「アイドル」という名の仮面

 スポットライトも、歓声も、作り物の笑顔も、全部捨てた。

 元超人気アイドルという肩書きを脱ぎ捨て、僕、たちばなれんは、ただの高校生として退屈な日常に溶け込んでいた。

 あの世界の虚構性には、もううんざりだった。


 ある日の放課後、高架下の喧騒の中で、僕の耳に聞き慣れたメロディーが届いた。僕がいたグループの最大のヒット曲。

 だが、歌声は全くの別物だった。アコースティックギター一本で、魂を削るように歌う少女。

 それは、僕たちが歌っていたきらびやかなポップソングではなく、胸を抉るような痛々しいロックバラードに生まれ変わっていた。


 思わず足を止め、声をかける。


「うまいね。でも、ずいぶんアレンジするんだな」


 少女は僕の顔を一瞥し、興味なさそうに吐き捨てた。


「この曲、本当はもっと凄い曲なのに、アイドルの歌い方じゃ殺されちゃってるから。ちゃんと供養してあげてるの」


 その言葉は、僕の心の奥深くに突き刺さった。

 彼女は僕の正体に気づいていない。

 僕は橘蓮であることを隠したまま、彼女の音楽への純粋な情熱に惹かれ、路上ライブを手伝うようになった。


 彼女の歌声は、本物だった。

 SNSで瞬く間に拡散され、ライブには日に日に人が増えていく。

 その矢先、僕の過去は、面白半分のゴシップ記事によってネットに晒された。マスコミに追われ、僕は彼女の前から姿を消した。


 これで全て終わりだ。



 数日後、自室に閉じこもる僕のスマホが、聞き覚えのある番号からの着信を告げた。

 かつての所属事務所の社長からだった。


『やっと繋がった。君を探していたんだ』


 電話の向こうで、社長が呆れたように言った。


『ある女の子が、君に曲を書いてほしいと毎日押しかけてきていてね。らちが明かなくて困っている』


 その少女が誰なのか、聞くまでもなかった。

 彼女は、最初から僕の正体を知っていたのだ。

 そして、僕の才能がアイドルという枠で殺されていることを誰よりも悔しく思っていた、たった一人の理解者。


 僕がずっと探していた「本物」は、とっくの昔に僕のことを見つけてくれていた。


(了)

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