、なんとかしてくれ、とついお願いしかけて思いとどまる。
彼女たちから離れることを自ら選んだ分際で、いきなり都合が悪くなって助けを求めるのは虫が良すぎる。
その日の授業が終わると、僕は逃げ出すように二年D組の教室を後にした。
もちろん玻璃もすぐに追いかけてきたが、僕は昇降口に降りるふりをして階段を上って玻璃をやり過ごした。身を潜めて、彼女の軽い足音が遠ざかるのを聞き届けて十分に待ってから動き出す。あらかじめ外履きは確保しておいたから、別の場所から下校しよう。
「やっほー、今日は一日美女に追い回されて大変だったじゃん。モテ男」
ひなわがいきなり顔をひょっこり出してきた。少年のようにニカっと歯を見せて笑う。
「僕は君らを拒否したんだぞ。君まで話しかけてくるのか?」
「それは四人セットでの話でしょう。アタシひとりなら関係ないしー」
五つ星ギャルは眩しいほどの笑みで言い放つ。
「それは、ただの言葉遊びだ」
「
別に不快には感じていないよ、とひなわは横に並んでくる。
いつも通り、距離感が近い。その変わらなさが僕を困らせる。
「僕がここにいるって
「逆。今日のアタシは憩の味方」
「本当か?」
「マジ! ほら、玻璃は憩を追いかけて、もう校門から出ていったよ」
ひなわはスマホを掲げで玻璃からのメッセージを証拠とばかりに見せてきた。
「親友を裏切っていいのか?」
「親友だからっていつも百パーセント相手の望みに応えられるわけないでしょう? 約束しても破る時は破っちゃう! それが人間だもの!」
借り物の言葉で哲学を語るような調子が、不思議と僕の心のこわばりを楽にしてくれる。
「そう、だな」
「むしろミスった時に許し合えるのが本物の仲良しじゃない?」
「君たち四人は、そうなのか?」
「アタシはそう信じてる!」
あぁ、僕なりにファイヴスが輝いて見える理由がわかった。
単に目で見てわかる可愛いとか仲良しとか表面的な話ではなく、少なくとも彼女ら四人の間には絶対的な信頼関係があるのが伝わってくるからだ。
玻璃は、四人の関係性を誰よりも大切にしている。
ひなわは、白熱しても仲直りできる自信がある。
四者四様の形でお互いを大切に想い合っている。
五つ星ギャルは最高の友情で結ばれていた。
玻璃ひとりだけではない。今は四人全員が僕には特別に光ってみえた。
「だからもし同じ人を好きになっても、アタシは我慢して相手に譲るとかは絶対嫌だよ」
「究極の勝負じゃないか」
青春時代の狭い人間関係では友達同士で同じ人を好きになるのはよくある話だ。
たとえ五つ星ギャルである彼女らとて例外ではないらしい。
「自分も、親友も、好きな人も、ぜーんぶ大切だから正々堂々ハッキリさせたい」
「君は恐くないのか?」
「恐いけど、人は変われるし変わっちゃうものでしょう」
彼女はギャルのノリや遊び半分で、勝負事をしたがるわけではない。
相手だけではなく、きちんと自分を含めた上で誰も蔑ろにしない。そのスタンスが揺るがないからこそ、自分が納得できるまで勝負を何度でも繰り返すことを恐れない。
「僕はひなわを尊敬するよ」
「ありがとう。アタシの話をいつだって真面目に聞いてくれる憩が好きだよ」
さらりと言ってくれるものだ。
正直、嬉しくないと言えば嘘になる。
「だから手助けてしてくれるのか?」
「この前は、なーんか憩らしくないなって思って心配なんだ。本気でアタシらと一緒が嫌なら無理に引き留めないけど、せめて玻璃とだけはちゃんと向き合ってあげて。あんな言い方をされたら、気にするに決まっているでしょう」
なるほど。
結局は玻璃のために僕を見つけてくれたわけだ。
「さ、というわけで作戦会議も兼ねてデートしよう。今度こそふたりきりで! 三人には内緒だよ!」
ひなわは僕の腕に絡みついて、ピッタリと密着してくる。
「火渡さん⁉」
「OKしてくれなきゃ、ずっと腕を組み続けるよ。どうする? んん?」
ひなわの明るい強引さがこういう時にはありがたい。
流されるままに甘えたい気持ちになる。
「どんな脅迫だよ。ほとんどご褒美だぞ」
「そう思ってもらえるなら嬉しいな」
顔のすぐ近くで彼女は照れ笑いを浮かべる。
「……、このまま腕を組んだままでも別にいいかもな」
「マジで⁉」
ひなわは急に慌てふためく。
「冗談だ。わかった、一緒に行こう」
「もう、ビックリさせるなし!」
「別に男に慣れていないんだから無理しなくてもいいんだぞ」
「えーけど、ガチな恋人感には憧れるし」
ひなわは強がって平気なフリをしてみせるが、触れた腕を通じて緊張が伝わってくる。
ファイヴスを知る生徒は、僕らの腕組み姿を見るなりギョッとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます