イスブルグ王国の事情

 イスブルグ王国は、雪の多い国である。

 一年のうち、半分近くは雪に閉ざされる。雪は地面を覆い、作物は短い夏季の間にしか育たず、いつも食糧難と言ってもいい。

 そんな土地であっても、人は活路を見出すものだ。イスブルグの国土三分の一を占める標高の高い山脈からは、貴重な金属が発見された。

 金属はただ採掘すれば金になるものではない。加工して初めて流通に見合うものになる。自国の産物を世界的に流通させるため、イスブルグ王国は技術者の養成に力を入れた。

 採掘される鉱石は、加工によって堅く強いプレートに生まれ変わる。それは世界の常識を変えた。

 

 そうして、イスブルグ王国は【技術の国】と呼ばれるようになった。


 イスブルグの加工鉱物の用途は多岐に渡る。イスブルグの鉱物を手に入れる目的で幾度も戦争を仕掛けられたことも有った。この功績はイスブルグからしか産出されないことも原因であり、また、イスブルグが食料を輸入に頼っていることも理由だ。

 もちろん、この鉱物から作られる武器をイスブルグが駆使して、農産を主とする国に戦争を仕掛けて領土を広げることも有り得たが、代々のイスブルグ王国の王族は、戦闘を好まなかった。

 故に、イスブルグは自国を維持するために、鉱物の輸出・食糧の輸入と、姻戚関係を結ぶことを中心に各国との外交を為してきた。

 特に、女児を外に出すことを主としてきた。技術の漏洩は国の死活問題であったから、技術を束ねることの多い男性は外には出されないこととなっていた。

 王族は、女児が産まれると、周辺国の同世代に嫁がせるため隔離して教育されることも有るほど、女児は外交の駒であった。

 そして、イスブルグの女性は、その儚げな容姿から他国でも重宝されがちで、姻戚外交には打ってつけであった。


 そんな国の末の王子として生まれたのが、ディートハルトだった。

 女児を望まれていたからか、生まれた時は『この子が女の子だったなら』と王を嘆かせた逸話があるほど、容姿は中性的で美しい子供だった。

 ディートハルトには二人兄がいて、妹が三人いる。

 正妃は自国の公爵家の令嬢だった。妃となってすぐに二人男児を産んだが、外交のためにも女児を必要とする国のため、王は正妃の負担を減らす為に側妃を二人娶ることとした。

 ディートハルトは第1側妃の子である。妹三人のうち、上の二人は侯爵家出身である第2側妃の、末の妹は正妃の子である。

 

 ディートハルトの母は、王がその容姿と聡明な気質を気に入って側妃に迎えた伯爵令嬢であった。その爵位から行けば第2側妃であったろうが、王の寵愛が深く、第1側妃となった。

 愛と子供の数は比例しない。王の愛は深くとも、母はディートハルト一人しか産めなかった。

 正妃と第2側妃は身分が高く、伯爵家出身の第1側妃をよく思っていなかった。表立って妨害をされたわけではないが、第1側妃が感じる疎外感はかなり強かったと思われる。

 王も、その点は気遣いをしており、第1側妃が住まう離宮は、正妃が拠点とする奥本宮とは離れた場所にあった。

 第1側妃であった伯爵令嬢は、その容姿だけでなく聡明でもあったため、妃同士の確執は表面化しなかった。

 

 ディートハルトはその離宮で育った。

 だからと言って、他のきょうだいと距離があったわけではない。

 母である第1側妃は、幼少期のディートハルトには正妃の子供である兄二人を支える存在になるよう教育を施した。


「いいこと、ディー。お前はスペアでもない第3王子なの。何れはお兄様たちの作るこの国を支えるのが役目よ。わかるわね?」


 再三にわたり、そう言い聞かせた第1側妃は、ディートハルトに分野に偏りなく教師をつけた。もともと側妃自身が着飾ったり宝飾品を収集したりするより、本を読み知識を溜めるほうが好きな令嬢だった。その知識欲はディートハルトにも受け継がれ、施された教育は彼の人格形成に大いに影響を及ぼした。


 ディートハルトは3男らしく、上の二人を立てながら、満遍なく与えられた知識を効率よく吸収し、世渡り上手な男になった。

 それは齢10歳にしてすでに確立されていて、『優秀過ぎる』と言われることもなく、の王子として回りに認識された。

 15歳で立太子した第1王子は優秀で、見目も男らしく民の人気もある。2歳年下の第2王子は剣技において突出した能力を見せ、この先兄が為す国を支えるに足る人物として認知されている。

 ディートハルトはこの二人の兄によく懐き、さらに二人を超えるような能力は決して見せなかった。

 兄二人の母である王妃は、第1側妃に対し多少の嫉妬心はあったとしても、王妃としての資質に不足はなく、二人の王子の教育にも熱心であった。

 そして王妃は、第3王子であるディートハルトが隠している本来の資質を見抜けてはいても、上の王子二人を出し抜こうという気概はないことを察して、仲の良い弟として存在することを容認していた。才はあるが兄を越えようとはしないディートハルトはある意味使える駒だと見たのである。

 

 そうしてディートハルトは、将来的には兄を支える臣下として降下し、公爵家を興す予定であると噂されるようになっていた。


 しかし、5歳の時に起きたある事件の余波は、ディートハルトも巻き込むこととなった。

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