第三章 静けさの中の光

第21話 灰の崩戦城

 審判神の残骸が崩れ落ちてから、三日。


 世界は静かすぎた。空には色がなく、風さえも裁かれたように止んでいる。


 焚き火の赤が唯一の「生」の証であり、その光を眺めながら、カインは怨嗟の剣を膝に置いていた。


 剣の中から、声がする。

 低く、だが確かな響き――それは“導き”のようでもあり、呪詛のようでもあった。


「……南に、灰の城がある。そこで待つ女は、矢を作る」


 カインは目を閉じた。

 その声には、微かに騎士団長のものが混ざっていた。


「……灰の崩戦城か」

 彼の言葉に、イーヴァーが顔を上げる。


「そこは、戦で滅んだ城よ。神に見放された土地……何かが、まだ残っている?」

 スピアが肩に座り、小さく息を吐く。


「また“怨嗟”の導き?」

 ミルダを撫でるスピアの手が一度止まる。


 カインは立ち上がった。

「ああ。今度は“矢”に関するものだ」


「スピア以外の矢ってこと?」

「それは、分からない」


「まあ行ってみればわかるんじゃない」

「ワン」

 そうして皆の意見はまとまり、歩を進めるのだった。


 南へ向かう道は、灰に覆われていた。

 踏みしめるたび、かつて人だったものの骨が砕ける音がする。


 昼夜の区別はなく、空は常に灰色のまま。

 まるで世界が息をするのをやめたようだった。


 崩戦城は、山腹に食い込むように建っていた。

 塔は半分崩れ、門は閉じられたままなのに、かすかな光が内部から漏れている。

 それは焔ではなく、矢のように直線的な輝き――青白く、冷たい。


 扉を押し開けたとき、空気が一変した。

 内部には、一本の大きな槍が天井から突き刺さっていた。


 周囲の壁は焼け焦げ、地面には黒い円陣が描かれている。

 その中心で、ひとりの女が立っていた。


 彼女の髪は白銀、瞳は淡い琥珀。

 簡素な紺の上着に黒い帯を締めていた。装飾はどこにもなかった。


 鎧は片袖を失い、左腕には矢じりの刻印が刻まれている。

 その姿は、神々しいほど静謐だった。


「……人間?」

 イーヴァーが思わず息を呑む。

 だが、彼女はその視線を無視してカインを見つめた。


「あなたが……“怨嗟の剣”の持ち主?」

「そうだ」

「なら、やはり――来たのね」


 ゾルは手を掲げた。

 彼女の周囲に、光の粒が舞う。

 やがて、それらが槍の形をとり、一本の矢を形成する。

 しかし、その矢はすぐに崩れ落ち、粉のように消えた。


「それが……あなたの力?」

 スピアが問うと、ゾルは微笑んだ。


「模倣、よ。神の矢を真似るだけ。99%の再現率。

 本物にはなれない。でも――“神を殺すための形”だけは覚えている」


 カインは剣を軽く傾けた。

「なぜ、そんな力を?」

「この城で、私はすべてを失ったの。

 神を信じ、矢を放った。しかし……同胞を燃やされた。だから、その時に決心した。

 神を殺すための力を磨こうと」


「それが模倣の力」

「そうでも残り1%が足らない。

 だから、私は残った1%を取り戻すために生きてる。残った1%に私の全てがあると思うから」


 その瞬間、天井の穴から“何か”が落ちてきた。

 無数の光輪――いや、鎖のような聖印が地面に突き刺さる。

 そこから、黒い羽を持つ人影が降り立った。


「使徒……!」

 イーヴァーの声が震えた。

 かつて自分も神の使徒であった彼女には、それがどれほど異形か理解できた。


「ここに怨嗟を集める者がいると聞いた」

 使徒の声は空気を振動させ、壁を軋ませる。

 その顔はなく、ただ光輪の仮面が浮かんでいた。


「貴様が“模倣者ゾル”か。神を騙る穢れた矢を放つ女」


 ゾルは一歩前へ出た。

「そう。模倣で十分よ。偽物で神が怯えるなら、それは本物よりも強い証」


 使徒の手に、光の槍が形を取る。

 地面が光で焼ける。

 イーヴァーは槍を回して次の攻撃に備え、スピアが矢を放つ。


 カインはその中心で怨嗟の剣を抜いた。


光灰槍こうはいそう

 使徒の光撃が空間を貫き、触れた石は灰になる。

 スピアの矢はそれを弾き返すが、力が足りない。

 ゾルは両腕を広げ、矢を再生成する。

 99%の模倣――神の矢が闇に煌めく。


「《灰弓・終息ノ矢(はいきゅう・しゅうそくのや)》――!」

 放たれた光は、使徒の肩を穿つ。

 だが貫通はしない。血は出ず、光が揺らめくだけ。


「……足りない」

 ゾルが歯を噛む。

 カインが剣を構え、静かに言った。

「足りない1%は、怨嗟で補えばいい」


 怨嗟の剣が黒く燃える。

 彼の剣と、ゾルの矢が同時に放たれた。

怨嗟灰塵えんさはいじん!」

 光と闇が交差し、使徒の仮面を切り裂く。


「貴様ら、人の分際で――!」

 使徒が絶叫し、灰となり崩壊していく。

 その身体は灰となり、城の石壁に吸い込まれるように消えた。


 戦いが終わったあと、静寂が戻る。

 ゾルは片膝をつき、矢の欠片を拾い上げた。

「……やはり、私だけでは届かない。模倣では、神を殺せない」


 カインは手を差し出した。

「なら、その1%を一緒に探そう。俺たちと」

 ゾルは少し迷い、そしてその手を握る。

「……模倣でもいい? 本物じゃなくても?」

「本物を殺すには、偽物の方が都合がいい」


 スピアが苦笑し、イーヴァーが静かに頷いた。

 ゾルはその顔を見渡し、わずかに笑った。

「いいわ。あなたたちの矢に、私の残り火を添えるよ」


 崩戦城の塔が崩れ落ち、空から灰が舞う。

 それにしてもあっさり倒せた使徒には疑問が残る。


 今までの敵が強すぎたのか。俺たちが強くなったのか。

 どっちなのか。

 そう考えていると、怨嗟がつぶやく。

 ―――後ろだ。


 振り返る。

 灰の崩戦城に一つの黒い気配が残っていた。

 とっさの判断で剣を抜く。

 灰が風に舞い、傷をつけた。


(なんだ。なんなんだ。)

「全員、武器を持て。まだ生きてるぞ」

 返事がない。

 後ろには人の気配がまるでしなかった。


(どういうことだ?

 何が起きてる。)

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