第12話 5月4週目

「今日は、カウンターしか空いてないっす」

「大丈夫です」


 団体の予約客で賑わう、いつもの居酒屋に冬馬といる。


「で、どした?ツーリング行ったんだろ?」

「うん。途中で雨が降ってきて……」

「あ、土曜か」


 アサリの酒蒸しと、ホッケの開きが運ばれてきた。

 ビールがあまり、喉を通らない。


「帰れなくなって、ホテルに行った」

「え?」


 冬馬が私の顔を覗き込む。

 顔を見られたくなくて、背ける。


「何もなかったの」


 涙がポタポタと落ちてきた。


「ぐすっ、ちっともそんな風に見てくれない。ぐすっ、触ってももらえなかった……ぐすっ、ぐすっ」


 冬馬は私の肩を抱いて、自分の肩に私の頭を乗せてくれた。

 並んで頭をくっ付ける私たちの後姿は「人」ってなってたよね。


「ドンマイ、春香」


 泣き顔を見ないでくれたことに感謝。


 私を心配して、家まで送ると言ってくれた冬馬を必死で断った。

 これ以上、彼の厚意に漬け込めない。


 冬馬が慰めてくれることを期待して、昨日は居酒屋に誘った。

 優しい言葉をかけてくれるって分かってたし、もしかすると、私に好意を持ってくれているかもしれないとすら感じている。


 泣き腫らした目で出社した。


「ぶはははっ、ひっでー顔だな」


 ぱんぱんに腫れた瞼を笑われた。


「昨日は、ありがとう」

「おう?しおらしいのな」


 もし、昨日、家に来てもらっていたら、そして、部屋に誘ったら、私たちに、何かあっただろうか。もし、何かあったら、私は女としての自信を取り戻せる、が、間違いなく友人を失う。でももし、何もなかったら、私はきっと、もう恋ができなくなる。そして、たぶん、友人も失う。


 自分勝手な都合で、私の女性としての自尊心の確認に、この優しい友人を利用しそうになった。最低だ、私。


「今夜も行くか?」

「今日は帰る」


 冬馬の心配そうな瞳が痛い。

 私は、冬馬の優しさに値しないから。


「今日も自転車できたのか?」

「うん」

「なんだかんだ言って、ちゃんと自転車乗りやってるんだな」

「うん。気持ちい」

「へぇ」


 ゴールデンウイークが終われば、住宅展示場への客足が遠のくこの時期は、サボりやすい。


「林田さーん!」

「げっ、なんだよ」


 走ってきた櫻田さんに、冬馬が小さな声で言った。ちょっと驚く。


「ここって、どうやるんでしたっけぇ?」

「マニュアル渡しただろ、自分で見ろ!」

「見たけど、分からなくてぇ」

「なんでだよ、よこせ」


 そう言って、口は悪いけど、結局丁寧に教えてる。


「ありがとうございましたぁ」


 何度もこちらを振り返る櫻田さんを、冬馬は見ていない。


「そんな感じだったっけ?」

「何が?」

「会社では、いい人キャラで通してるのかと」

「そうだけど?」


 櫻田さんへの態度が、私と話している時の素の冬馬に近かった。


「櫻田さんには、いい人キャラじゃなかった……」

「当たり前だ、あんなのにいい人演じてたって、無意味だからな」


 なんだか、引っかかる。


「私には?」

「今更だろ」


 私にしか見せない冬馬の本性って思っていたから、櫻田さんにも見せた本性に、胸がざわつく。


 私が夏生さんに夢中なみたいに、櫻田さんも冬馬に一生懸命なんだろうな。

 冬馬はどう思ってるのかな。

 櫻田さんは冬馬を振り向かせることができた?


「何考えてるんだよ」

「別に」


 私ってば、夏生さんに脈無しって知って、冬馬に慰めてもらって、その辺りから、冬馬のことばっかり考えてるよね?……私のこと、どう思ってるのかな、とか、たった今だって、櫻田さんの登場にモヤっとした。


「室田さんのこと?」

「違う」


 私が指導係をやっていた、今年の新入社員の一人、川口さんが来る。


「お話し中にすみません」

「いいえ、どうしたんですか?」


 いい人キャラの冬馬が登場。


「櫻田さん、どこにいるか分かります?」


 なんで、冬馬に聞くの?そんなの分かりっこな……


「給湯室じゃないかな」

「林田さん、ありがとうございました」


 どうして櫻田さんの居場所が分かったの?


「そうなの?」

「ああ、大体、あそこでコーヒー淹れるふりしてサボってるよ」

「何で知ってんの?」

「何でって……あれだよ……」


 あれって、なに?


「勘」


 冬馬、もしかして櫻田さんのこと、特別に思ってる?

 好きには……まだなってないかもだけど、他の人と明らかに違うよね。


 どうしよう。


 怖くて聞けない。


 相談に乗るよ、とか言ってあげたいけど、相談されたらショックかも。


 あれ……冬馬は私の夏生さんの相談受けてもショックじゃない?


 私「冬馬に好かれてるかも」なんて、うぬぼれてた?


 恥ずかしい。


「本当にどうした?大丈夫か?泣き過ぎて頭痛い?」

「うん。そんなとこ」


 あれれ。

 どした。

 なんか、変だ、私。

 冬馬の顔が見れない。



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