第3話 鉄の詩人

「まさか、アクシオンから直々に仕事の依頼がくるとは、な……」


ネオンの残光が濡れた路面に揺らめく下層の路地裏を、その190cmを超える巨躯で圧するように歩きながら、ヴァルター・エーデルハルトは低く呟いた。

前方の錆びた鉄扉の隙間から僅かに漂うのは、嗅ぎ慣れた火薬とガンオイルの臭い。

そこは、界隈ではそれなりに名の通った犯罪組織『Vipers Nest(ヴァイパーズ・ネスト)』の地下拠点への入り口だった。

公的な治安機関の存在しない下層では、いくつかの自治組織が独自の自警団を持ち、その構成員の保護や報復を代行するのが一般的だ。

だが、自警団は自ら積極的に犯罪を取り締まったり、犯罪組織を撲滅したりはしない。

そこで、彼等が特に危険と判断した犯罪者や組織の「駆除」が、ヴァルターのようなフリーの傭兵に回される主な仕事だった。

だからこそ、自警団でも個人でもなく、島を統治するアクシオンからの直接の駆除依頼というのは珍しい。

それも、代金は相場の二倍を前払い。使用した弾薬費も全額補填という大盤振る舞いだった。


、奴等に目を付けられるとは運がないな……」


自嘲気味にそう言うと、ヴァルターは脇に抱えていた漆黒のフルフェイスヘルメット型ARデバイス『Schleier(シュライアー)』を被る。

それは、一部の内臓や生殖器を除けば彼の唯一の「生身」である頭部を保護するための防具であると同時に、暗視やサーモグラフィ、AIによる簡易的な敵味方識別機能まで備えた彼の頼れる相棒だった。

――そして、彼の相棒はシュライアーだけではない。

ヴァルターはおもむろに、背中に担いでいたその「巨大な鉄の塊」を、脇に抱えるように担ぎ直した。

――『Sargnagel(ザルクナゲル)』――

全長160cm、総重量80kg超。タングステン杭のパイルユニットと.50BMG連射機構を併せ持ち、グラフェン強化チタン合金の外装を纏ったその武器は、あらゆる意味で人間の扱える代物ではなかった。

だが、神経系への負荷により50%が限界とされる義体化を80%近くまで推し進め、全身に高密度人工筋肉を敷き詰めたヴァルターにとって、それは自身の手足の延長に過ぎない。


「……さて、仕事の時間だ」


ヴァルターは視線操作でシュライアーの熱探知モードを起動し、事前に馴染みの情報屋から仕入れておいた拠点内の構造図と照合する。

扉の先、階段を下りてすぐの通路脇の小部屋に熱源が2。姿勢や移動パターンから敵の警備と推測。

その先、通路突き当たりの広間に熱源が20。

熱分布とシルエットから12はサイボーグ、6は人間、2はヒューマノイドと推測。

人間のうち二人は地面に倒れ伏していることから、拉致された一般住民の可能性あり。

ヴァルターは行きつけの酒場に入るかのような自然さで目の前の鉄扉をと、悠然と階段を下りる。

そして通路脇の小部屋で談笑していた警備二人がその存在を視界に収めたときには――既にザルクナゲルを振りかぶっていた――

グシャリ、と嫌な音がして、二人の身体が壁に叩き付けられ、物言わぬ肉塊と化す。

表情一つ変えずに武器を担ぎ直すと、ヴァルターは通路を進みながら懐からEMPグレネードを取り出し、広間の扉を開けると同時、それを投げ入れた。

――キーン、と高周波のチャージ音が鳴り響いた数瞬後、ブゥン、という重低音が空気を震わせ、照明が瞬く。

瞬間、ヴァルターは広間に突入、と同時に状況を確認。

放出された電磁パルスによりサイボーグとヒューマノイドは大半が無力化されている。

広間中央には後ろ手に拘束された下着姿の女が二人。

恐らくスナッフフィルムの撮影中だったと思われ、怯え切った顔で目の前の拷問官と思しき男を凝視している。

シュライアーの敵味方識別により瞬時に女二人に緑のARマーカーが、それ以外の全員に赤のマーカーが付与される。

そこでやっと襲撃に気付いた敵の人間の一人が叫ぶ。


「襲げ――」


が、その声が最後まで響くことはなかった。

轟音を上げながら火を噴いたザルクナゲルから吐き出された.50口径徹甲弾によって、上半身が消し飛んだからだ。

後方の壁に血の華が咲く中、ヴァルターはそのまま薙ぎ払うように銃口を横に滑らせる。

サイボーグやヒューマノイドは人間に比べ頑丈だが、元より装甲車両やコンクリート壁すら容易に貫通する弾丸である。

身体に空いた大穴からオイルと火花を撒き散らし、一瞬のうちに八人のサイボーグと二機のヒューマノイドが鉄屑と化した。


「う、うわあぁぁぁ!!」


半狂乱に陥った人間の一人が拳銃を引き抜き、ヴァルターに向けて乱射する。

照準も合わせずに放ったその弾丸の一発が奇跡的にヴァルターの胸に直撃し――そのまま明後日の方向に跳ねた。


「…………は?」


一見、単なる黒いボディスーツに見えたのだろう。

だが、ヴァルターの全身を覆っているそれは、カーボンナノチューブを精密に編み込んだグラフェンメッシュを多重積層させた「柔軟な外骨格」だ。

その強度は実に鋼鉄の100倍に及び、拳銃弾はおろか、アサルトライフルの弾丸すら弾き返す。


「悪いが軍用でな」


淡々とそう返しながら、ヴァルターは呆けたように立ち尽くすその人間を、ようやく応戦を始めた周囲の残敵もろともザルクナゲルの機銃掃射で爆散させた。

――と、そこでシュライアーが広間の奥の通路に敵の増援を捕捉した。

サイボーグが10、人間が5、ヒューマノイドが5。

これで警備を含め40人。彼が事前に得ていた拠点内の敵勢力の情報と概ね一致していた。

ヴァルターは、拘束も解かずに一心不乱に逃げ出す女二人を横目に見送ると、広間奥の鉄扉に照準を合わせる。

しかし、敵がそこから押し寄せてくることはなかった。

どうやら扉の奥でバリケードを作り、迎撃態勢を整えているらしい。


「さすがに無闇に突っ込んでくるほど馬鹿ではない、か……」


感心したようにそう呟くと、ヴァルターはゆっくりと前進し、ザルクナゲルの先端から突き出た白銀のタングステン杭をそっと扉に触れさせ――

次の瞬間、凄まじい爆裂音と共に鉄扉が吹き飛んだ。

扉の傍でバリケードを築いていたヒューマノイド3体がそのバリケードごと吹き飛ばされる。

しかし今度は一定の心の準備ができていたのか、即座に後方のサイボーグ部隊がアサルトライフルによる一斉射撃で出迎えた。

ヴァルターは身を屈め、ザルクナゲルを盾のように構えその鉄火の嵐を真っ向から受け止める。

殺到する夥しい数の5.56mm弾に、ザルクナゲルの黒光りする外装には火花が飛び、甲高い金属音と数多の銃声が狂騒的な交響曲を奏でた。


「……やはり、こうでなくては……なっ!」


幾人かの弾倉が空となったのか、弾幕の圧力が弱まったその瞬間、声色に僅かな愉悦を滲ませながら、ヴァルターは前方へと爆発的に跳躍した。

質量とは、速度と対を成す「力」の片翼である。

総重量200kgを超える暴威の直撃に巻き込まれた何人かが吹き飛ばされ、たまらず陣形が乱れる。

その一瞬でヴァルターは姿勢を落として腰を捻り、全身の筋力と最大の遠心力を乗せて、ザルクナゲルを振り抜いた。

骨が砕け、装甲がひしゃげる音と共に周囲のサイボーグが弾け飛び、その場に一瞬の静寂が訪れる。


「……ば、化け物……」


誰かが漏らしたその一言が、恐慌の引き金となった。

悲鳴を上げ、ヒューマノイドを盾に散り散りに逃げ出す残党を無感情に見つめながら、ヴァルターはゆっくりと身体を起こし、静かに引き金を引いた――


――戦闘の残響が消えた地下拠点は、血と硝煙の臭いに満ちていた。

敵の掃討を終えたヴァルターは無人となった地下フロアを一巡すると、死体の転がる廊下を抜け、最奥の一室に足を踏み入れる。

行き掛けの駄賃として金になりそうな情報を持ち帰るのは、ほとんど彼の癖のようなものだった。


(……ん?)


だが、真っ先にヴァルターの意識が向かったのは、部屋中央の使い古された情報端末ではなかった。

部屋の奥、薄汚れた床材の継ぎ目に、ごく僅かな段差がある。目立たないが、標準的な施工とは異なる仕様だ。

しゃがみ込み、床を軽くノックすると、案の定空洞音が返った。

だが、事前に仕入れた構造図では、この部屋の地下に空間は存在していない。


(隠し通路、もしくは隠し部屋、か……)


ヴァルターはシュライアーの熱探知モードを起動する。

床の下を数メートル下った先、恐らくは隠し部屋の中に――熱源が1。

熱分布から人間と推測されたが、そのシルエットはピクリとも動かない。


(また拉致された住民……か?)


ヴァルターは床の開閉スイッチを探すべきか一瞬迷い――その手間を想像して苦笑すると、ザルクナゲルを振り上げた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る