第3話
冒険者。
各国に存在する冒険者協会を拠点に活動する個人事業主である。協会に所属しているとはいえ、そこに雇用契約は存在しない。あくまでも依頼の斡旋、関連するサービスを受けられるのみで明確な上下関係はない。
協会から冒険者へ指名依頼が入ることもあるが強制ではなく拒否することも可能。――逆を言えば冒険者が協会に助力を求めても、その申し出が受け入れられる保証もないのだ。
上位ランクである程協会からの待遇は良くなるが、代わりがいくらでもいる低ランクなら無碍に扱われるのも仕方がないと言える。――優秀な冒険者が危険に晒されるなら、弱者を切り捨てるのも必然だった。
「仲間が、パーティメンバーがダンジョンに取り残されたの! 助けて!」
「落ち着いてください。緊急依頼を出されるということでよろしいですね?」
受付で叫ぶように助けを求める少女。
彼女が口にした緊急依頼とは言葉通り緊急を要する依頼のことである。
人の命が危ぶまれる。
未曾有の大災害が迫る。
イレギュラーが発生した。
様々あるが冒険者自らが依頼を出したり、冒険者協会が依頼主として冒険者に協力を仰ぐこともある。
「そう、そうなの! 何でもいいから早くお願いッ!」
話によるとダンジョン探索をしていた少女のパーティは中級ランク向けのダンジョン『幽鬼の間』に挑んでいたらしい。
過去の武人が魔物に宿り侵入者を襲ってくる。アンデット系の対策がなければ必要以上に苦戦するダンジョンとして知れ渡るが、対策さえしっかりと抑えておけば十分戦える。アンデットが所持する武器は運が良ければドロップすることもあり、活動資金がかさむ中級層の冒険者からすればありがたいダンジョンなのだ。
「……魔法が効かない魔物ですか?」
「だから、そう言ってるでしょ! パーティ全員の魔法がアイツには通じなかったの」
「魔力切れ――ということはなさそうですね。……エミリアさんのパーティはメンバー全員が
――ハーフエルフ。その言葉が出た途端にエミリアは分かりやすく狼狽え、冒険者協会内は騒々しくなる。
「は、ハーフエルフだったら、何か問題があるの?」
「ございません。……ですが、依頼主の情報は正確に受託者に伝える必要があります」
命の危険が高い緊急依頼なら尚更だと受付スタッフは説明する。――種族に関することが後々発覚してトラブルに発展するケースは珍しくない。
「あいつ
「なるほどね、だから長い髪で耳を隠してたのか」
「確か、全員魔法使いって売りだったわね」
ハーフエルフ。
エルフとそれ以外の血を持つ混血種である。エルフ特有の長い耳はないが、他種族の耳ともまた異なる形状をしている。魔法の扱いに長け、人間よりも遥かに多い魔力量が特徴。他種族からすれば耳以外の見た目で判別は難しいが、優れた魔術師やエルフの純血であれば混ざり者であることが直ぐに分かってしまう。――クロム王国では種族の問題はセンシティブである。
「と、とにかく依頼を出すわ。一緒に幽鬼の間に行ってくれる協力者が必要なの」
「エミリアさん。報酬の準備は出来ていますか?」
「後でいくらでもあげるから」
首を振る受付嬢。エミリアにとっては残酷な真実が告げられる。
「緊急依頼の後払いは原則認められません。報酬の保証がなければ、当協会は依頼を発行出来ない規則になっているのです」
「今は持ち合わせが……パーティの共有財産なら問題ないはずよ」
「仮にその共有財産が捻出出来たとして――相場に適した報酬をご準備可能ですか?」
通常のダンジョン探索の依頼とは異なり、今回は緊急依頼でかつ救助が求められる。仮にも中級クラスのパーティが敗れたイレギュラーが徘徊するダンジョンに挑むとなればどうしてもリスクは付き纏う。
最低でも相場の三倍の報酬が必要になる。
「そんな、そんなお金用意出来ないわ……」
「報酬に規則はありません。今出せる金額で依頼を出すことも出来ますが……」
エミリアの手持ちは銅貨数枚しかなかった。それ以外の物資は逃げる途中で置いていくしかなかったのだ。死に物狂いに走り、何とかエミリアだけダンジョンを脱出した。仲間を助ける為に必死に走り続けてやっとハイベルまで戻った――エミリアを待っていた現実は残酷だった。
「だ、誰でもいいからお願い! 仲間を助けて!」
エミリアの悲痛な叫びに、遠巻きから見ていた冒険者の反応は冷たかった。これが知り合いだったり仲の良いパーティならまた違っていたのだろう。――だがエミリアのパーティは他冒険者との交流を極力避けていた。出自の問題から不要なトラブルを回避する為に。
「ハーフエルフが何好き勝手言ってやがる」
「卑しい血を隠してた癖に」
「そもそも誰が行くかよ。報酬がゼロに等しい緊急依頼なんか御免だね」
ハーフエルフ。混ざり者。
嘲笑する声や批判的な意見が大多数を占める。真正面からストレートにぶつけられる悪意を前にエミリアは言葉を紡げない。
(私だって、好きでハーフエルフに生まれたわけじゃない)
ハーフエルフの両親を親に持つエミリア。父や母のことは嫌いではないが、こそこそ生きるのが嫌だった。何も悪くないのだから堂々としていたい。そんな想いからハーフエルフの仲間と共に冒険者になった。
エルフ特有の魔力のおかげで魔法の扱いには自信があった。特に躓くことなく順調に実績を重ねていた。油断がなかったと言えば嘘になるが、こんな形で終わりを迎えるとは考えてもいなかった。
「お願い、します。私の仲間を、助けてください」
頭を深く下げる。だが納得する冒険者はいない。恥もプライドも全て投げ捨て、膝をつき頭を地面に擦り付ける。
どうして自分達を迫害してきた人間に媚び諂わなければならないのか。魔法の扱いに劣る人間に頭を下げる必要があるのか。――今もなお蔑み嘲笑する人間を見て初めてエミリアは気付いた。ああ、これじゃあ自分達も変わらないと。
(無意識のうちに私達も人間を馬鹿にしていたのね)
これは過去の過ちに対する罰なのだ。被害者であることを理由に正当化していた罪なのだと自覚する。……ただ気づくのが遅かった。だからエミリアの仲間は死ぬことになる。
「とっとと失せろ! 冒険者は自己責任だ! 弱いテメェらが悪いんだよ」
「ハーフエルフ。悪魔の子孫が……」
「仲間が大切なら一人で逝けよ」
止まない批判の嵐。土下座したままじっと耐えるが誰もエミリアに手を貸す者はいない。見かねた冒険者協会のスタッフが間に入ろうとしたその時――建物の扉が開く。
場が一瞬で静まり返る。ヤジを飛ばしていた冒険者達の視線は今も土下座を続けるエミリアから別の対象へと変わる。――シュヴァルツ・ファン・ヴァイス。国一の嫌われ者。
黒髪の少年が進むと固まっていた冒険者達は道を空ける。古代神話にある海を割った伝説の如く綺麗にシュヴァルツが歩く道が広がる。彼の少年の目的地は受付だった。エミリアは呆然とシュヴァルツを見つめる。他の冒険者や協会スタッフも注目する。何か一つの物語が始まる。そんな予感を抱く者も少なからず存在していた。
「おい、昨日の買取の件はどうなった? 速やかに金をよこせ」
――全員がドン引きした。
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