第9話 煙霧の街リュメルナ

 空を覆う薄灰色の霧が街をうっすらボヤけさせている。遠くからでも水中に居る様に見える。

 あれが煙霧むえんの街リュメルナか。


 ——ジャラ


「ほんとに霧だらけだ〜。ん〜、幻覚〜?」

「かと思ったけど、あそこから地面の色が変わってる。多分濡れてるんじゃない?」

「お〜、じゃああの霧は本物ってことだね〜!」


 ユウナが無邪気に手を叩く。

 しかしあの霧全てが本物だとすると、なぜ霧はこの街を覆っているのか…気になるな。


 そろそろ到着しますという御者の声を聞いて、私とユウナは降りる準備をする。

 馬車が霧の中に突っ込み、ボヤけた視界の奥に街の入り口が見えた。道路に光が灯っていて、進む道が分かりやすくされている。


「すご〜い!風がひんやりしてて涼しいね〜!」

「そうだね。この辺りは気温も下がってるみたい」


 門で衛兵に盗賊を引き渡す。…皆マントを羽織ってる?少し気になったが、降りてから聞こうとスルーした。

 門から入ってすぐ横に曲がると、そこに馬車の乗り場があった。そして馬車がスピードを無くす。

 どうやら到着した様だ。


「ついた〜!」


 ユウナがワクワクした顔で外を見て、我先にと飛び出す。


「——ってうわっ!」


 転んだ。地面がタイルな上に霧で湿っているから滑りやすくなっていたらしい。良く見れば近くの壁にも水滴が付着している。

 学びを得た私は慎重に降りる。ユウナが背中を摩りながら不満そうにこっちを見ているが、私の知った事ではない。


「…?音が遠い…あぁ、霧のせいか」


 足音に違和感を感じたが、恐らく霧のせいだろう。反響する音が霧に吸い込まれているのか。


「2人とも大丈夫かい?リュメルナは良いところだって聞くから、楽しんでおいでね」

「ありがとう、お婆さんとお爺さんも気をつけて行ってね」

「またね〜。アルス=マギアに着いたら会いに行くから〜!」


 降りてすぐ、馬車は次の街へと出発した。街で一泊して行かないのか?と思ったが、霧で迷いやすいから早めに出発したいらしい。


 慎重に走り出す馬車を見届けて、私達は街に踏み込んだ。


 街の様相は、一言で言えば異様。

 街行く人皆がマントを羽織り、フードを頭まで被っている。

 ただインパクトこそあるものの、走り回って転んでいる子供や雑談するおばさま達の様にあまり他の街と違いは無さそうだった。


 しばらく歩くと、広場らしき所が見えてくる。ぼんやりと光る先を注視すると、幾つかの屋台が出ていた。焼かれる魚の匂いが霧を押し除けて漂っている。


「カデナちゃんお腹空いたよ〜」

「…先にご飯食べようか」


 街を観察していると、横でユウナがぐずり始めた。子供か。

 私はお腹が減っていても構わなかったが、ユウナがどうしてもと言うのでご飯を食べることにした。


 屋台でも良かったが、近くで気になる幟が出ている店を見つけたためそこにした。メニューを開くと、デカデカと書かれた『ルミナトラウトの霧蒸し』が目に入ってきた。これが幟にあった看板メニューか。

 店の人に聞いてみると、どうやらリュメルナの南には蒼く光る巨大な湖があるらしい。名前をルオネル湖と言うらしく、ルミナトラウトというのはその湖に住んでいる魚のことらしい。


 折角ならとユウナが2人分頼んだので、運ばれて来たルミナトラウトの霧蒸しを食べることにした。

 ちなみに霧蒸しはこの街ならではの調理法らしく、高温に熱した霧で蒸した物らしい。そのままだ。


「ん…!癖が無くて美味しいよ〜!蒸してあるから甘みもあって〜…お酒が欲しくなるね〜」


 ユウナに続いてルミナトラウトを口に運ぶと、確かに魚臭さも無く淡白な味わいだ。街の人に好まれているのも頷ける。


「そういや最近はルミナトラウトの光が濃い様な気がするとか、漁師の人らが言ってたなぁ」

「光が濃い?」


 美味しそうに食べているユウナの顔をつまみに食べ進めていると、店の人がそんなことを言い出した。


 詳しく聞くと、ルミナトラウトは魔術を行使するための力の源である魔力を吸収して黄色く光るらしい。蒼く光る湖と相まって夜空と星を連想させるとか。

 そのルミナトラウトの光が、最近妙に濃いらしい。常に眩く光り続けていて、夜は空が少し明るくなる程だと店の人は言った。


「体調悪いのかな〜?」


 呑気な事をユウナは言っているが、どうにも不穏な気配がする。街を見た時少し聞こえたあの音、気のせいかと思ったけど確かに鎖の音だった。


 この街でも、裏で何かが起こっているのか?


「失礼だけど、その湖以外で何か異変はあった?出来ればこの街内で…」

「あぁ、あったよ。と言うか現在進行形であってるね」

「それはどんな事?」

「……行方不明事件さ。街のやつらがね、突然消えるんだ。まるで濃い霧に迷い込んだ様に」


 行方不明事件、ルオネル湖の異変。

 恐らく…いや、確実にこれらは繋がっている。鎖の音も、さっきから耳の奥で鳴り止まない。


「ありがとう。会計をお願い」

「はいよ!そっちの姐ちゃんと一緒で良いかい?」

「あ、別で」

「えぇ〜、カデナちゃんの奢りじゃ無いの〜?」

「お金ない。」


 兎に角、一旦湖を見に行くべきだな。


「後で払うから〜」


 …今回だけだぞ

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