第4話 帝国の影、揺れる村


 魔獣を退けたあと、リィナは薪を集め、せっせと焚き火を組んでいた。

 その手は慣れたもので、アレンたちの疲労を癒そうと、あれこれと世話を焼いていた。


「えへへ、わたしリィナっていうの! 森のことならなんでも聞いてね!」


 無邪気に笑いながら、枝を並べていく。

 この魔境で、こんなにも楽しげに動く少女は、アレンたちにとって異様としか言いようがなかった。


「俺はアレン。剣を持っているのがカイ。彼女は魔道士のケイト。俺たちは、帝国からこの森の調査に来た。」


 自己紹介を済ませつつも、リィナとは慎重に距離を取りながら、三人は焚き火のまわりに腰を下ろす。


「なぁ、リィナ」


 焚き火越しにアレンが声をかける。リィナはぱたぱたと枝を振りながら顔を上げた。


「この森には、俺たちの前にも帝国の調査隊が入っている。誰か見かけなかったか?」

「え?」


 リィナはぱちくりと瞬き、頬に指を当ててしばらく考えたあと、首を傾げた。


「うーん……知らないなぁ。見てないよ」


 無邪気な答えに、アレンは眉をひそめた。

(……本当に、何も知らないのか?)


 カイが短く咳払いし、低く告げる。


「もし俺たちが戻らなければ、帝国は軍を投入する。森ごと焼き払う可能性もある」


 その言葉に、リィナの手がぴたりと止まった。小枝を握る指が、かすかに震える。


「……森を、焼くの?」

「ああ。だからこそ、早く調査を終えて帰還しなければならない」


 アレンの声は冷たく、事務的だった。

 リィナはうつむき、小さな声で呟いた。


「……村の人たちに、話してみる」

「俺たちも一緒に行っていいか?」


 リィナが答える前に、アレンたちは焚き火の後始末に取りかかっていた。

 草木に火が燃え移らぬよう、丁寧に消火している間、ケイトがリィナにそっと尋ねた。


「ねえリィナ。村の人たちも、あなたと同じような力を持っているの?」

「わたしの力……?」


 リィナは不思議そうに首をかしげる。


「森に入った直後、私たちは魔力を削られてまともに動けなかった。でも、あなたは無詠唱で魔獣をあっさり倒していた。ここに住む人たちは、みんなそうなの?」


 ケイトの問いに、リィナは曖昧に頷いたあと、ぽつりと答えた。


「村の人たちは……村の結界の外には出られないの」


 それきり口を閉ざし、目を伏せた。

 アレンたちはその姿を見つめ、無言で視線を交わした。



 ルミナールの村に着くと、リィナは声を張り上げた。


「あのー! おねえちゃんは神殿にいますか?」


 だが、その隣に立つアレンたちを見た瞬間、村全体の空気が凍りついた。


「怪物が、よそ者を連れてきたぞ!」

「化け物め!」


 怒号が飛び、畑にいた男が石を拾い上げる。

 女たちは鍬や棒を手に、リィナたちを睨みつける。


 そして――


 リィナめがけて、石が飛んだ。


「あっ!」


 小さな悲鳴。リィナは腕で顔をかばい、石は鈍い音を立てて地面に落ちた。


「おい!」


 アレンが一歩前へ出る。カイは剣に手をかけ、ケイトはすでに防御用の結界を張っていた。


 だが、リィナはアレンの袖をぎゅっと掴み、首を振った。


「だいじょうぶ!」

 涙目になりながら、それでも懸命に笑う。


 帝国でも情報のない、閉鎖された村。  

 よそ者への警戒は想定内だったが、同じ村の幼い少女にまで一切の慈悲もなく、石を投げつける姿に、アレンたちは息を呑んだ。


 それでも、リィナは深く頭を下げた。


「突然、外部の人を連れてきてごめんなさい! でも、森が危ないらしくて!この人たちの話を聞いてください……!」


 村人たちは無表情のまま、リィナを見下ろしている。

 誰一人、言葉を返さない。

 冷たい霧が、村全体を静かに覆っていった。


 アレンたちは、確かに感じ取っていた。

(この森も……この村も……やはり、何かがおかしい)



 そのとき、村の奥からエルザが姿を現した。


「何をしているの、リィナ」

「エルザお姉ちゃん!」


 リィナが駆け寄ろうとしたが、村人たちがすかさず武器を構えて、エルザの前に立ちはだかる。

 リィナはびくりと身体をすくめ、一歩、後ずさった。


 エルザは静かに村人たちを制し、前へ出る。


「私はこの村で神事を司る神子、エルザです。あなたたちは、どこから来たのですか?」

 アレンたちに向けて、冷静な声が投げられる。


 アレンが一歩前に出た。


「俺たちはエリュセア帝国から来た。調査隊が何度も派遣されたが、誰も戻ってこない。俺たちが戻らなければ、帝国は軍を動かし、森を焼くだろう。その前に、この森の秘密について知りたい。失踪した隊員たちについても、知っていることがあれば話してくれないか?」


 だが、エルザも、村人たちも、その言葉に何一つ反応を示さなかった。


「精霊の森で魔力を吸われるのは当然です。帝国の人間など、知りません。魔獣にでも喰われたのでしょう。命が惜しいなら、とっととこの森から出て行きなさい」


 冷たく言い放つと、エルザは踵を返す。


「おい、待て!」


 アレンが追いすがろうとしたその瞬間、再び村人たちが立ちはだかった。



「お姉ちゃん! 今から森を抜けると夜になっちゃうから、この人たちを、せめて結界の中で休ませてあげていい?」


 リィナの懇願に、エルザは静かに振り返る。


「あなたの家の周囲であれば、許可します」


 そう告げると、彼女は神殿へと去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る