第41話 天与の奇兵
静寂の広間に、ザルクナゲルの咆哮が響き渡る。
屋上での接敵とは逆となる奇襲の成功は、ヴァルターに初手の優位をもたらした。
吹き荒れる徹甲弾の嵐が、ソコロフの右側に控えていたドローン二体の頭部を吹き飛ばす。
「囲い込め」
だが、それすら予定調和であるかのように、ソコロフは眉根一つ動かすことなく冷静に指示を飛ばした。
途端、残りの四機は二手に分かれ、俊敏な動きでヴァルターの両翼へと回り込む。
ヴァルターはコンテナの影に身を引きながら即座に腰を切り、その外側を回って右翼から接近してくる二体の熱源へと向き直った。
この軍用ドローンは脅威だが、ヴァルターを即死させ得る武装は積まれていない。
背後の二機は一旦捨て置き、前方の二機を破壊することに集中しようと、彼がザルクナゲルの銃口を上げた、その瞬間だった――
「なっ?!」
雷鳴の如く迸った轟音と、視界を埋める火花。
その一瞬になにが起きたのかは、花びら状に反り返ったコンテナの外殻と、強烈な衝撃で外側へと弾かれたザルクナゲルの銃身を見れば明らかだった。
(コンテナを……貫通させたのか?!)
射線さえ切れていれば安心、などと考えていたわけではなかった。
だが、ドローンへの集中と遮蔽物への無意識的な信頼が、リニアライフルへの注意を削いだのだろう。
外装がひしゃげ、恐らくは内部のバレルやチャンバーも変形しているであろう相棒の無残な姿に、ヴァルターは唇を噛み締めた。
(もはや撃てんか……だがっ!!)
彼は即座にザルクナゲルの先端から突き出す白銀の杭を両手で握ると、床を蹴った。
コンテナの脇から頭を出したドローンに向け跳躍しながら、それを振りかぶる。
直後振り下ろされた総重量80kg超の鉄塊は漆黒の巨槌と化し、今まさに弾丸を吐き出さんとスピンアップを始めた回転銃身をへし折った。
バレル内で複数の破裂音が響き、破れた銃身から黒煙が上がる。
ヴァルターは、たじろぐように一歩下がったドローンへと腰を捻りながら踏み込むと、遠心力を乗せた巨槌の横薙ぎを、その頭部へと叩き付けた。
金属の座屈する嫌な音が響き、ドローンの躯体が力なく崩れ落ちる。
しかし、そこで前方の残る一機と背後の二機の銃口が、同時に火を噴いた。
「ぐっ――!」
咄嗟にザルクナゲルを盾にしつつ、容赦なく叩き付ける後方からの弾雨を切るために脇の通路へと飛び退いたヴァルターを待っていたのは――
「がはっ?!」
空気を引き裂く咆哮と同時、強烈な衝撃と共にザルクナゲルが爆発し、ヴァルターは後方へと吹き飛ばされた。
いつの間にかコンテナの上へと移動しているソコロフの放ったリニアライフルの一撃が、ザルクナゲルの外装を貫通し、パイルバンカー用の火薬に引火したのだろう。
「まだだあぁ!!」
だが、主武装を喪失したとて、諦めるわけにはいかない。
ヴァルターは体勢を立て直しながらレッグホルスターからマハトを引き抜いた。
そして、興味を失ったように能面のような表情を向けるソコロフと、その前方を走る三機のドローンを睨み付け――
「なに?」
「なんだ!?」
突如後方で轟いた巨大な爆発音に、その場の全員が動きを止めた。
次いでヴァルターの耳に届いたのは、どこか懐かしい、腹の底に響く不器用で熱を帯びた律動。
「この音は……」
「エンジン……だと?」
どうやらソコロフもヴァルターと同様の疑問を持ったらしい。
民生用の車両はもちろん、戦車すら電動化されて久しい現代において、内燃機関はもはや旧世代の遺物と化していた。
だが、今確かに聞こえてくるこの音は、幼き日、街角で聞いた土臭い鉄の鼓動に違いない。
そして、ヴァルターは自分の
「まさか……いや、あり得ない……」
ぽつりと漏れたその呟きへと答えるように大穴の空いた壁面から飛び出したのは、一台の大型バイクだ。
甲高い摩擦音を響かせ、ドリフトでコンテナ群の間を滑る鉄馬のシートに跨る人影は二つ。
その姿を捉えたとき、ヴァルターは自分が夢でも見ているのではないかと錯覚した。
「ジョ、ジョニー!?」
その声に反応してか、ガンメタルのバイクはヴァルターの立つ通路へと侵入すると、一直線に突っ込んでくる。
「貴様の仲間か?どうやって入り込んだ……」
ソコロフが怪訝そうに呟くが、それはヴァルターが聞きたいぐらいだった。
一体なにをどうすれば、下層にいるはずのジョニー達が、上層の最深部へといきなり登場する奇跡じみた事象が起き得るのか。
「まぁいい。警備の穴は、殺してからゆっくりと調べるまで――」
「まずい!くるな、ジョニー!!」
リニアライフルの銃口をバイクへと向けるソコロフを見て、ヴァルターはコンテナの影へと飛び込みながら、ジョニーへと警告を飛ばす。
しかし、ジョニーが選んだのは、逃走でも回避でもなく、先制だった。
ソコロフのライフルがチャージを終えるよりも早く、バイクの両脇に搭載されたグレネードランチャーから、それぞれ一発ずつ、小気味よい発射音と共に弾体が射出される。
それは一瞬でヴァルターの脇を通り過ぎ、即座に飛び退いたソコロフの直前まで立っていたコンテナに衝突すると、炸裂するように白煙を噴き出した。
そのコンテナを中心として広間の一角が真っ白に染め上げられる中、シュライアーのサーモグラフィに激しいノイズが走る。
「これは……IR遮断型のスモークグレネードか――!」
ヴァルターはシュライアーの熱探知モードを切る。
同時、思わぬ援軍に歓喜する一方、その胸中を焦燥が駆け巡った。
ジョニーは既にM.E.T.I.S.に全てが露見した結果としてSTCBに襲われている、と思っているはずだ。
爆破を伴う派手な登場も、煙感知器にカメラ映像との乖離を察知され得るこの煙幕も、その前提に基づいているのだろう。
だが、STCBは今回M.E.T.I.S.の思惑とは別に独自で動いている。
このうえM.E.T.I.S.にまで侵入を悟られれば、状況が更に悪化する可能性があった。
――ところが、その懸念に反して、何故か警報一つ鳴る気配がない。
(どういうことだ……)
車体を横滑りさせながら甲高いブレーキ音を響かせドリフト停車させるジョニーと、後部座席でジョニーの腰に掴まるネージュへと、ヴァルターは駆け寄った。
「ジョニー!なぜここに!M.E.T.I.S.の反応が鈍いのも、お前達の仕業なのか?」
「反応が鈍い?なんだそりゃ。バレたからこうして襲われてるんじゃないのか?」
「いや、今回はSTCBの独断らしい……しかし、お前達じゃないなら何故……」
「……ちなみに、他の三人はどうした?」
「!!」
バイクから降りながら放たれたジョニーの一言に、ヴァルターは戦慄した。
――もし、既にどこかのタイミングでM.E.T.I.S.が侵入を察知していたとしたら。
協力者の生体情報でセキュリティを突破しノードルームへと入り込んだはずの三人が、実際にはただ誘い込まれただけだったとしたら――
「ノードルームだ……だが、皆が危ないかもしれない……」
堅く閉ざされたノードルームへの大扉を、拳を握り締めながら凝視するヴァルターの肩に、ぽんとジョニーの右手が置かれた。
「行ってやれ」
「いや、だがまずはソコロフとドローンを……」
「本当に罠だったら一刻を争うだろ。お前の手持ちのスプーファでも扉は開くかもしれないぞ。それになによりあの男は……俺達の獲物でね」
「ジョニー……」
煙幕の奥へと向けられた鋭利な眼差しに、日頃の気だるさは微塵も感じられない。
その表情に浮かぶのは、底冷えするような深い憎悪と、静かな決意だ。
そんなジョニーへと寄り添うように付き従うネージュの面差しも、今や人間味すら感じさせるほどに、どこか張り詰めて見えた。
「ドミトリー・ソコロフは、ジョニー様が六年もの間、復讐の機を伺い続けた仇敵なのです。この機を逃せば、次はないかもしれません。ここはどうか、わたくし共に任せては頂けないでしょうか」
「ネージュ……確かに、近接戦特化のお前の戦闘スタイルなら、奴にも渡り合えるかもしれんか……奴の武装は、コンテナを貫通する威力のリニアライフルと、弾丸の軌道を逸らす電磁偏向フィールド。最も危険なのは、俺の義体を一撃で無力化した、袖口から射出される超高圧EMP弾だ。直撃すればお前でも終わりだ。くれぐれも気を付けろ」
「はい。ウォルター様も、くれぐれもお気を付けくださいませ」
「ヴァルターだ、ヴァルター。ふっ、まったく何度間違えれば気が済むのやら……」
「これは……大変失礼致しました」
これまで幾度となく繰り返された、使い古されたコントのようなやり取りを終え、ヴァルターは身を翻し、ノードルームの方向へと向き直った。
肩越しに振り返ると、あえて軽快に告げる。
「あとで、どうやってここに辿り着けたのかも教えろよ」
「へいへい、わかったからさっさと行きな」
「……ああ」
ひらひらと片手を振るジョニーへと敬意を込めて首肯を返し、ヴァルターは走り出した。
(どうか無事でいてくれ、皆――!)
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