第5話


 僕が企業系犯罪組織の地下室で発見された時、甲斐も、政府機関も、みんな僕を何処かから攫われてきた人間だと考えたらしい。

 政府機関はマリアの脳を保持する僕を監視、保護する目的で、甲斐をボディガードにつけた。

 マリアの脳、その中に蓄積された知識や発明を狙って、また何処の誰とも知れない奴らに狙われる日々が続くと踏んだからだ。そしてそれは、当たっていた。



 僕を切りつけたあの男は、僕の目撃証言により大量殺人犯として指名手配された。僕の目に搭載されたレコーダーシステムは、彼の顔、目の虹彩情報、指紋まではっきりと記憶しており、少しの手間だけで名前から経歴までを洗い出すことができたのだ。



 男の名前は、影山晴之(かげやまはるゆき)。

 近くに住む大学生だった。



 **



 あの一件から、甲斐は妙に優しい。

 外出する時は絶対にいつでもついてくる。

 仕事を全て短縮業務にして、僕の下校時間に合わせて車で迎えにくる。


 ある日の下校時間、校門前で甲斐の車を待っていると、下校途中の生徒たちがざわめいた。


 校門の向こうに、男が立っていた。背筋が凍る。見間違えるはずがなかった。影山晴之だった。指名手配中だが、自宅から姿を消しており所在がつかめなかった。

 右手にサバイバルナイフをぶら下げて、ゆらりゆらりと陽炎のように歩いてくる。


「きみ……治ったの」


 僕を見るなり、まるで昔からの友達みたいに、彼はそう言った。


「校内に入って! 先生に知らせてきて!」


 僕は校庭にいる生徒にそう叫んだ。

 怖いけど、僕が囮になれば被害が減らせるかもしれない。


「邪魔するなよ、『心』持ってないくせに」


 影山が僕の肩を掴んで、ナイフを振り上げた。


 それを、間一髪、止めた手があった。


「逃げろ、ハル」


 甲斐だった。僕は校庭内へと走った。

 甲斐は影山を投げ飛ばし、影山は校門に背中を打ちつけてうめいた。


「何のために守るんだよ、そんな奴。ロボットだろ。ニンゲンのニセモノだろ。

 俺は本物の人間だった。でも誰にも守られなかった。お前は、ロボットなんかに何を期待してんだよ?」


「うるせえ」


 甲斐はネクタイを外して、影山を後ろ手に縛った。


「こいつが何かなんて関係ねえ。俺は俺が守りてえもん守るだけだ」


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