第40話 清算と決別

「ぐああぁぁ!?」


空気を引き裂くザルクナゲルの咆哮と重なるように、男の――いや、元オブリビオン小隊長、マーカス・ドレイクの悲鳴が響き渡る。

ヴァルターはゆっくりと閉まるカーゴリフトの扉を背に、隣のレイラに隠れておくよう促しながら、マーカスの胴体へとザルクナゲルのフルオート射撃を浴びせ続けた。


「ごふっ!!……て、てめぇは――!まさかヴァルターか?!」


驚愕に目を見開きながら咳き込むように血を吐くマーカス。

纏っているのは新型の着脱式強化外骨格のようだが、少なくとも最後に会った時点で、彼の身体はほとんどが生身だった。

対物仕様である.50BMGの連続着弾は、装甲を貫通せずとも、その内側の臓器に甚大な損傷を与えているはずだ。


(カイ……よくぞここまで……)


射撃を続けながら周囲を見渡したヴァルターの目に映るのは、中央の通路に横たわる電磁リフタと、六機もの軍用ドローンの残骸。

ここで壮絶な死闘が繰り広げられたことは明らかだった。

兵士ですらない一組の男女にとっては絶望的な戦力を相手に、最後まで諦めずに戦い抜いたのだろう。


(あとは……俺に任せてもらおう)


満身創痍のカイを肩に担ぐようにしてじりじりとコンテナの影へと移動するセレナを一瞥し、ヴァルターは一旦引き金から指を離すと、古い戦友へと語りかけた。


「久しぶりだな、マーカス。まさかこんな場所で再会できるとは思わなかったぞ。戦友を売って得た椅子の座り心地は良かったか?」


――二人の安否を確認するためマップ頼りに地下へと下りてきたヴァルターだが、カーゴリフトの鉄扉が開いた瞬間耳に届いた懐かしいしゃがれ声は、親切にも自ら罪を告白してくれた。

しかし、思いがけず裏切者の正体を知ったヴァルターの心中に、もはや怒りはない。

そこには、金と地位のために誇りを捨てた男への、深い憐憫れんびんだけがあった。


「ごほっ!ごほっ!……ヴァルター……もう片方の侵入者はてめぇだったのか……局長はどうした。てめぇ如きにやられる人じゃないはずだ……」

「ああ。すぐに追ってくるだろうな。だから旧交を温めている時間はない。二つだけ答えろ。まず、俺を島流しにしたのはお前だな?」


銃口を向けながら一歩ずつ距離を詰めるヴァルターに、苦しげに膝を突いたマーカスは、悪びれもせずにやりと血に濡れた口の端を吊り上げる。


「ああ、そうさ。五年前、アクシオンから秘匿回線を通じて引き抜きの打診があってな。てめぇをアルカディアに送り込めば、STCBの指揮官クラスの椅子を用意するって話だった。元々、てめぇのヒーローごっこにも、安給料の職場にもうんざりしていたからな。渡りに船だったわけだ」

「なるほどな……では二つ目だ。アクシオンの狙いは、やはり俺の義体か?」

「反応薄いなぁおい……そりゃ俺の知ったことじゃねぇよ。だがまぁ、ドイツ陸軍の軍事機密の結晶で、化け物じみた義体化率まで達成した実例に連中が興味を持つのは当然かもな。なにせ技研の暗部じゃ相当えげつない義体化実験も……っと、これは部外秘だったわ」

「はぁ……どこまでも度し難いな、お前達は。だが今回はこちらがイリーガルだ。今すぐ武器を捨てて消えれば見逃してやる。それだけ喋れるなら、致命傷にはなっていないだろう」

「はっ!そういうヒーロー気取りがうぜぇんだっての。しかも天然ときてやがるから手に負えねぇ」


文句を垂れながらも、素直に手にした拳銃を後方へと投げ捨てるマーカス。

腹部を押さえながら痛みを堪えるようにゆっくりと立ち上がると、とぼとぼとカーゴリフトに向けて歩き出した。

そして、警戒を緩めず銃口を向け続けるヴァルターの横を通り過ぎる一瞬、ぼそりと呟く。


「なにが目的か知らねぇが、アクシオンにたてついた時点で、てめぇら全員殺されるか、実験動物にされるかの未来しかねぇぞ。精々残り少ない余命を楽しめよ」

「忠告には感謝する。だが、大きなお世話だ」


やれやれ、と言わんばかりに苦笑を浮かべながら首を振るマーカスがカーゴリフトへと乗り込むのを見届けたヴァルターのもとに、隠れていたレイラが歩み寄った。

そして、閉まるカーゴリフトの扉へと、いくつもの感情が入り混じった視線を向ける。


「あの人が……ヴァルターを、ここに……」

「ああ。一時は裏切者を恨んだこともあったが、今ではそんな気も失せた。それより、カイとセレナだ」

「うん」


二人がセレナの身を隠したコンテナ裏へと駆け付けると、そこでは力なく横たわるカイへと、セレナが応急処置を施している最中だった。

彼女自身も被弾したのか、痛ましい穴の空いた左腕はだらりと垂れ下がっている。

だが、残る右腕を器用に使い、彼女は露出させたカイの脇腹へと、バックパックから取り出した汎用幹細胞パッチを躊躇いなく押し当てた。

粘着面が血を吸い取り、即座に凝固反応が走る。

その光景に、レイラが息を呑んだ。


「二人とも……撃たれて……」

「お二人共、ご無事でなによりです。助けて頂き、ありがとうございました。マスターは脇腹に銃弾を受けましたが、恐らく命に別状はありません。今はニューラシンクの過負荷で意識が混濁していますが、じきに治まるはずです。それと、今回STCBは独自に動いているようで、M.E.T.I.S.には依然気付かれていないようです」


治療の手を止めずに、端的に要点を伝えるセレナ。

一見すればヒューマノイドらしい合理的な言動だが、その声色に滲む心配と自責は、彼女の内に宿る確かな人間性を感じさせた。


「すまんが、こちらもSTCBのトップに邪魔をされて、脱出の足はまだ用意できていない。だが、こちらの目的が露見していない以上、まだ道はある。M.E.T.I.S.を破壊し、全員で屋上に上り、そのまま奴の再起動前に防空識別圏を離脱する。時間的に衛星の監視を撒くことは難しくなるが、追手の手が届く前にキリバスに亡命できれば助かるはずだ」


ヴァルターの提案に、カイの治療を終えたセレナがこくりと頷く。


「はい。私も、それしかないと思います。きっと、マスターも――」

「ああ……それで行こう」

「マスター!」


苦しげに瞼を開けたカイが、ゆっくりと身体を起こす。

どうやら話は聞こえていたらしい。


「止血をありがとう、セレナ。無様な姿を見せてしまって、恥ずかしいよ」

「そんなこと!……あ、頭の方は、大丈夫そうですか?」

「正直今にも割れそうだが、五感はなんとか回復してきたみたいだ。戦闘は厳しいが、サイファーのセットぐらいなら……」


片手で強く頭を押さえながらバックパックへと手を伸ばすカイを、ヴァルターが制する。


「お前はもう少しここで休んでいろ。そいつは俺がセットしてくる」

「ヴァルター……すまない。今は時間が惜しいし、甘えさせてもらうよ。スプーファも、その中に入ってる」


カイからバックパックを受け取ったヴァルターは、即座にノードルームへと身を翻し――


「ヴァルター!」


悲鳴にも似たレイラの叫びと、その瞬間押し寄せた強烈な既視感に、ぴたりと動きを止めた。


「まさか……」

「リフト、動いてる!降下してくる!」


レイラの報告に、全員の表情が凍り付く。

STCBが動いた以上、既にビル内の社員は退避済みと考えるべきだ。

となれば、今ここに下りてくる存在は、ソコロフを始めとした敵の増援以外考えられない。


「馬鹿な。マーカスが呼び寄せたにしても早過ぎる……どうやら、ソコロフとやらは余程鼻が利くらしいな……」


恐らく、元より仲間を助けに地下へと向かったことを読まれていたのだろう。

ヴァルターは静かにバックパックをカイへと返すと、ザルクナゲルに手をかけた。


「すまんが、やはりサイファーはお前に任せるしかなさそうだ。奴の相手は俺がする。お前は二人を連れて、戦闘が終わるまでノードルームに隠れていてくれ」

「いや、俺も戦う。戦闘は厳しいとは言ったが、援護射撃ぐらいはできるはずだ」

「無意味だ。奴は電磁偏向フィールドを纏っている。弾は全て弾かれる」

「っ!?……小型化に、成功してたのか……」


目を見開いたカイが閉口すると同時、隣から注がれる強い視線に気付いたヴァルターは、その発信源へと視線を下ろす。


「……お前も、わかってくれるな、レイラ」


レイラは、溢れかける想いを堰き止めるようにぐっと唇を噛むと、ヴァルターの胸にそっと身体を預けながら、絞り出すように呟いた。


「……うん。もう、足手まといには、なりたくない、から……でも……絶対、死なないで……」

「ああ、もちろんだ。俺が敗れれば、次はお前達に危険が及ぶのだから。なんとしても、ここで奴を退ける。だから行け」

「……うん」


こくりと、信頼に満ちた眼差しで一つ頷いたレイラは、セレナの肩を借りて立ち上がったカイのもとへと足早に歩み寄る。


「肩、貸します」

「いいや、その気持ちだけ受け取っておくよ。ここは男として、やせ我慢させてくれ。ただ走るだけなら、なんとかなりそうだ」


苦々しい笑みを浮かべながらも、発言の正当性を証明してみせるように力強く一歩を踏み出したカイは、ヴァルターへと振り返った。


「ヴァルター……武運を祈る」

「ああ、任せておけ」

「ヴァルターさん……お力になれず、申し訳ありません。どうか、ご無事で」

「ノードルームも安全とは限らん。油断するなよ」

「はい!」


通路の奥へと走っていく三人を見送って、ヴァルターは踵を返し、逆方向へと歩き始める。


(……STCB局長、ドミトリー・ソコロフ、か……)


判明している武装は、高出力リニアライフルに、全身を覆う電磁偏向フィールド。

そして恐らくは袖口に隠された超高圧EMP弾射出装置、ニューロスタナー。

飛び道具は全て無効化され、近付けばEMPの餌食。

正直、勝利の公算は決して大きくなかった。

それでも、可能性がゼロでないのなら、そこに全てを賭けてみるしかない――


「……きた、か……」


熱探知モード起動済みのシュライアーのHUD上には、扉の奥にゆっくりと降下してくる複数の熱源が表示されている。

中央の高熱源反応は恐らくソコロフの義体動力。

その両脇に控える計六体の熱源は、形状から軍用二脚ドローンと推測された。


「では、始めようか……」


ヴァルターはコンテナの脇から半身を乗り出し膝射姿勢を確保すると、ザルクナゲルの照準をカーゴリフトの鉄扉へと合わせる。

そして、リフトの重い着地音が響いた直後、スライド扉が開くと同時、彼は迷いなくザルクナゲルの引き金を引いた――

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