第32話 僕の出した結論
彼女は向きを変えて、真剣な目でこちらを見つめてくる。
僕もその固い視線を黙って受け止める。
やがて
「
玻璃のツボに入ったらしく、彼女は人目を気にせず大笑いする。
彼女の認識では相変わらずこいちゃんは女の子なのだ。
「あぁ、でも
どうやら彼女は怒っていないようだ。
それだけが幸いだった。
腹を立てた人間の横で見る映画ほど落ち着かないものはない。
「さぁ楽しい映画の時間よ。満喫しましょう」
彼女を先頭に薄暗い劇場内へ進んでいく。
「僕は疲れているから寝ないように祈っててくれ」
「その時は鼻に突っこむから」
玻璃はポップコーンを摘まみながら、僕の鼻めがけて投げるシャドー練習をしていた。
「せめて口に頼む」
「どうしよっかな。隣でいびきでもかいたなら処刑ものだし」
「……ちゃんと僕らは隣り合った席なんだな」
「そこはほら、一応はデートという想定だし」
今はただ自分の役目を果たしながら映画を楽しむことにしよう。
玻璃が選んだ作品は恋愛映画だった。
男女が偶然出会い、恋と友情の間で揺れて、最終的に両想いでありながら別れを選び、それぞれの道に進んでいくというストーリー。
面白かったけど、せめてフィクションくらい愛し合うふたりが結ばれてハッピーエンドを迎えてほしかった。過去の映画鑑賞経験からなんとなくエンディングを予想できてしまい、途中から作品内に没頭しきれなかったのだ。最後までその調子で、そんな野暮な感想が浮かんでしまったのだった。
本編が終わり、エンドロールが流れていく。
ふと隣を見ると玻璃は泣いていた。
声を押し殺しているが大号泣だった。白い頬に光るものが輝く。
僕はハンカチを差し出す。
「綺麗なやつだから遠慮せず使って」
「あり、がとう」
鼻声になりながら玻璃は受け取り、頬を濡らす涙を拭いた。
僕は映画館の暗闇の中に浮かぶ彼女の白い顔を盗み見ながら、ひとつの決意を固めた。
☆☆☆☆☆
映画館を後にして外へ出ると、すっかり日が暮れていた。
風がやや肌寒く感じるようになったので、当然のように夕飯をみんなで食べに行こうという流れになっていた。
みんなは、何を食べようかぁと楽しそうに話しながら歩き出そうとする。
これがいつも通り、僕を抜きにした彼女ら四人の光景なのだ。
「先に今日の結果発表をしてもいいか」
僕は自ら切り出した。
「お、
ひなわがマイクを差し向けるような動作で僕に手を向ける。
「では、憩! 今日一番デートが楽しかった相手は誰?
賑やかな仕切りで、四人の視線が集まる。その面持ちにはわずかな緊張感が漂う。
「デートという意味で一番良かったのは、千木良さん」
前置き抜きに、結論を告げた。
「え、本当に! やった!」
玻璃や
「ちなみにさ、決め手を聞いてもいい?」
ひなわは意外だった様子で、さらに遠慮なく踏みこむ。
「まず、どのデートも四人らしさが出ていて、それぞれに違う楽しさがあった」
「おぉ、審査員っぽいちゃんとしたコメント」
ひなわの反応をスルーして続ける。
「今日は一日ずっと退屈しなかった。本当に、楽しかった。その上でシンプルに誰でも楽しめる一番デートらしいデートだったから
審査は嘘も私情も抜きにして公平にしたつもりだ。
「はい、じゃあ全員の健闘を讃えて拍手。憩もお疲れ様」
ひなわの音頭で誰もが拍手をした。
ノーサイドゲーム。誰が勝っても負けても恨みっこなし。
「じゃあ第三回はどうしようっか?」
拍手を終えると、ひなわは当然のように次回の提案をしてくる。
「待て、これで終わりだろう?」
「えーリベンジしないと! 総合得点で一番だった人がグランドチャンピオンってことで、憩も引き続き審査員をよろしく☆」
実に軽いノリで続投を打診される。
「そんなルールは聞いていないし、僕は引き受けるつもりもない。こうして休日に会うのもこれっきり。学校でも君らとは話さない。ただのクラスメイトに戻る」
「「「「え?」」」」
ファイヴスは一斉に声を揃えた。
「もう無意味な茶番に付き合う必要もない。自分の彼氏が一番、それでいいだろう」
そもそも誰の彼氏が一番なのか決めるための勝負だが、参加者のうち三人に彼氏がいるのは噓だと打ち明けてきた。
ならば、この勝負の前提が崩れ、僕が審査員をする義理もない。
ひなわ、美悠、白金にそれぞれ視線をやると僕の真意は伝わったようだ。
「いいじゃん。今さら関係ないし、友達だから遊ぼうよ」
ひなわはいつもノリで有耶無耶にして、強引に乗り切ろうとする。
「そうだよ! 基月くん、そんな悲しいこと言わないで」
美悠は僕の反応が予想外だったらしく右往左往する。
「基月氏は、それでいいのか?」
白金は離脱勧告をした手前、強く出てこない。
「正直前々から言おうとは思っていたんだ。君らのような人気者と一緒にいると、他の人から話しかけられることも増えて大変なんだ。それに女子グループの中に男がひとりだと肩身が狭いし、何かと勘繰られることも多くて面倒だ。楽しい休日の最後に水を差すようで悪いが、受け入れてほしい」
僕は誠実に事情を説明する。
ただし、玻璃は真っ先に否定してきた。
「今さらそんな水臭いこと言うのが気に入らないんだけど!」
「君が一番デートに乗り気じゃなかっただろう?」
「そんなことはッ⁉」
「けど、全員分の映画のチケットをわざわざ用意していた」
「あれは……、ッ、いいじゃない! 親友全員と楽しみたかったの!」
「もちろん、その気持ちはよく知っているよ。水天宮さんはとても友達想いの人で、僕が野暮なことを言っているだけなんだろう」
「だったら撤回して」
玻璃の顔は真剣だった。
「安心しろ。君と違って僕はひとりでも平気だ、強いって他ならぬ君が認めてくれたじゃないか。最初から考え方が違うのに、無理をしても──」
「基月ッ!」
「ほら、そうやってすぐ怒るのは悪い癖だって、注意したはずだぞ」
「煽っているつもりなら本気で怒るわよ」
玻璃は誘いに乗ってこない。
「わかるだろう、どう見ても僕はこのグループには相応しくない。僕がいる必要も理由もない。ただそれだけさ」
昔と違って、今の水天宮玻璃にはもう基月憩の助けなんていらない。
五つ星ギャルたちは四人だけで完結している。
ファイヴスに男は不要だ。
「カースト無関心な男が、今さら私たちに遠慮しているんじゃないわよ! 他人の意見なんてどうでもいいでしょう!」
玻璃は納得できない様子で、こっちに詰め寄ってくる。
「そうやって君の一方的な物言いのサンドバッグにされるのに疲れたんだ」
僕は限界だとばかりに首を振る。
「はぁ? 私のせいだって言うの?」
「僕も、君に誤解されたままは辛いんだよ」
最後に言うつもりもない本音がこぼれる。
「誤解って、なんのこと……?」
もちろん、玻璃はわからない。
「わからないのが今の君にとっての正解なんだ。僕もそれで構わない」
突き放すような冷めた声が出ていた。
玻璃はショックを受けたように表情を凍りつかせた。
僕の大根芝居もそれなりに説得力はあるらしい。
「さようなら」
僕は四人に背を向けて、先にひとりで帰る。
これまでは、離れていたから他人のフリができた。
僕がこいちゃんだと気づかない玻璃の近くにいると苦しくなる。
そんな自分を自覚してしまった。
結局のところ僕の方が嘘をつくのに限界がきて、五つ星から逃げ出したのだ。
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