ベシエール公爵邸の茶会
シルヴァンとの婚約を解消してから、アリスが落ち着きを取り戻した頃、ディートハルトがアリスを訪ねてきた。
婚約の解消を聞いて、直接会いに来たのだという。
「大丈夫よ、ディー様。わたくし、最初は悲しくて仕方なかったけれど、近頃はすっきりしているの。お義父様達も、ベルトラムのお爺様も、しばらくはゆっくりしていいよって言ってくださるし」
アリスは婚約解消後、他家の茶会に参加することを控えていた。余計な火種を寄せ付けないためだった。
世間的に、アリスは養子であってもクラヴェル公爵令嬢である。国内筆頭の三公爵家と縁付きたい貴族家は山ほどいる。同じ公爵家の嫡男が婚約者だったから、誰も異を唱えられなかっただけである。それが解消されたとなれば、アリスに近づこうとする者はそれこそ湧いて出てくるのだ。
アリスは、シルヴァンとの関係が遠くなったことに心が沈んでいた。それに加えて、ようやくできた友達たちとも逢うことが出来ず、家の中だけで過ごす日々。
だから、ディートハルトの訪問を心から喜んだ。
いつも手紙で心情を吐露した友人だから。
「アリスが落ち着いたならよかったよ。ちょっと心配していたんだ。君にとって大きな出来事だったろう?」
「でも、ディー様が逢いに来てくださって嬉しいの。ずっとお手紙だけだったから」
2年振りに逢うディートハルトは背が随分と高くなっていた。15歳のディートハルトは、相変わらず中性的な美貌を保ったまま、男性らしい体つきに変貌していた。
一方のアリスも10歳になり、子供から少女へと少し大人びた雰囲気に変わっていた。侍女たちはいつも褒めてくれるがアリスにはあまり実感は伴っていない。アリスにとっての基準は母であり、姉であったから、紅を差したような健康的な柔肌に豊かな金髪が美の基準だった。
アリスの肌は透き通って白く青みを帯びていたし、白銀の髪も薄い紫の瞳もどこか儚ささえ感じさせる風情であって、溌溂とした美とは言えなかった。それは、北出身の特徴であって決して不健康なわけではなかったが、アリスは母たちのような南の美を目の当たりにしていたから、自身の美しさを他が言うほど認めてはいなかった。
ディートハルトは、同じように白い肌に、銀髪と濃い紫の瞳だったから、アリスにとっては親近感があった。
中性的な顔立ちは優しげなので、豪快な男らしさは感じさせない。体つきは以前より大きくなって頼もしさは増したが、以前その怜悧な美貌に柔らかな笑みを湛えたディートハルトは、アリスにとっては安心できるものだった。
アリスの言葉に、ディートハルトがふわりと笑う。その笑顔が、記憶のままだったことにアリスは胸を撫で下ろした。
ディートハルトが滞在するようになってすぐに、ベシエール公爵家より茶会の誘いがあった。
招待状には、ディートハルトの同伴を願う文が書かれており、母も含めた三名への招待だった。
「ディー様も?」
母から茶会の詳細を告げられ、アリスは思わず問い返した。
「ええ。おそらくね、あちらにもお客様がおられるわ」
そういった母の言葉通り、ベシエール公爵家には先客がいた。
アリスがベシエール公爵家を訪うのは初めてである。いつもはシルヴァンがクラヴェル公爵邸へ訪う形で茶会が行われていたからだ。
同じ公爵家の邸とは言え、趣が違う。クラヴェル公爵家は広い敷地に、ぐるりと庭があり白亜の邸を囲んでいる。邸には中庭もあり、どことなく明るくゆったりとした造りだ。対して、ベシエール公爵家は、古くからの邸を大切に守り、重厚で堅牢な印象の伝統的な造りだった。
長い廊下の先にある応接間は、中庭に面して明るい部屋だった。外から見る硬派な印象とは趣の異なる庭である。
「いらっしゃい、アリス。ずいぶんと久し振りね。逢いたかったわ」
出迎えてくれたベシエール公爵夫人はそういってアリスを抱き締めた。まるで自分の子にするかのように。
アリスは思う。自分の周りは本当に温かい人で溢れている。いつも、こうしてアリスを抱き締めてくれる。ここにいる誰も自分との血の繋がりは薄い。公爵家は皇家に連なる家であるから、本当の父である皇太子と多少なりとも血は同じなのであろうが、そこに他国の血が混じるアリスを、皆こんなにも温かく包んでくれる。
そのことは稀有な事なのだと。有難いことなのだと、そう思うのだ。
「公爵夫人、わたくしもお逢いできるのを楽しみにしておりました。お招きいただきありがとうございます」
「来てくれて嬉しいわ、アリス。
ねえ、後ろの素敵なお客様も紹介してくださらないかしら?」
ベシエール公爵夫人の視線は、アリスの後ろに立つディートハルトに向いた。
一歩下がって立っていたディートハルトは、徐にアリスの横に並んで侯爵夫人に向かって小さく礼をした。
「ディートハルト・デッセル・イスブルグ、イスブルグ王国の第3王子として訪問した。今日はアリス共々の招待、感謝する」
アリスの紹介を待たずに、ディートハルトが王子として挨拶をしたことに、アリスは驚いた。口調が違うのだ。どこか威厳を漂わせる空気に、彼が王族だということを改めて感じさせられた。
「ようこそいらっしゃいました。本来でしたら先にご挨拶をせねばならぬところを申し訳ございませんでした。アリスを前にするとつい、母のような気持になってしまいますの。お赦しくださいませ」
にこやかに動じないのはさすが公爵夫人。その様に、ディートハルトが顔を緩めた。
「王子としてはここまでで。この先はどうぞ、アリスの友人として接してください」
ディートハルトの言葉に、ベシエール公爵夫人の後ろでずっと頭を下げていた二人が顔を上げた。一人はシルヴァンで、もう一人はアリスが初めて見る女性であった。
「こちらの客人を紹介するわね」
そう言ってベシエール公爵夫人が、シルヴァンとその女性に前に出るよう促した。
「リオノーラ・アルドリット、ハイラント王国のアルドリット公爵家の令嬢よ」
ベシエール公爵夫人の言葉に、その女性はふわりと笑った。
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