第13話 平穏な夜はない

 お父様が心配していたこともあり、紅白戦までの間、私は静養を兼ねて王都を離れた。


 領地のお城に帰ることにしたのだ。

 結局、私は人の言うことに流されるのだわ。


「また、王都に戻られるんですよね」

「ごめんね、アビゲイル。私、魔法学校に通いたいの」


 堅苦しい王都と違って、西部の田舎にあるお城は、なにかにつけゆったりしている。


「お嬢様、申し訳ありませんが先に降りてくださいませ。私は手回りの品を持って後から参ります」

「あ……ごめんなさい、アビゲイル」


 ズラリと並んだメイドと執事代理の挨拶を受けながら、二頭立ての馬車を降りる。

 街の貸し馬車ではなく、カシワの葉の紋章を刻んだ伯爵家の馬車だ。


「おかえりなさい、お嬢様」

「すみません、出迎えていただいて……」

「いえいえ、ごゆっくりとおくつろぎください。魔族もこんな田舎まで来ることはないかと」


 魔族襲来の件は当然こちらにも伝わっている。


「お昼は済まされましたでしょうか」

「あ、はい」

「では、午後のお茶などを。四阿に準備させます。アビゲイルも荷物を預けてお相手を」


 アビゲイルが山のような荷物を、城の使用人に手渡している。

 彼女は旅行となると何でも持って行きたくなる性格で、この荷物はほとんどが彼女のものだ。


「おかえりなさいませ」


 優しい笑顔はメイド長ウージーヌのもの。

 私が小さい頃から全く変わらない。


「ただいま!」


 彼女の豊かな胸に飛び込む。


「まあまあ。こんなに大きくおなりなのに」

「会いたかった!」


 ウージーヌは幼い頃に亡くした母の代わり。


「魔法学校は厳しいところと聞いております。卒業までここでゆっくりお休みください」


 返事もせず、コクコクとうなずく。


「フェニックスも変わりなく。中庭の四阿に準備ができております。どうぞ」




 崩れた古い屋敷の大理石の柱をそのまま利用した四阿には、緑のツタが絡んで涼しそうだった。


「キュウリがもう採れまして」


 そのキュウリと、もう一つはスモークサーモンのサンドイッチ。


「お庭のサクランボも?」

「はい、今年は花も見事でした」


 メイドがお茶を注いでくれた。


「美味しい!」


 懐かしい母の味だわ。


「お口に合って良うございました」

「王都は危険だと言われて、なかなか食品も入って来なくなってしまったの」

「お嬢様、お痩せになられましたか?」

「いいえ、服が違うせいよ」


 田舎に帰るのだから、魔法学校の制服は着ていない。

 もう十六歳なので、大人っぽいシルエットのドレスを着ている。


 他にも避難訓練の様子などを話していると、四阿の床に白いハトが舞い降りて、トコトコとテーブルの方に歩いて来た。


「あら、かわいい。なにかご用?」


 ハトは器用に片足で立って、もう片足を差し出した。

 ピンクの足に白い紙がくくりつけてある。


「使い魔だわ! ちょっとこちらへ来て……」


 私は両手でそっとハトを持ち上げ、目をパチクリしているアビゲイルに差し出した。


「足の紙を取って」

「はい、お嬢様」


 小さく畳まれた紙は、ポロリと取れた。


「お役目、ご苦労さま」


 クックーと一声鳴いて、ハトは私の手から飛び立った。


「これが付いていた紙です」

「ごめんなさい、ありがとう」


 受け取って開き、一読して私は声を上げた。


「聞いて、アビゲイル。エリゼ・フローレル先生がお城にいらっしゃるって!」

「まあ。魔法学校の先生がいらっしゃるなんて、どうしたことでしょう?」


 弟子入りの条件、紅白戦への参加をまだ私は迷っている。


「それは大変。お迎えの準備をしないと」


 アビゲイルがあわてて立ち上がって、紅茶のカップをひっくり返した。


「これは、私としたことが……」

「構いませんよ、アビゲイルさん、執事代理のところへ行ってらっしゃい」


 メイド長がナプキンで紅茶のシミを拭きながら微笑んだ。


「はい、では行ってまいります」


 アビゲイルが去ったあと、私はテーブルにひじをつき、指を組んであごを乗せた。


「ウージーヌ、私、卒業後、エリゼ先生に弟子入りしようと思ってるの」

「王都に、残られるのですか?」

「そのつもり」


 ウージーヌはしばらく沈黙した。


「仕方ありませんね。お嬢様は気弱そうに見えて譲らない一線はお持ちの方ですから」


 え、そう思われてるの? 意外。


「自信を持って針路をお決めください。船乗りのコンパスが北極星を指すように」


 これがエリゼ先生が言っていた私の強さ?


「頑張ってみる」


 私は誰よりも自分を励ますようにつぶやいた。



 

 エリゼ・フローレル先生は、夕方お城に到着された。


「お待ちしておりました」

「……これは、大変な賓客扱いをしてくださって……ありがとう」

「わざわざ先生がいらっしゃるなんて……何かあったのですか?」

「いいえ、王都も魔法学校も無事よ。安心なさい。そうそう、リュックから、身体に気をつけるようにと伝言を預かっているわ」


 紅潮した顔を隠すために私はうつむいて靴の先を見つめる。リュックは剣と魔法の訓練の最中にも私のことを気にかけてくれているのね。


「一休みなさったら、お食事をどうぞ」


 ウージーヌが助け舟を出してくれた。


「ありがとう。いただくわ」


 非常食の固いパンと簡単な料理ばかりになっていた王都とは違い、豪華な食事が出て、私たちは夢中になって料理を口に運んだ。


 具だくさんのスープに、野菜サラダ、蒸し焼きにしたキノコに、柔らかなラム肉、チーズまで!

 私たちの帰郷を心待ちにしていたことが伝わる。


「たんと召し上がれ」

「いえ、もう、十分……」

「では、デザートは砂糖菓子だけで」


 すべての皿が片付けられた後、ハーブティーとスパイスの香り高い桜の花の砂糖漬けが出た。


「お嬢様がワインを嗜まれませんので」


 主賓であるエリゼ先生に一言断る。

 先生は笑顔でうなずいた。


「美味しいおもてなしに夢中になってしまったけれど、オーリィ、あなたに伝えることがあります」


 私は思わず背筋を伸ばす。


「これまでの成績を考慮して、あなたが首席卒業生です」


 スウッと思わず息を吸い込む。


「そして、卒業する生徒で行なう紅白戦、出るのですよね?」

「……はい」

「では、紅白戦のルールを伝えます。まず生徒はクジで紅白に分かれ、各組一つずつ玉石を持ちます。玉石自体はあらゆる魔法に反応しません」

「……例えば火炎魔法でも焼けない、とか?」

「そうです」


 先生は一呼吸おいて、


「ルールは簡単、使える魔法すべてを使って良いから、先に相手の玉石を奪ったほうが勝ちです。怪我をした生徒は教師が即座に救護します」

「……」

「ただ、注意しなさい。採点されるのは個人の能力です。勝っても組に加点されるわけではありません」


 先生は、今口頭で説明したことが書かれた紙をどこかから取り出して差し出した。


「それから……ここから後は私の好奇心なの、嫌だったら答えなくて良いわよ」


 エリゼ先生の口調がグッと優しくなる。


「あなたが魔族と出会った時のことを詳しく教えて欲しいの」


 私は額に手を当てた。

 

「校長先生に話したことがすべてです」


 嘘つき。

 名前を明かしたことを秘密にしている。


「どんな細かいことでも良いの。私は魔族と戦ったけれど、あの時のことは今でも鮮明に覚えているわ。あなたと魔族のやり取りが、あれだけで済んだとは思えないの。明日の朝でも良いから教えてちょうだい」


 エリゼ先生は魔族を倒したことがある。

 秘密を持ったまま弟子にしてはもらえない。


「明日の朝まで時間をください」

「もちろんです」


 どうしよう……考え込みながら自分の部屋に帰った。


 ベッドに入っても眠れぬまま、右へ、左へ……。

 と、突然、低い女の声がした。


「オーロール」


 飛び起きて声の方に目をやり、窓のカーテンを引き開ける。

 すると、窓の外に巨大なコウモリがぶら下がっているのが星明かりで見えた。


「オーロール、探したぞ」


 白い牙が光る。

 しゃ、しゃべった。


「きゃあああー!」


 悲鳴を聞いて、真っ先に駆けつけてくれたのはエリゼ先生だった。


「どきなさい、私が相手になります!」

 

 エリゼ先生が前に出た。

 リングの宝石が真紅に輝く。


「エリゼ・フローレル……」


 窓の外のコウモリは、先生の名前を正確に発音した。


「お前が屠ったのは小さな火トカゲだった。我ら種族とは関わりない眷族ゆえ、ここから立ち去れ」

「お前こそ消え去れ」


 にらみ合いはしばらく続いた。


「ふふっ。もうお前たちに平穏な夜は無い」


 バサバサッとコウモリは夜空の星の中へ消えていった。


「今の……魔族、先生の名前を……」

「そう。魔族に名前を知られるというのはこういうこと。オーリィ、あなたはまさか知られていないわよね」


 思わず大きく頭を振った。


「いいえ、いいえ!」

「なら良いのよ。オーリィ、落ち着いて」


 ああ、先生に告白するタイミングを失ってしまった。


 でも、私が教えたオーロールという私の名前を、魔族のダリオンは悪用しないと誓ったはず。

 では、今のはなに?


 混乱する私を、先生は優しく抱きしめてくれた。





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