第10話 ルオネル湖

 湿気た空気が肌に触れる。

 街に向かう風が私達を揺らしていた。


「でか〜い」

「これがルオネル湖…デカすぎ」


 ここは街の南に位置する巨大な湖、ルオネル湖。

 リュメルナの住民曰く、ルオネル湖の水が蒸発して街の地表にある冷石れいせきと言う鉱石で冷まされることであの霧が発生しているらしい。この辺りは霧が薄くて見やすい。


 湖の縁まで行くと、そこら中に黄色く光る物が見えた。よく凝らして見ると、魚の鱗が内側から光を放っている様だ。多分あれがルミナトラウトだろう。


「ん〜、確かに光が強そう?普段を知らないから見分け付かないね〜」

「いつもはルミナトラウトの周りがほんのり光るくらい…って言ってたけど、これはかなり明るいね」

「え〜?いつ言ってた〜?」

「会計の時に聞いた」


 私もお金無いのにそそくさと店の外に出たやつが居たからな。こっそり情報収集は基本だぞ。

 ともかく、湖には言っていた異変があった。となればこの他にも異変があるかもしれない。


 時間を確認して探索に出る事にした。霧で見づらいが、太陽は日没の2時間程前にある。この大きさを考えると…日没までに隈なく探すのは無理があるか。


「手分けする〜?」

「いや、この霧と行方不明事件があった事を考えると、あまり姿が見えなくなるのは良く無いと思う。一緒に行動して、違和感があったら共有するのが良い」

「…寂しいって言えば良いのに〜」

「鬱陶しい」

「え〜、酷いよ〜」


 抱きつこうとするユウナを抑えて外周を歩き始める。

 街に比べれば薄いとは言え、普段より視界は狭くなっている。音も霧に吸われてあまり聞こえない。


「…【鎖撃】」


 突然襲われる事を警戒して鎖を生成する。辺りにばら撒きながら、湖の奥へと足を進めた。


 それからしばらく、特に異変は無く霧の中を進んでいた。現在は湖の最奥。最初の地点から丁度反対辺りだと推測する。

 道中、ルミナトラウトが異常に発光しているため視界は確保されている。そのため地面ははっきり見えている…見逃すとは思えない。


「何も無いのかな〜?」

「いや…ルミナトラウトは魔力を吸収して発光する魚、突然魔力が増えるなんてあり得ない…はずなんだけど」


 だが事実として何も異変は無い。私の気にしすぎ?そんな馬鹿な。私の鎖が誤作動なんて、それこそあり得ない。


 それに、ここに着いてから鎖の音がギリギリと不快な音を立て始めている。

 何かある事は間違い——


「………」


 見られ、ている?


 察知だけに集中してようやく気づいた。

 どこだ?霧が濃くて場所の特定が難しいな。


「——後ろか」


 ほんの一瞬殺気を感じた私は咄嗟に振り返って鎖を放つ。目の前まで来ていた斬撃をギリギリで防いだ。


 押し返す様にもう一度鎖を放てば、斬撃の主は地面を蹴って距離を取った。


「…カデナちゃん、よく防げたね」

「ギリギリだったけどね。それよりコレは——」


 こちらを警戒するソレに視線を向ける。


「ゔぅ"ぅ"ぅっ!ぐゔぁ"ぁ"っ!!」


 魚と言えば想像するところは皆同じだろう。

 尻尾があり、鰭があり、鱗があり、頭があり…

 だが、それに手足まで付いた魚を私は見た事が無い。ついでに身体は切り傷でボロボロに崩れかけており、手足の太さや筋肉の量まで全てがバラバラだ。大きさも人間数人分と言ったところか。


 更に、尋常じゃない量の魔力を垂れ流している。これだけ分かりやすくて気づかなかったのは、この霧に遮られていたからか?


「ぁぁ"ぁ"ぁぁ"!!!」


 そんな見ただけで正気を削るようなソレは、こちらを敵と認識し、唸り声を上げながらこちらを見ていた。鎖がキリキリと、異音を発する。


「敵、だよね〜見た目的に」

「じゃなかったらデザインミスだよ。それにもう攻撃されてるし」


 ユウナも腰の銃を手に取り、構える。

 軽口を言いながらも既に警戒体制に入っている様だ。

 手足の生えた魚…人魚とか魚人とかは聞いた事あるけど、あれは違うと思う。まあとりあえず魚人と呼ぶか。


 魚人は鋭い牙の生えた口をパクパクさせている。足は屈折し手は地面につけており、まるで獣の突進の様な——


「っ!ユウナ避けて!」


 その声と共にユウナが横に跳ぶ。

 続いて私も横に跳んだ瞬間、さっきまで居たそこに魚人の牙が突き刺さっていた。…と言うか、魚人が飛んで来ていた。


「はっや〜!全然見えなかったよ〜」

「また来るよ!」


 息を呑んだのも束の間、再び構えた魚人が私たちに飛び込んで来た。反撃に鎖を飛ばす。


「【鎖撃】!」

「ぐぎゃ"ぁぁ"ぁぁ"!!!」


 放った鎖は魚人の目下に直撃した。

 刺さった鎖から赤い血が流れて…溶けた。魚人は苦しんでいるのか、ジタバタとその場で動き回っている。


「効いてるね〜、じゃあコレも〜」


 ユウナが構えた銃から、弾丸が発射される。

 弾は魚人の頭から身体の中に侵入し、中央辺りで止まった。


「【腐食】」


 ユウナが指を鳴らすと、魚人の動きは更に激しさを増す。腐食…内側からジワジワと侵食しているのか?


「とりあえずチャンス。【影縫】」


 影から現れた鎖が、魚人を拘束に向かう。

 手足に巻き付いた鎖が魚人を締め上げ拘束した。


「…あれ」


 だが、確かに拘束したはずの魚人から罪の記憶が流れて来ない。魔物は対象外?いやそんなはずは…。


「【火罰の環鎖】……反応ナシ」


 技を発動したが、その鎖が熱を持つ事も無かった。


「【鎖撃•連】」


 一度に大量の鎖を生成し魚人を貫く。何本も刺すと、次第に動きを止めて行った。

 そして、身体がボロボロと崩壊を始めた。魔物には死ぬと身体一部が魔力に還る。今回もソレだろう。


「…ん、暗くなった?…ってあぁ、そう言う事か」


 多分ルミナトラウトの異変はこの魚人が現れてから起こった物だろう。理由は、魚人が大量の魔力を垂れ流してた事。

 ルミナトラウトは魔力を吸収して光る。そこに魔力の塊の様な奴が現れた事で、その魔力を吸収し続けて結果光が濃くなったのだろう。


 崩壊した場所を見ながら考えていると、視界の端に何かが映った。


「…?これは?」

「何それ〜?」


 いつの間にか後ろに来ていたユウナが声をかけてきた。銃も腰に戻している。


 それより、これだ。


「…氷結晶の髪飾り〜?こっちは服の切れ端、これは靴だね〜」

「なんで魚人がこんな物を……ねぇユウナ、行方不明になった人、知ってる?」

「なるほど〜。これが行方不明になった人の物な可能性はあるね〜。この魚に襲われてたのかな〜?」


 …そうかもしれない。

 一度、街に戻って情報を集めたい。行方不明者の事もこの魚の事も。

 そう考えながら、街を目指して暗くなった帰り道を歩き始めた。

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