第2話 運営はクソ


 さて、数日間色々試してみて分かったことがある。

 そう、この《採取師》という職業が普通にキツイのだ。


 何がキツイって、手に入れた素材は捨て値でしか売れないという事だ。

 草原を駆け回り片っ端から【素材鑑定】を使用していればほぼ無限に薬草は手に入る。

 全てのプレイヤーはアイテムボックスというものを持っており、異空間のような場所にアイテムを入れることによってその重量をかなり軽減してくれる。

 薬草の重量は言ってしまえばあってないようなものだし、採取するの自体は苦ではない。

 だが、これを一個売ることによって稼げる資金、この世界で言うところのは経ったの5リルだ。

 初心者用の1番弱いモンスターのドロップアイテムが25リルで売れるのに対して余りにも少ない。

 

 この街で手に入る1番安い食糧であるあまり美味しいとは言い難い謎ブロック、恐らく栄養食なのだろう。

 それを1食分買うとなるとそれには200リルがかかる。

 薬草40個分だ。


 ちなみに、その数を集めるには大体3~4時間かかる。

 睡眠時間や食事時間、移動時間を差し引いて一日に15時間は探せるとしても集められる薬草の数は多くても150個、換金するとすれば750リル、3食の食事を引くと150リルだ。

 とんでもなく効率が悪い。


 だが、その事実とは裏腹に俺はこの数日間満ち足りていた。

 そう、これこそが俺が求めていた作業だからだ!

 特に難しくは無いがやたらと時間がかかる作業、それを続けることによって極わずかだが積み重なっていく資金。

 

 正直これだけでかなり楽しかったのだが、少し気になることがあった。

 それは、いつも通りこのゲームの運営が開設したショップで薬草を売っていた時のことだった。


 特に何かを買う用事などは無かったのだが、このショップではどんなものを売っているのか確かめようと思い、ショップの店員のNPCに話しかけたのだ。

 見た目は普通の村人だが、人工知能か何かで動いているロボットなのか、定型文しか繰り返さないそいつに話しかけると、俺の目の前にショップウィンドウが展開された。

 これを操作することで物を買うことが出来るようだ。


 見聞がてらにそれを眺めていると、あるものを発見した。


「…………は?」


 思わず声が出てしまった。



・薬草×1《100リル》



 俺は思わず、もう一度目を擦って画面を見直した。

 間違いない。俺がかなりの労力をかけて1個5リルで泣く泣く売っているあの薬草が…………100リル。


「…………へぇー、そういう事するんだ」


 薬草が捨て値でしか売れなかったとしても俺は別になんとも思わない。

 終わりなき作業を好む身としてはその道中で多少効率を捨てることだって厭わない。

 だが、これは流石に酷いじゃあないか。


 少し腹が立った俺はある事を思いつき、まずはそのNPCから紙とペンを合計200リルで購入した。

 そして、そこにとある文を書いた。


 ・薬草×1《50リル》で売ってます


 そして、カウンターの中に入り、NPCの横にその紙を置いて何食わぬ顔で立ち尽くした。

 これからはこいつに売るのではなく、他のプレイヤーに直接売りつけてやれば良いのだ。

 薬草を買うプレイヤーは案外多い。

 ダメージを負ったプレイヤーが使用すればある程度回復するし、薬師などの職業のプレイヤーが薬を作るの材料にもなる。

 なので、その薬草が安く買えるというのなら喜ぶプレイヤーは多いはずだ。


 しばらく経つと、一人の男がこの店に入ってきた。


「お、薬草が50リルか……」


 よし、食いつきはいいな、その調子だ。

 俺が心の中でこっちに来いと祈っていると、何故かその男は俺の横のNPCの店員と話し始めてしまう。


「あれ、薬草100リルじゃん…………」


 ん? あれ、まさかこいつ、俺の事が見えてないのか?

 俺の身長はカウンターから頭が少しはみ出すぐらいなので見えなくても仕方ないとは思うが…………。

 とりあえず俺は男に気付いてもらうべくぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「おーい、薬草はこっちだぞー!」

「っ!? えっ、何!?」


 男はまるで不審者でも見るが如き様子で1歩後ずさる。

 失礼な。


「薬草50リルで売ってるのは俺だ、そいつじゃない」

「え、あ、プレイヤー?」

「そうだ」

「えぇ、気持ち悪…………」


 本当に失礼だなこいつ。

 確かにNPCの隣で一緒になってものを売るなんて人はほとんど居ないだろう。

 プレイヤー同士でのものの売り買いはプレイヤーが多く集まる酒場という所で行われる。

 クエストの受注や仲間を集めるためなどに利用される場所だ。

 そこで欲しいものを持っている人がいないかどうか呼びかけて手に入れる、というのが普通のプレイヤーの行動だろう。

 ただ不要物を売るだけならNPCで事足りるし、基本的にプレイヤーが物を他のプレイヤーに積極的に売りに行こうとする事は少ない。


 

 …………だからといって気持ち悪いは酷すぎるだろ。

 まぁ、いいさ、大切なお客様だ、多少の事は許してやろう。

 俺は先程のNPCと話した時のように目の前にとあるウィンドウを出現させた。

 取引ウィンドウだ。プレイヤー同士がものを売り買いする時に使用する。


「それで、買うのか? 買わないのか?」

「え、あぁうん、買うよ、買う買う。」


 男は結局、終始不審がりながらも薬草を10個買っていった。


「ありがとうございましたー」

「あぁ、うん、ありがと……う?」


 うん、色々言いたいことはあるが、なんでもいい。

 自分の所持金の欄を見ればそんなもの一瞬でぶっ飛ぶ。

 一瞬にして増えた500リルの表示。

 今までであれば100本の薬草を手に入れられなくてはならなかった額がたった10本の薬草のみで手に入れることができるようになったのだ、嬉しくないわけが無い。

 

 俺のような上級作業厨(?)は作業を永遠と続けるというのは全く苦ではない。それどころかそれに対して快感まで感じる。

 しかし、それはそれとして成長するのが嫌だという訳ではない。

 作業はその末の壮大な未来を夢見ることで続けることが出来る。だから、成長することによってその未来がさらに壮大になると思えばそれを喜ばずにはいられないのだ。


 今俺のリュックの中に入っている薬草は後十数個、今後この調子で売れていくのだったら少し心許ない数だ。

 こうなったらそうだな…………全力で周りの薬草を取り尽くしてやろう。

 

 今までだとどれだけの数を取ろうが、売れる金額は同じだし、一切関係なかった。

 しかし、こうなればある程度纏まった量を持っていた方がいい。

 

 例えば今回なら薬草は10個だけ売れた。

 しかし、もし他の人が薬草を100個求めたら……この数ではどうやっても売ることが出来ず、その客はにっくきNPCに取られてしまうだろう。

 それなら、できるだけ数を持ってここに来たほぼ全ての客に薬草を売った方がいい。


 それに、今までは日給が安すぎるのもあってご飯を買い溜めたりするという事もあまり出来ていなかった。

 だが、この調子で稼げるのであればある程度なら外に居続けることも出来るだろう。

 

 草原からこのショップまでを行き来するというのはかなりの時間ロスだったし、定期的に能動的な動きをしなければならないので無心で作業を続けるという事も出来なくなっていた。

 なので、これは革命的なまでの効率の向上と言える。


 俺の口角はみるみるうちに上がってゆく。


「はは……楽しいぞ、このゲーム!」

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