第五回 小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会
今日も今日とて、あの会は一条源家の家令・
「それでは、第五回小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会を始める」
五回目ともなると、もう誰も、そのなんとも言えないタイトルにツッコむ者も吹き出す者もいない。
慣れとは怖いものである。
「今日は、私からお話があります」
会が始まって、口を開いたのは小聿の叔母・源
「小聿どのがどんな遊びなら楽しんでくれるかという話を以前して、運要素の絡まない遊びがいいだろうと言う話になったでしょう?」
うんうんと頷く一同。
「それで色々考えて、
そこまで言って、靜子はにっこり微笑んだ。
「そしたら、これが大当たり!小聿どのは本当に頭がいいから、いろんな仕掛けを思いつくの。そして、それを小慎や家人たちと作っていってね?上手くいかなければ、そこを直してというのを何度も繰り返して……ちゃんと、物理法則?私にはよくわからないけれど、そういうのも緻密に計算をして作るのよ」
ねー?と西殿の家人たちに声をかけると、一緒に作った者たちがあれはすごいですと口々に言う。
「小慎が作れるものも考えて、一緒に作って組み合わせて。最後にビー玉がゴールまで行った時には二人とも目をキラキラさせていて可愛かったわ」
「完成した時、
「あれは一見の価値がありますよ。一部屋使って作ったので、今度ご覧になってくださいな」
靜子の誘いに、
「ところでね」
嬉しい報告に皆がニコニコしていたところで、靜子が少し声を落として再度話を始める。
「そのカラクリ装置は良いのだけど、問題は、
「え?私?」
突然、自分が問題だと言われて芳崇は目を瞬いた。
そうよと靜子は頷く。
「あれ以来、何度が小聿どのと将棋を指しているけど全敗しているじゃない。はっきり言って、小聿どのを楽しませる前に負けてるわ」
「…………いや、だってね、靜子。本当に、小聿どのはお強いのだよ」
「もう意地を張らずに六枚落ちで挑めばいいのよ」
ぐっと芳崇は言葉をのむ。
「それは、叔父としてのプライドが……」
「二枚落ちで五歳児に挑んでいる時点で、プライドもへったくれもないわ」
そんなぁ……と芳崇は情けない声を上げる。
「芳崇は使いものにならぬな」
そのやりとりを聞いて、呆れたように彩芝は言う。
すると、芳崇は口をへの字に曲げた。
「そんなにおっしゃるなら、
「儂は負けがわかっている勝負はしない主義じゃ」
「ずるいっ!」
芳崇の様子に一同は耐えられずに笑い出す。
すると、ますます芳崇はむすっとした顔になった。
ややあって、彼はそうだ!と声を上げる。
「それなら、トーナメントをして一番強い人を決めましょう。みんな手加減なし。それで一番強い人が小聿どののお相手役をする」
「えぇ……」
芳崇の提案に靜子は不満げな声を上げる。
「なんだい、靜子。僕のこと散々言ったんだからね?そこまで言うなら、この中で一番強い人が挑んで返り討ちにあって、私が情けないわけではないことを皆に理解してもらいたい!」
「如何いたします?殿」
蕗粛が問うと、彩芝は肩をひょいとすくめた。
「まぁ、このまま言われっぱなしでは芳崇の面目も立たぬであろう。良きにはからえ」
「承知いたしました」
かくして、小聿と小慎を除く一条源家の者総出で、小聿のお相手を決めるための大会が開かれることとなった。
小聿は囲碁も嗜むというので、大会は囲碁部門、将棋部門の2部門が設けられた。
それぞれ得意な部門にエントリーし、予選は五人で総当たり戦。その後、予選を勝ち進んだ者がトーナメント戦に出る仕組みである。一条源家の家人衆全て含めるとかなりの人数になるので、予選は時間がある時にそれぞれのグループで行い、トーナメント戦を何日間かに分けて行うこととなった。なお、優勝者と準優勝者には特別俸禄を出すと彩芝が言ったので大いに盛り上がった。
そうして、一条源家の数日間に及ぶ囲碁と将棋の大会はついに決勝のカードが出揃った。
ちなみに、言い出しっぺの芳崇は将棋部門で予選は通過したもののトーナメント戦で汝秀に負けて敗退。芳崇のことを議題にあげた靜子は囲碁部門の準決勝で敗退している。
さて、決勝に勝ち進んだのは誰だったかというと、将棋は順当な対戦カードとなった。
一人は、一条源家の当主・彩芝。
芳崇を使いものにならぬと言っただけあって、その実力は確かであった。準決勝では源家のお抱えの医師・
「夫の君、さすがですね。どうぞ優勝して、小聿どののお相手役の座を射止めてくださいまし」
妻・葵子の応援に、うむ、まぁ、見ておれと彩芝は鷹揚に頷く。
彩芝の対戦相手は、一条源家家臣団総代の岳蕗迅。この大会で明らかになったのだが、実は彼は趣味が将棋だと言うのだ。
「ついにわたくしの実力を示す時が参りましたな。相手が殿でも容赦いたしませぬぞ」
「
孫の
一方、囲碁部門はというと一人は邦
小聿の側近である邦
準決勝で靜子を破り、決勝へと駒を進めた。
そして、その対戦相手の方で番狂せが起こった。
決勝戦で石を握ることになるだろうと思われていた小聿の母・湘子を破って、彗星の如く現れた人物――――
「水鏡殿の侍女!
みんなの注目を浴びる中、琳は拳を掲げウィンクひとつ、勝利宣言をしてみせた。
「嘘だろ……なんで琳が湘子さまに勝つんだよ。湘子さまといえば、主上と互角に囲碁をなさることで有名だったのに!頼む、親父。邦家の名誉のためになんとしても勝ってくれ……っ!」
胸の前で手を組み祈るように応援する汝秀に水鏡殿の他の者たちは苦笑いする。
「琳、頑張るのじゃ。そなたの腕は確かじゃ。迷いなく打てば勝機はある。相手は手堅く打ってくる。大胆に地を作るが良いぞ」
「任せてください、湘子さま!」
湘子の声援に琳はグッと親指を立てて見せた。
このような大会が開かれているとはつゆ知らずに小聿がすやすや眠る頃、将棋と囲碁の熱い決勝戦が行われた。
で。
結果はと言うと……。
「はっはっはっはっ!殿もまだまだですな。居飛車穴熊は手堅いですが、囲うまでに手数が多いのが難点なのですぞ。出来上がる前に攻めてしまえばこちらのものでございます」
手堅く守りの姿勢を見せた彩芝の戦法を鮮やかに突き勝利をおさめたのは蕗迅であった。
彩芝はガックリ肩を落とす。
「わーい!琳の勝ちー!汝杏どの、真面目に第三線、第四線で地固めしてくれたから、ガンガン中央攻めちゃった⭐︎大胆に行くのが大事!」
こちらは見事中央戦を制した琳の勝利となった。この娘、大胆に攻めつつ無駄な石は置かず、終盤の細かな陣地争いは丁寧に処理をしてみせた。人は見かけによらないとはこのことである。
こうして、将棋部門は蕗迅が、囲碁部門は琳が優勝し、臨時ボーナスと小聿の相手役の座を得たのだった。
「これにて数日間に及ぶ、第五回小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会と囲碁将棋大会を閉会する!」
優勝賞金を手に、ほくほく顔で蕗迅が閉会の言葉を述べ、無事第五回も閉会した。
******
なお、この話には後日談がある。
一条源家の将棋囲碁大会が終わり、将棋は蕗迅が、囲碁は琳が小聿の相手になるようになってしばらく経ったある日のこと。
その日も、夕餉を済ませた小聿がお先に失礼致しますと言って中広間を出ようと立ち上がり、入り口へと歩いていく。
いつもは、入り口のところで振り返り優雅な所作で
揖礼をしたのち、あ……と何か思いついたかのように小さな声をあげる。
そして。
「じい」
小聿は首座の方を見て、そう言った。
――――おぉ?お祖父さまではなく、『じい』と呼びたくなったのか。可愛いところもあるの。
彩芝は目を細めて、口に含んだ酒を飲み下し返事をしようとする。
だが、彼が声を発する前に別のところから声が上がった。
「なんでございましょう、若君」
「この後、時間はあるだろうか」
返事をした蕗迅を見て、小聿は小首を傾げながら問いかける。
「はい、ございますよ」
「ならば、ひと勝負いかがだろうか」
「是非にも。それでは、後ほど
蕗迅の答えに、小聿はその美しい面に華のような笑顔を浮かべてみせる。
「うん!待っているよ」
そうして、嬉しそうに中広間を出ていく。
そのあまりの愛らしさにその場にいた多くの者は、なんとまぁ可愛らしい!小聿若君があのような反応をなさるとは!と口々に言い合う。それから、家令どのにすっかり懐いていますな、羨ましい!と言う声も上がる。
初めて見る孫息子の様子を呆気に取られて見ていた彩芝は我にかえる。
「じい?蕗迅、そなた小聿に『じい』と呼ばれておるのか」
彩芝の問いに、蕗迅は頷く。
「ええ。将棋のお相手をするようになって話す機会がグッと増えましてな。近頃はさように呼んでくださいます」
「…………」
「何か問題でも?」
「……いや、ない。そして、今、さらっと小聿から誘われておったな」
蕗迅はにっこり笑った。
「そうなのです。一昨日の昼餉の後も、若君からお声をかけていただきました。ああして、自らお誘いくださるようになられて……ここに慣れてきてくださっているようで、大変嬉しゅうございます」
「一昨日も誘われたのか」
「はい。え……殿?なぜ、そのような怖いお顔を……?」
ぎろりと彩芝が己を睨んでいることに気がついて、蕗迅は不思議そうな顔をする。
彩芝は残っている酒を勢いよく飲み、カンっと勢いよく空になった酒杯を膳に戻すと立ち上がった。
「殿?何を怒っておいでなのです?」
「怒ってないっ!」
それだけ言って、彼は大股で中広間を出ていく。
いつもより高い足音が響き、やがてそれは遠ざかっていった。
「あー……あれは嫉妬じゃの。父上は、小聿が自分より蕗迅に懐いていることに嫉妬しておるのじゃ」
「ええぇ?」
湘子の指摘に、蕗迅は目を瞬かせる。
「わたくしは……どうすれば……」
「放っておいて良いですよ。拗ねているだけですから。蕗迅に勝負で負けたのは夫の君です。それに、懐いて欲しければもっと自分からいろいろ誘えばいいのです」
食後のお茶を上品に飲みながら葵子は言う。
意外と冷たい太君の答えに、蕗迅は主が去った後の中広間の扉を見て深々とため息をついたのだった。
――――やれやれ、これはしばらく当たりがきついことを覚悟せねばなるまい。
それから、しばらくは主の蕗迅へ対する言葉の端々に棘が含まれていて、蕗迅は居づらい思いをすることになる。
解消されるのは、彩芝がこっそりと将棋の腕を磨き(主に職場で自分の部下や同僚と勝負をするという武者修行をした)蕗迅に再戦、無事勝利をおさめ、小聿と将棋を指すようになってからであったという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます