第3話 出会い ―霧を割る光―

 

 森の外れ。空気は異様に重たかった。

 霧は赤黒く淀み、そこに漂う魔素は、肌にまとわりつくように粘りついている。


 帝国から派遣された調査隊――アレン、カイ、ケイトの三人は、必死に前へ進んでいた。


「……クソッ……!」


 アレンが唇を噛みしめ、杖を握る手に力を込める。

 黒髪が汗に濡れ、額に張り付く。

 森そのものが、魔力を吸い上げるかのようだった。

 いくら循環させても、穴の開いた器に水を注ぐように、力が漏れていく。


「カイ、左だ!」


 背後から飛びかかってきた魔獣――狼に似た異形を、カイが巨剣で薙ぎ払う。

 だが、その斬撃も鈍く、魔獣は血を流しながらもなお立ち上がった。


「数が多すぎる!」


 ケイトの結界が次々に破られ、地を這う瘴気が足元に絡みつく。

 アレンは奥歯を噛み締めた。


(……ここで、終わるのか?)


 帝国が誇る天才魔道士――そう呼ばれた自分が、こんな辺境の魔境ごときに押し潰されるのか。


 そのときだった。


「えいっ」


 軽やかな声が、突然響いた。


 次の瞬間。


 魔獣がポーンと音を立てて飛んだ。


 アレンたちは呆然と立ち尽くした。

 そこにいたのは――白い髪の小さな少女だった。


「えっと……だいじょうぶ?」


 リィナは首を傾げ、にっこりと笑った。

 その手には、武器も、魔法陣もない。


 悪戯っ子が石を蹴ったかのような軽い動作で、あれほどアレン達を苦しめた魔獣の首が吹き飛んだ。


 ……ぽかん。


 アレンたち三人は、完全に固まった。


「……は?」


 アレンが、間抜けな声を漏らす。


 だが、リィナはそんな彼らの反応にも気づかず、軽やかに駆け出した。


「危ないから、そこにいてね!」


 手をひらひらと振ったかと思うと、空気中の水分が凍りつき、無数の氷の刃が魔獣たちを串刺しにする。


 続けざまに、地面から小さな火柱が立ち、瘴気を焼き払っていく。


 陣も描かず、無詠唱。

 そして、緻密かつ絶大な威力。


 ――異常だった。


「……ケイト」


 アレンは震える声で呟いた。


「俺は、夢でも見てるのか……?」


 ケイトはふるふると首を振る。


「……夢じゃない……」


 カイに至っては、剣を構えたまま口を開け、何かを言いかけて、結局何も言えなかった。



 数分後。

 森の中は、恐ろしいほど静まり返っていた。


 魔獣たちは、すべて地面に倒れていた。


「よしっ、おわりっ!」


 リィナはぺたんと両手を叩き、嬉しそうに振り返った。


「けがしてない? 大丈夫ですか?」


 遠足のお世話係のような無邪気な笑顔。

 アレンたちは、誰一人、即答できなかった。


(こいつ……何者だ?)


 霧が晴れ、淡い朝日が差し込む中。

 白い髪、ピンク色の瞳――

 異様な存在感を放つ少女を、アレンたちはただ呆然と見つめていた。

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